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05.G59

※タイトルは「じごく」と読みます。

※対人外ですがアクションシーンあり。苦手な方はご注意を。

(大丈夫、よね、リゲル……)


 真昼の晴れた空の下、ふかした芋を天日干しにしていたリサは、プロクリスのいただきを見上げた。


 今朝、夜明け前にロキオンたちと合わせ四人と一匹は白面猿の討伐へと出発した。

 彼女の心配が顔に出ていたのだろう。出立する前にリゲルは困ったように微笑んだ。


「この村を守るのが常駐ハンターの仕事なんだよ。―――それに、今はかわいい奥さんも居ることだしね、尚更、平穏を乱す魔獣は放っておけないんだ」

「もう、ばか言わないでよ!」

「あはは。だからいつもと同じように、無事を祈っててよ」


 いつも、と言われてもリサは困惑した。

 これまで、山にしか生息しない薬草の採集や、鉱物の採掘、洞窟に生えているヒカリゴケの採取など、危険が少ない依頼ばかりだったからだ。

 それでも、リゲルが言うのなら、とできるだけ表情をいつも通りにしなくちゃ、と顔に力を入れた。


「いつもと同じように?」

「そ、いつもと同じように帰ってくるからさ」


 そう言ってリサに背を向けたリゲルは、とても真剣な顔になっていて、あぁ、かつての自分はこんなリゲルに惚れていたのかもな、なんて思ってしまった。

 もちろん、かつても何も、リサはリゲルのことを単なる幼馴染としか思っていなかったので、そんなことはないが、それはリサの知らないことだ。


「リゲル、あんたの好きなププ肉シチュー、いつでも作れるように準備してるからね」


 ぽつん、とそう呟いて、リサは家の中に戻った。



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「―――くしゅっ」

「おい、リゲル。まさか風邪とか言わねぇよな」


 突然、くしゃみをした案内役にリーダーのロキオンが軽口を叩いた。


「あぁ、たぶん、リサが心配してるんだよ。すごい心細そうな顔してたから。あー、あんなリサもかわいいな」

「それは俺ら独身組に対する当てつけか」


 ロキオンのセリフに、残り二人のハンターも苦笑を浮かべた。弓使いのミラに盾持ちエリダンもリゲルとは顔見知りだ。到着した時にリサに会っているが、二人ともリゲルのデレデレっぷりに呆れていた。


「―――前にターゲットの痕跡を見つけたのはこの先だ」


 一転、顔の筋肉を引き締めたリゲルに、三人と一匹が頷く。


「俺が先行する。エリダンとミラはここで待機。ターゲットがいれば状況開始。いなきゃ罠を仕掛けとく。リゲル、準備はいいか」

「あぁ、罠は多めに持って来てる。大丈夫」


 援護射撃のために残るミラとその守りのエリダンを置いて、大槌を構えたロキオンとその後ろに長剣を抜き放ったリゲル、そしてオリオが続く。


「いねぇな」

「そうだね」

「……臭いは残ってるノシ」


 オリオの言葉に、ロキオンとリゲルが目を合わせて頷く。


「群の通り道になってる可能性が高いな。今のうちにちゃっちゃと仕掛けるぞ」

「あぁ」


 周囲の警戒をロキオンに任せ、リゲルとオリオがトラバサミを仕掛ける。もちろん、うっかり味方がかかることのないよう、配置は事前に打ち合わせてあった。

 片側は切り立った崖、もう片側は深いクレバス。だが、全員の連携が取りやすい開けた場所は、ここをおいて他になかった。

 雪深いこの地に慣れたリゲルが三つ、オリオが二つを仕掛け終えようとしたその時―――


ウォォォォォンッ!


 雪山の王者の雄叫びが響き渡った。


「上だ!」


 周囲を警戒していた盾持ちのエリダンが警戒の声を上げた。


 崖の上から、白い毛皮の魔獣が見下ろしていた。猿よりも醜悪な顔付きのそれは、白面猿『猴』の名に相応しい風格と、下顎から生える立派な牙を持っていた。


「エリダンとミラはその場で待機! リゲルとオリオは武器を構えろっ!」

「言われなくても!」

「ノシっ!」


 縄張りに足を踏み入れた人間が敵対者だと理解しているのだろう。白面猿猴はその両手足をぐっと踏ん張り、再び大きな雄叫びを上げた。


「ぐっ」


 ビリビリビリィっと鼓膜に響くその音に眉をしかめるハンターたち。だが、その声は威嚇いかくではなく、合図だった。


ぼすんっ!


 いつからそこに潜んでいたのか、地面に積もる雪の下から、一匹、また一匹と白面猿が姿を現したのだ。


「ミラ! 援護頼む! エリダンはそっちに向かったヤツを始末しろ!」


 大槌を振りかぶったロキオンは、一番近くにいた個体を真横から殴りつけた!


「僕らも動こう、オリオ。お互い流れ矢に気をつけような」

「ご主人の槌にもだノシ」


 リゲルとオリオもそれぞれの得物を握り、自分達を取り囲もうとする白面猿へ切っ先を向ける。

 白面猿は雪の上だというのに身軽に小刻みなジャンプを繰り返し、ハンター達の武器をかわす。だが、あちこち跳び回るのが災いして、うち三匹がガチリと足をトラバサミに絡め取られた。


「動けるヤツから狩ってくぞ!」


 指令を出しながらも、ロキオンの大槌がメキリと白面猿の足を砕いた。たまらず転げる白面猿にミラの矢が飛ぶ。

 リゲルの目の前の個体も、白い毛皮を赤く染めていた。その背後から人の頭ほどもある雪玉をぶつけようとしていた別の白面猿に、オリオの投げた炸薬玉さくやくだまが命中し、頭蓋ずがいに衝撃と火傷を負った白面猿は断末魔を発することなく倒れた。

 自らの仲間をほふったオリオに敵意を向けた白面猿を、今度はロキオンの槌が捉え、吹き飛ばされたそれは深いクレバスを悲愴な鳴き声を上げて落ちていく。


ウォォォォォンッ!


 自分の群の仲間がやられていくのを、白面猿猴がただ見守るわけがない。

 鼓膜の痛みに動きの鈍るハンター達の真ん前に、崖の上から飛び降りた白面猿猴は白い鼻息も荒く威嚇いかくの声を上げる。


「でけぇ、な」


 ロキオンが舌打ちしたのも最もだった。

 崖の上にいた時はこれほどの大きさだとは思わなかった。目の前に立ちはだかる白面猿猴は、その背丈だけでも人としては大柄のはずのロキオンの二倍はあった。

 そのクセ、他の白面猿と同じく細かい跳躍を繰り返し身軽なフットワークを見せる。まったく厄介な相手だった。


「リゲル、オリオ、足から潰すぞ!」


 振りかぶったロキオンの大槌をひょいっと避けた先で、待ち構えていたリゲルがその前足に切りつけた!

 だが、刃は深く通らず、その分厚い毛皮を浅く抉っただけで終わる。

 一方、空振りして体勢を崩したロキオンの背に、周囲の白面猿から硬い雪玉がぶつけられた。幸い、それほど大きくなく、彼の着ている胸当てにぶつかったが、その衝撃でロキオンの巨体が雪の地面に沈んだ。

 その隙を見逃す白面猿猴ではない。

 弱った個体から潰していくのは、人も魔獣も同じ。

 白面猿猴の鋭い爪がロキオンに向けられ―――


「目を閉じて!」


 リゲルとオリオが咄嗟とっさに反応できたのは、一重に数年に及ぶハンター経験のおかげだろう。

 ミラの放った閃光弾が周囲を目映く照らし上げた。

 白面猿猴だけでなく白面猿も悲痛な呻き声を上げ、大きくのけ反った。


 視界を奪われ辺り構わず腕を振り回す白面猿猴を避け、リゲルとオリオは目を押さえて転がる白面猿たちに次々に刃を突き立てていった。

 体勢を立て直したロキオンも、もがく白面猿の頭蓋を、腰骨をその凶悪な大槌で砕いていく。


 気付けば、白面猿の群は半数以下に減っていた。

 だが、ロキオンもリゲルも、ミラもエリダンも、オリオでさえ、本番はこれからだと知っていた。


グゥオォォォォンッッ!


 怒りの咆哮ほうこうを上げた白面猿猴の顔は、真っ赤に染まっていた―――


「ミラ! 毒矢いけるか?」

「了解っ!」


 ミラは毒薬に浸した矢をつがえる。狙うは白面猿猴。だが、敏捷びんしょうに動く魔獣に狙いをつけられない。


「リゲル、オリオ、誘導するぞ!」


 言葉少ない命令ながら、ロキオンの指示を正しく受け取った一人と一匹は、武器を構えたまま白面猿猴の背に回り込む。

 それを鬱陶うっとうしいと思ったのか、白面猿猴がリゲルとオリオの方へ向き直る。

 そこにロキオンの大槌が振り下ろされた!

 だが、警戒は怠っていなかったのだろう。白面猿猴はバックステップで難なくそれを避けた―――はずだった。


ガシャンッッ


 着地点にあったトラバサミが白面猿猴の後肢に深く食い込んだ。

 苦悶の叫びを上げる白面猿猴の背に、ミラの放った毒矢が2本、3本と突き刺さる。トラバサミをガシャガシャと揺さぶりながら怒りの咆哮を上げる白面猿猴をロキオンに任せ、リゲルとオリオは群のボスを何とか助けようと雪玉を固める白面猿にその足を向けた。


 敏捷な動きを封じられた白面猿猴の右前肢を無慈悲な大槌が砕けば、怨嗟に染まった瞳がロキオンを睨みつけた。無事な左前肢を振り下ろせば、すんでのところで、大槌に食い止められる。


「うわー、槌を盾にするとか、ロキオンぐらいしかできないわー」


 通常の矢に持ち替えたミラが、思わず呟くのに、傍に立っていたエリダンが思わず吹き出した。


「バカ言ってないで矢を番えろよ、ミラ」

「はいはい。エリダンも、そろそろこっちの防御は放って残党狩りに行ってもいいんじゃない?」


 エリダンは小さく頷くと、盾の横に槍を構え、まさにロキオン目掛けて援護の雪玉を投げようとする白面猿に突進を仕掛けた。


 もはや、人間側の優勢は明らかだった。

 初めこそ自分達のボスを救おうとしていた白面猿たちも、一匹、また一匹と数を減らす状況に、何匹かは逃亡を試みる。そのうちの何匹かはミラの矢に倒れ、幸運な数匹のみが命を逃れえた。

 そして、白面猿猴も力尽くで罠を壊したものの、もはや満身創痍で立っているのもやっと、という有様だった。


グォォォン……


 弱々しく、だが憎悪に彩られた真っ赤な瞳は、自分を取り囲む人間を睨みつけていた。

 脅威だった牙はへし折られ、砕かれた足から垂れる血が雪を赤く染めている。


「あと、一発二発ってとこか」


 冷徹に判断するロキオンの言葉を解したのか、突然、白面猿猴が暴れ出した。血に塗れた腕が赤い飛沫を撒き散らし、素手に赤く汚された雪を斑に染めていく。その目は爛々《らんらん》と光り、一人でたおれてなるものかという執念が燃え盛っていた。

 突然のことに、一番近くにいたロキオンは慌てて身を伏せる。


 そして、運が悪かったとしか言えなかった。

 逃げ行く白面猿の一頭を見送っていたリゲルの反応が遅れたのだ。

 白面猿猴がめちゃくちゃに振り回した腕が、リゲルの上腕にぶち当たった。

 骨が軋むなどと生易しいものではなく、耐えきれず鈍い悲鳴を上げて折れるのが分かった。だが、その衝撃で横に吹き飛ばされ、クレバスへと落ちるリゲルには、何もできなかった。


「リゲルっっっ!」


 慌てて一番近くにいたエリダンが手を伸ばすも、その手が空を掴み、彼の身体は深い闇の中へと消えていった。


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