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03.たからもの

「あたしは、とりあえず無事を祈って待っていればいいの?」

「あぁ。無事って言っても、危険の少ない依頼だから、滑って転ぶとか、そういうドジを踏まないように祈っててくれればいいよ」

「……そう、なんだ?」


 リサは、じっと出発の準備をするリゲルを見つめた。

 彼女が白い皮のよろいに身を包んだ彼を見るのは初日以来だった。胸元に下がった鎖がシャランと冷たい音を立てている。鎖に下がっているのは護符だろうか。


(どういう護符なんだろ。帰って来たら聞いてみよう、っと)


 今は、携帯食料などの持っていく道具のチェックを真剣にしているから、邪魔はできない、と思う。


「奥さんはそんなに心配?」

「べ、別に、大したことない依頼なら、そこまで―――」

「一人が心細いなら、村長さんの所に行っててもいいよ?」

「だから、そんな迷惑かけるようなことじゃ……」


 ふい、とそっぽを向いてしまったリサの頬を、リゲルの手が撫でた。そのまま自然な流れで額に唇を落とすと、リサの顔がみるみる真っ赤に染まる。


「ちょ、ばか!」

「今回は村長の息子も手伝いで出るからさ、村長の奥さんも寂しがってると思うんだ。暇なら話し相手になればいいんじゃないか?」

「そ……そこまで言うなら」


 頬を膨らませたリサがどうしようもなく可愛くて、リゲルの頬がみるみる緩む。


「ねぇ、奥さん。この依頼から帰って来たら、そろそろ解禁して欲しいな」

「え?」

「考えといて」


 分厚い皮手袋をはめたリゲルは、腰に長剣をくとニヤリと笑みを浮かべた。

 言わんとすることを理解したリサが何か言うよりも早く、玄関から素早く出て行ってしまう。


「……何よ。ちゃんと『いってらっしゃい』ぐらいさせなさいよ」


 リゲルの言いたいことは分かっていた。

 村に着いてから五日。二人は別々の寝室を使っている。

 リゲルはちゃんとした夫婦に戻りたいと言っているのだ。


「そう……よね。夫婦、だもんね」

(リゲルだって、男の人だもん。その、溜まってたり、してるよね)


 十七のリサは、そういった経験はない。だけど、二十五のリサの身体は何度も夫婦の行為をしているはずだ。噂に聞くような痛みもない……はずだと自分を納得させる。


「ベッド、移動させてから、村長さんのとこに行こう」


 決意を忘れないように、ぽつりと呟いた。



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「じゃ、ププ車の番よろしく、ルクス」

「リゲルも気をつけて」


 風雪を避けるように岩と岩の裂け目にベースキャンプを設営したリゲルは、留守番役の村長の息子ルクスに軽く手を振ると、雪積もる高原へと足を踏み出した。


 今回の依頼は増え過ぎた雪蜥蜴ゆきとかげの駆除だ。雪蜥蜴は雪山に生息する成人大の肉食獣で、姿はトカゲによく似ている。

 ププッケ村はププと呼ばれる大型草食獣の飼育で生計を立てる者が多く、飼育中のププを襲われると死活問題になりかねない。早め早めの対処が必要だ。


(そのうち、リサもププ飼おうとか言い出すかも)


 リサは元々、誰かに頼って生きるよりは、自立を望むタイプだと、リゲルはよく理解していた。今は慣れない場所だからリゲルに寄りかかっているが、すぐに新しい仕事を見つけるだろう。

 頼られなくなることを寂しいと思う反面、その姿を頼もしく誇らしく感じる。


 ギシリ、ギシリと雪を踏みしめて歩くと、そう遠くない位置からギョエェ、ギョエェと雪蜥蜴の鳴き声が聞こえた。

 足を止めて方向を探ると、僅かに反響して聞こえて来るのが分かった。おそらく、この先にある洞穴に何匹か群れているのだろう。


(今回の目標は、無傷で帰還だ)


 リゲルは出発準備中にじっと見つめてきたリサを思い出し、苦笑した。あそこまで目に見えて心配そうな顔を浮かべられると、こちらとしては笑うしかない。

 精神年齢が十七で止まっていても、やはりリゲルは『幼馴染』の『どこか頼りない』リゲルのままなのだろう。それに気付いた時、リゲルの胸に湧き上がったのは歯痒さと、それ以上の安堵だった。記憶が欠落してもリサは何も変わらない。


 ひとしきり声を殺して笑ったリゲルは、下唇をぺろりと舐め、ゆっくりと腰の剣を抜き払った。

 そこには愛する人の行動に一喜一憂する男の姿はなく、ただ目の前の魔獣をほふろうとするおとこの姿があるだけだった。



―――そんなリゲルを知らないリサは、奇しくも彼が示唆したように、村長の家を訪れていた。


「なるほど、ププは万能なんですね」

「そうよぉ。今度、リサちゃんもミルク絞りしてみる?」

「うーん、お邪魔でなければ、是非」


 今回の依頼が雪蜥蜴の駆除とは聞いていたが、その背景について詳しく聞きたいと思っていたリサは、懇切丁寧に語ってくれる老婦人の話に一つ一つ相槌を打っていた。

 手元の帳面には、ここまで聞き取った内容がメモされている。束ねられた帳面の前半分は店番や商品の仕入れのことなどが、リサの覚えのないリサ自身の筆跡で書かれていた。アルドの嫁になるために頑張った証だと思うと捨てることもできず、帳面の続きに、ここププッケ村のことを書き加えていくことにした。


 ププというのは高さが人の1.5倍、全長も人の身長以上ある大型の草食獣だ。毛足が長いので梳いた毛を織物に加工することもできるし、ミルクを絞って飲むこともできる。力持ちなので荷運びにも使えるし、肉もなかなかに美味なのだとか。一頭で何役も兼ねる素晴らしい家畜だった。

 一方、雪蜥蜴は山に生息する肉食獣で、群れることで自分の何倍もあるププを仕留めて食らう。野生のププが食われるのなら別に問題ないが、村で飼育しているププが食い散らかされたらしい。


「結構、村の近くまで魔獣が来るんですね」

「そうねぇ。山も色々とあるみたい。別の山からまた別の魔獣が移動してきたり、ということもあるわ。でも、付き合い方を間違えなければ大丈夫よぉ」


 リサの生まれ育ったレラプスは近くに魔獣の被害が出るような立地ではなかった。極々稀に迷い込んだ魔獣が有志によって討伐されるぐらいだ。魔獣は人里離れた辺鄙な場所に住んでいることが多いから。


「今回の雪蜥蜴はね、ハンターが狩れて当たり前の弱い者なのよぉ。リゲルくんの皮鎧も雪蜥蜴の皮をなめしたものだったはずねぇ。……だから、リサちゃんも、心配はいらないわ」

「あ、あたしはそんなに心配は―――」

「心配、でしょ?」


 にこりと微笑まれて、リサは降参の意を込めて両手を上げた。


「たぶん、明日には戻って来るわよぉ。今日はうちに泊まっていく?」

「いえ、そこまでは。―――大丈夫です。だって、こんなことでへこたれてたら、リゲルの奥さんなんてやってられません」

「ふふ、その意気よぉ」



―――ギョケェェ、と悲鳴を上げ、最後の一頭が倒れて動かなくなった。


(これで、十五、か)


 流れる汗が目に伝い落ちそうで、慌てて拭った。十頭ぐらいと思っていたが、予想よりも多く狩る羽目になってしまったのは、どうした目測誤りだろうと不審に思う。

 足元で絶命する四頭を、ぐるりと荒縄で縛るとリゲルは何度目かのベースキャンプへの道を辿ることにした。


「ん……?」


 それが目に飛び込んで来たのは偶然だった。

 洞窟の壁で黄色の輝きが陽光を弾いている。僅かな太陽の角度の違いで、ここまで届かなかっただろう光が、その存在をこれ以上なく主張している。

 虎斑石と呼ばれる、文字通り虎の毛皮のような模様をした石だ。模様の美しさによって大きく取引価格は変わるが、素人目にもハッキリと文様が出ていて安くはないと分かる。


(こういう土産もありかな)


 リゲルは腰のポーチからピッケルを取り出すと、慎重に虎斑石を掘り出した。

 今までの彼だったら、魔獣を討伐する依頼の合間にはしなかっただろう。精々、場所を覚えてヒカリゴケや雪割菊の採集のついでに掘るのが関の山だ。だが、リサという仮の伴侶を得て、リゲルは今まで立ち枯れていた何かがゆっくりと芽吹くのを感じていた。リサによって枯れたものが、リサによって芽吹く。不思議な感覚だった。


(一応、奥さんなワケだし、こーゆーのもアリだよね)


 喜んでくれるといい。そう思いながら、再び雪蜥蜴をまとめた縄を引っ張ってベースキャンプへの道を急いだ。重い荷物を引きずっているにも関わらず、その足は軽やかだった。



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「おーい、リサ」

「リゲル!」


 ププ車の手綱を引くリゲルの赤茶の髪を見て、村の入り口で何人かの村人と一緒に彼らの帰りを待っていたリサは、ぴょこたんぴょこたんと跳ねて手を大きく振った。


「ケガはない?」

「あぁ、かすり傷一つない。リサが祈ってくれたおかげだよ」

「もう、誉めても何も出ないわよ」


 夫婦の微笑ましい遣り取りを、村人たちがニヤニヤと見守っていた。


「リゲル、こっちは俺らでやっとくから、お前は嫁さんと一緒に帰れよ。予定以上に狩って、疲れたろ」

「あぁ、悪いな、ルクス」


 軽く手を上げると、その同じ手でリサの腰を抱いて歩き出す。


「いいの?」

「あぁ。報酬は後でもらうし、雪蜥蜴の解体は僕の仕事じゃないし」


 リサはごく自然な動作で回された手をどうするか迷ったが、記憶喪失前は普通だったのかもしれない、とそのまま放置することにした。


「ねぇ、今日は食べていいんだよね」

「うん、お腹空いてると思って、ちょっと多めに用意したから大丈夫よ」

「リサ、本気で言ってる?」

「? 何が?」


 帰宅し、脱いだ革鎧を丁寧に拭いていたリゲルが、がっくりと肩を落としたのを見て、かまどの火の調子を確かめていたリサが小首を傾げた。

 ちょいちょい、と手招きをされて、手をエプロンで拭いながらリゲルの元に近寄る。

 何故か内緒話だとばかりに耳打ちの姿勢に入ったリゲルを怪訝に思いながら顔を寄せれば―――


「今日こそ奥さんが食べたい」


 一瞬にしてリサの顔が真っ赤に染まった。


「あ、あ、あ、あ、あんたねぇぇぇっ!」

「えー、ダメー?」

「そんな可愛く見せようったって……もう、ベッドは移動させて二つくっつけてあるわよ」


 ぼそりと加えた後半部分に大きく反応したリゲルが、一瞬尻尾をちぎれんばかりに振る大型犬に見えてリサは目を擦った。もちろん幻覚だ。


「じゃ、先に奥さんいただきまーす」

「えっ?」


 ひょい、と軽々リサを抱き上げたリゲルは、スタスタと寝室へ歩き出した。

 展開について行けずに呆然と運ばれていたリサだったが、寝室のドアの前で、ようやく自分を取り戻した。


「ちょ、ごはんはっ?」

「リサの後でー」

「や、嘘でしょ……んむむむむー!」


 その身体を抱き上げたまま、喚こうとする口を自分の口で塞いだリゲルは、そのまま寝室へのドアをくぐった。

 同じベッドが二つ、隙間なく並べられているのを見て、思わず口角が緩む。


 尚も文句を連ねようとしたリサの口に、舌をするりと割り込ませて、歯列を、口内を思う存分堪能すれば、胸をポカポカと叩かれた。それすらリゲルにとっては煽る行為以外の何物でもなく、緩んだ目元を少し赤くしながら、さらに深く口付けた。


 予想外の行為による衝撃と、酸欠でぐったりと力の抜けたリサを前に、上機嫌なケダモノは「いただきます」と告げた。




「ばっかじゃないの、ばっかじゃないの、ばっかじゃないの!」

「うん、ごめん」

「あんた、絶対悪いと思ってないでしょっ!」


 リサに小気味良くスパンと頭を叩かれても、へらへらと笑うリゲルの顔が締まることはなかった。


 久しぶり、というか『初めて』だから怖いよね、と優しく言われたところまでは良かった。

 だから丁寧にほぐさないと、と告げられて少しだけ嫌な予感がした。

 それが、中が気持ち良過ぎる、だの、リサが可愛すぎて無理、だのと発言がどんどんと壊れて行き、気付けば夜が明けていた。

 リサには、自分も相手も何度上り詰めたか分からなかった。

 何度か意識を飛ばしていたとも思うし、途中でリゲルがお湯で身体を拭いてくれたり、火の始末に立ったりしたのはおぼろげに記憶に残っている。


(でも、肉体労働を終えて帰って来た男の行動じゃない……っ!)


 さすがに空腹を感じてベッドから抜け出たところで、一歩も歩けずにぺしゃりと潰れた。股関節が、膝がガクガクと使い物にならない。

 リゲルによって抱き上げられ、寝台に戻されたところで、色々と頂点に達したリサの口から罵倒の文句が出たことも仕方ないと言えよう。


 プルプルと怒りに震え、顔を赤らめ、目を潤めるリサを見て、リゲルは思わず口にした。


「ねぇ、もういっかい―――ぶっ」

「もげろっ!」


 枕で叩かれたリゲルは、たまらず寝台から転げ落ちた。

 と、起き上がる彼の視界に、サイドテーブルに置かれた包みが入る。


「そうだ。リサ。忘れるところだった」

「何よっ!」

「手ぇ出して―――はい」


 手に載せられた布包みに首を傾げたリサは、眉を少し寄せながら、そっと包みを開く。失念しているのか、無防備な裸体に点々と咲く赤い花が、リゲルの劣情を知らず煽る。


「石? ……キレイ」

「虎斑石って呼ばれてるんだ。ちょうど見つけたから、土産」

「私に? ありがとう、リゲル」


 ふわりと表情を緩めてあどけなく笑うリサは本当に可愛かった。だからこそ―――


「そーゆーことで、もう一回ぐら――ぶへっ!」

「もげろっ!」


区切りも良いし、ここで完結としても良いのですが、書きたいことが残っているので……。

続きはまた明日です。

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