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04.DAWN -THE NEXT ENDEAVOUR-

※ここから3話ちょっぴりシリアス注意報。

「ウサギイヌ?」

「そう、ウサギイヌ」


 雪が降り積もる音のない夜、寝台に生まれたままの姿で寄り添った二人はとりとめのない話をしていた。

 リサは、いつの間にかこの時間を大好きになっている自分に驚いていた。あれから一月が経ったが、記憶が戻る気配はない。もうずっとこのままかもしれないという不安と、このままでもいいかもしれないという諦めは、もはや後者の方が比重が大きくなっている。

 リゲルの硬い手が自分の肌を慎重に撫でていくのが心地よい。あれだけ激しくしてくるくせに、リゲルは時折、リサを壊れ物のように扱う。それが何だか気恥ずかしくて嬉しかった。


「犬みたいなウサギなの?」

「あー……なんていうか、ウサギみたいな長い耳の犬」


 今日はハンターと一緒によく行動する獣人の話だった。

 獣人は魔獣とは異なり、人間と話すことのできる知能を持っている。種族によっては閉鎖的で多種族との関わりを絶つ者もあるが、逆に人間と交流深い種族もある。


「ウサギイヌは人間よりもすばしっこいし、体力はないけど、手先は器用なんだ。大きさは……後ろ足で立つと、僕の腰よりかは低いぐらいかな」

「ハンターと一緒に依頼もこなすの?」

「もちろん。一人と一匹でパートナーとして上手くやってるヒトが多いね。ここの先代常駐ハンターもそうだったよ」

「へぇ。リゲルは?」

「僕は……あんまり考えたことないな。彼らは一途過ぎるところがあるから。下手すると本来の目的も忘れるし」

「本来の目的?」

「そ、種族全体の目的。――ここで問題。どうしてウサギイヌはハンターのパートナーになるか。不正解者には甘いお仕置きだよ」

「え? やっ、え?」


 突然のことに混乱するリサを見ながら、リゲルは「じゅう、きゅう、……」とカウントダウンを始めた。


「えっと、人に懐きやすいから?」

「ぶぶー。番犬じゃないって」

「それじゃ、人が好きだから?」

「ちゃんと考えなよ」

「ひ、一人じゃ魔獣を狩れないから……?」

「うーん、半分正解ってとこかな」


 リゲルは少し困ったような微笑を浮かべて、「どうして狩るんだと思う?」と問題を掘り下げた。


「えっと、ハンターが魔獣を狩るのは、人に害を為すから、よね? それならウサギイヌだって……」

「自分らで撃退すればいい話だよね? それにハンターについていく意味ないだろ? こなすのは人間の依頼なんだから」


 リゲルの指摘に「むむむむむ……」と口を尖らせて考え込むリサ。あまりにその顔が可愛くて、リゲルは尖った唇にチュッと音を立ててキスをした。


「ちょ、何すんのよ」

「ごめん、その顔かわいくて」

「もー!」


 リサはリゲルの頬をむにっとつねり「いいから答えをいいなさいよ」と口をへの字に曲げた。


「彼らも、魔獣の皮とか爪とか、そういう素材が欲しいんだよ」

「え? でも、普通に流通してるのよね?」

「あー……、結構、人間にしか売らない所が多いんだ。それに、そんなに数多く出回るわけじゃないし」

「でも、魔獣の素材を何に使うのかしら?」

「魔獣の素材を加工して、自分らの集落を守る防壁や武器を作るんだ。手先は器用だからさ」


 ふーん、と頷いたリサは、最初の疑問に立ち返った。


「あら? でも最初の目的を忘れるって言ったわよね?」

「あぁ。元々一途な気質だから。パートナーのハンターに情が移ると、……いろいろと」

「いろいろ?」

「パートナーがハンター廃業しても、他のハンターをパートナーにできずに集落に戻ったり、極端な話、後追い自殺の例もあるし」


 どきん、とリサの胸が大きく脈打った。


「リサ?」


 忘れていた。ハンターは危険な職業なのだ。

 でも、それなら尚更―――


「どうして、リゲルはウサギイヌをパートナーにしないの? 誰かと一緒の方が、安全でしょ?」

「……まぁ、それは―――」


ウォォォォォンッ!


 二人は顔を見合わせた。

 一瞬の躊躇ちゅうちょの後、動いたのはリゲルだ。毛布を跳ね飛ばすように寝台から降りると、すぐさま普段着に着替え、分厚いコートを羽織り外へと飛び出して行った。


「魔獣の声……だったの?」


 何度か、山の方から雪蜥蜴ゆきとかげのものだという鳴き声が響いて来たことはあった。それは聞き落としてしまいそうなほどの小さな響きで、さっきのもののようにビリビリと響くような雄叫びではない。


 言い知れない恐怖にリサの胃のあたりに、ゆるゆると冷たいものが凝り固まって行くようだった。



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



白面猿はくめんざるの群が移動してきたのは間違いない」


 村長の家で、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべているリゲルは、眉間にシワを寄せた。


「本当に白面猿なのか? 大猪の間違いではなく?」


 念を押すようなセリフを口にしたのは、ププッケ村を含むこの近辺の村々のハンター依頼を取りまとめる区長だ。

 この場にいるのは、村長と区長、そして常駐ハンターのリゲル。そしてお茶出しをする村長の妻と、リサが部屋の端に控えていた。


「昨日の探索で白面猿のフンと、ヤツらが作った雪玉の跡を見つけた。間違いない。そして、あの夜の雄叫びは、―――白面猿猴はくめんえんこう、だろうね」


 白面猿は毛も顔も白い猿で、基本的に群を形成している。多くは白面猿だけの群だが、群の中心に白面猿猴と呼ばれるボス個体がいると危険度はぐっと上がる。ボスの統率の下、集団戦闘を展開するのだ。敵を囲み、四方八方から石や雪玉を投げるため、一度取り囲まれてしまうと一気に劣勢に追い立てられてしまう。

 白面猿だけであれば、それほどの脅威ではないため、白面猿を狩りに出た若手のハンターが白面猿猴に遭遇し、返り討ちに遭う例も少なくない。


「区長、本部の方に応援要請はしてあるんだろ? 返事は来た?」

「あぁ、あちらで白面猿討伐の依頼を出してもらった。白面猿猴もいる可能性を匂わせたら、すぐに受注されたそうだ」

「あれから三日。来るとしたら、そろそろだけど―――」


 リゲルは眉間にしわを寄せた。

 応援のハンターが来る前に、白面猿が集落の方へ下りてくる可能性もある。被害は防ぐために何から手をつけるべきか、と考えて―――


「ちょうど今、到着したぞ、っと」


 突然の来客に、思考を打ち切られた。


 フードに雪を積もらせたまま部屋に入って来たのは、顔の左上から右頬までざっくりと傷跡のある男だった。年は三十を少しいったぐらいだろうか茶金の髪を右サイドだけ三つ編みにして、あとは短く刈り込んでいる風変わりな髪型が目を引いた。


 新たな来客に村長の妻がお茶の用意のために奥へ引っ込むと、リサも雪を払うための手拭を手に、彼に近づいた。


「ご主人! せめて雪を払ってから行くノシ! 家の人の迷惑になるノシよ!」


 彼の後を追って来た小柄な影に、リサは思わず目を丸くした。

 ピンと立つ長い耳を持った犬が、後ろ足で器用に立っていたのだ。ふわふわの薄ピンクの毛皮が、足元だけ濡れて毛羽立っている。


(これが、ウサギイヌなんだわ)


 なんだか可愛らしい印象を受けるこの獣人が、本当に狩りの役に立つんだろうか、と不思議に思う。


「悪い悪い。でも、オリオ。お前も足が濡れてるから同罪だぜ?」

「ご主人がさっさと行ってしまうから、拭くヒマもなかったノシ!」


 思わずまじまじと見つめてしまったリサは、その会話にハッと気を取り直して、慌てて手拭をやって来た男に渡し、雪だらけの外套がいとうを受け取った。

 その足で小柄な獣人に近寄り、しゃがみ込んで目線を合わせると、同じように手拭を渡し、畳んで腕(前足?)に掛けていた小さな外套を受け取った。


「ありがとうだノシ」

「どういたしまして。テーブルの方へどうぞ。今、温かい飲み物も出しますから」


 ちらり、と後ろを振り返れば、ププミルクを温め直していた村長の妻が奥から出て来るのが見えた。リサはそれと入れ替わりに外套を持って玄関の方へと向かう。


「ロキオン、お前がきたんだ」

「よぉ、久々だな、リゲル。俺がその依頼を受注したパーティのリーダーだよ。明日あたりに残り二人も到着するはずだ。道案内は頼むぜ」


 立ち上がったリゲルは、やって来たハンターの男、ロキオンとがしっと握手を交わす。

 リゲルが渡りハンターをしていた頃に、何度かパーティを組んだことのある男だった。大槌おおづちを扱う豪快な男ながら、面倒見もよく、人望も厚い。金や女や酒など生活にだらしない所はあるが、そこをパートナーのウサギイヌ・オリオがよくカバーしていた。


「オリオも久しぶりだね。相変わらずロキオンのお守は大変そうだけど」

「リゲル氏も元気そうで何よりだノシ。常駐ハンターも慣れて来たようだノシ」


 ロキオンはリゲルに勝る巨躯きょくをどっかとイスに落ち着け、「さぁて」と不敵な笑みを浮かべた。


「詳しい話を聞かせてもらおうか」



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「夫婦水入らずのとこ、邪魔しちまってワリぃな」

「いいえ、お気になさらず」


 リゲルと知り合いだというロキオンとそのパートナーのオリオを、積もる話もあるだろうからと招いたのはリサだった。渡りハンターに開放している宿所はあるが、夕飯ぐらいは、とリゲルに誘うよう伝えて来たのだ。

 こういうところはスゴイよな、とリゲルは感心すると同時に屈託を感じる。

 そういった社交術はすべて、アルドの母親から教わったものなのだと。

 昔からアルドの嫁になるために頑張っていたリサは、彼の母親から商売のノウハウ、客あしらいの仕方、近所や同業者との付き合い方までせっせと教わっていた。記憶をなくした今も、記憶を取り戻すきっかけになればと、かつての自分がメモした帳面を読み込んだおかげで、こういう面はそつがない。


「リゲル、あんたも座ってていいわよ」

「うん、ありがとう、リサ」


 乳酒の入った壷と、人数分のコップにクラッカーとチーズをトレイに乗せて運んで来たリサは、机とイスの高さが合わず、ロキオンの膝に座っているオリオを見て、そういえば、と口を開いた。


「ロキオンさん、オリオさん。好き嫌いはありますか? ……その、ウサギイヌの方と会うのは初めてなので、何か食のタブーとかがあれば、聞いておきたいんですけど」

「あー、こいつのことは気にしなくていいぜ? っていうか気にしてやるほど繊細な―――ってぇ!」


 ももに爪を立てられ、ロキオンが悲鳴を上げた。

 つん、とすましたオリオが何もなかったようにリサに向き直る。


「お気遣いありがたいノシ。できれば味の薄いものを出してもらえると嬉しいノシ。あと、ご主人は出されたものは何でも食べるバカ舌なので、気にする必要はないノシ」

「はい、分かりました」


 奥に引っ込んだリサの背中を見ながら、「あれがお前のカミさんか」とロキオンがぽつりと呟いた。


「例の幼馴染はよーやく諦めついたみてーだな?」

「……リサがそうだよ」

「は?」


 クラッカーにチーズを乗せたロキオンが、目を丸くした。その隙に、オリオが彼の手にあるクラッカーをするりと奪い取る。


「おい、まさか、奪って来たのかよ」

「色々あったんだ。そこは、まだちょっとデリケートな部分もあるから、リサの前で口にしないでくれるかな」

「村のやつらは知ってんのか?」

「知らせる必要もないだろ。ただ僕の奥さんが来ただけだし」

「……お前な」


 乳酒を飲み下し、はぁと息をつくロキオンの膝の上で、オリオは両手に持ったクラッカーをサクサクとかじっていた。美味しいのか、時折、長い耳がぴくぴくと動く。


「ご主人。夫婦の間に割り込むヤツは、ププに踏まれてぺっちゃんこノシよ」

「オリオ、お前そりゃちょっと違ぇだろ」


 わしわしっと乱暴に頭を撫でられ、ムッとしたオリオは前足で主人の三つ編みをベシッと叩いた。


「リゲル氏。ワガハイはリサ嬢のように初対面なのに獣人に偏見を持たない人間に久々に会ったノシ。いい嫁さんだと思うノシよ。大事にするノシ」

「あぁ、僕にはもったいないぐらいの奥さんだよ」


 ふにゃり、とだらしなく笑ったリゲルに、「ベタ惚れだな」とロキオンがまぜっかえす。


「お待たせしました~、って。リゲル、あんたの顔おかしいわよ?」

「え? そうかな」

「いつにも増して、緩くなってるわ」


 ドン、と大皿2つを置いたリサは、ちょっと気持ち悪いものでも見るように自分の夫に視線を向けた。


「ホントに、僕にはもったいない奥さんだなって」

「お客さんの前で誉めても、出て来るのは雪割菊のお浸しぐらいよ」

「うん、ありがと」


 にっこりと笑ったリゲルは、リサの袖を引っ張って引き寄せると、その頬にチュッと唇を付けた。

 その動作があまりにも自然だったため、リサは客がいるのも忘れていつものようにそれを受けた。


 リゲルの向かいに座るロキオンとオリオが目を三日月型にしているのを見たとたん、小さく悲鳴を上げて台所に逃げ込んでいってしまったが。


「リゲル、お前、ほんっとにデレデレだな」

「まったくだノシ」


 リゲルは上機嫌で乳酒をあおった。

 ただ、赤みの引かないリサの顔色のせいで、次の料理がテーブルに出るまで、少し時間がかかった。


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