第二話 冒険にいけない魔王討伐隊【side:シェリル】
ヴァルとシェリル、交互に視点を変えます。
書いてみたら長くなってしまったので、もうちょっと続きます。
「仕事を斡旋できないとはなにごとかっ!?」
感情に任せた私の怒号が狭い冒険者ギルド『コノー出張所』の室内を響き渡る。
仮にも王国騎士団の小隊長を任されていた私の気合を込めた声である。
入ったばかりの見習いや従者程度なら、目を白くしてその場で直立不動になるものだけれど――。
村の雑貨屋と言っても通用しそうな狭い出張所内で、ひとり受付やら帳簿仕事やらをしていた色黒で髭を蓄えた中年男性――偏見かも知れないけど、こういう受付って怜悧な女性という先入観があったもので、ちょっとガッカリしたものだ――は、別段恐縮した風もなく、げんなりした顔で手にした書類をパラパラと捲って、書いてある規則をこれ見よがしに掲げた。
……軽くスルーされて、ちょっぴりプライドが傷つく。
「そうは言っても騎士様、冒険者ギルドで紹介できるのはあくまで冒険者に対してです。飛び込みの素人の方に依頼をお願いするわけには参りません。これも規則でして」
さっきから同じ事を繰り返すばかりだ。
「お前では話にならんっ、責任者を出せ!」
誰が素人だ! 栄光ある王国騎士団の小隊長にして、第二王女ティーア様の傍付き近衛騎士だった私を、そのあたりの腕自慢や村娘と一緒にするな!
そう瞳に力を込めて要求する私の主張に対して、中年男は面倒臭そうに肩を竦めた。
「ワタクシが当冒険者ギルド・コノー出張所の所長ですが。それよりも上役となると、イリスの王都にある冒険者ギルド・イリス本部に行かないとおりませんな~」
「なっ……」
なんで所長が直々に受付をしてるわけ? とか、なんで三日で行けるウーノでなくて二十日はかかる隣国の王都までいかないといないわけ? とか疑問がグルグル渦巻いて絶句する。
ちなみに、あとからヴァルに聞いた話だと、トリスティス王国には自前の冒険者ギルドは存在しないとのことであった。
そのため隣国のイリス国にある冒険者ギルドから支部や出張所を誘致して、それでなんとかやり繰りしているということ。
どうりで『騎士様』と口調こそ慇懃な割に、態度が大きいと思ったら外国の殿様商売だからだったわけね!
「――くっ……! では、どうすれば魔物退治の依頼を受けられるわけ!?」
叩きつけるような私の問い掛けに、中年男――出張所の所長が、ふむと考え込むような表情になった。
「一番手っ取り早いのは、冒険者登録をして冒険者になることですな。そうすれば誰はばかることなく依頼を斡旋できます。……まあ、いきなり討伐依頼というのは、あまり推奨しませんが」
なんだ、そんなことでいいわけ? と肩透かしを喰らった気分で、私はまじまじと所長の顔を見返した。その心中を読んだようなタイミングで、目の前にあるカウンターに何枚かの書類が差し出される。
「こちらが申請書になります。必要事項を明記の上、役所で発行する身分証明書を添付の上、Cランク以上の冒険者二名の推薦状と、市民階級以上の方の連帯保証書をご持参ください。書類に不備がないか確認の上、およそ一カ月前後で通知が行きますので、書類検査で問題がなければその後半年に一度――丁度、先々週終わったところですから、次は半年後ですな――イリス王都本部で行われる体力試験と健康診断を受けていただき、これに合格すれば晴れてFランク冒険者と認められます。ああ、諸費用が金貨一枚になりますが、不合格の際には半額が返還されますのでよろしくお願いします」
「“よろしく”ではなーーーーいっ!!」
立て板に水で捲くし立てられた長口上に口を挟むこともできず、呆然と最後まで聞かされた私は、相手が口を噤んだところで、はっとしてカウンターを両手で叩いた。
「なんだそれは!? どんなお役所仕事だ?! そもそも冒険者なんて何の能もない腕力自慢のヤクザと同義語、一攫千金狙いの香具師と相場が決まっているだろう! ちょこちょっと偽名を書いても、ロクに審査もしないで登録するものじゃないのか!?」
「ンなわきゃねーだろ、バーカッ!――こほん。失礼しました」
一瞬、取り澄ましたビジネススマイルをかなぐり捨てた所長だったけれど、すぐさまスイッチを切り替えたかのように元の冷静さを取り戻した。……よく見ると机の下で、プルプル震える右手を必死に押さえている。あれか、騎士団きってのお調子者のキーツがよく『俺の封印された腕が疼くぜ!』とか戯言を抜かしていたが、それと同じ病気を患っているのかも知れないな。難儀なことだこと。
「我々冒険者ギルドはきちんと国家から認められた組織です。そして武装した者たちを管理運営するという立場上、その責任の所在は明確にしなければなりません。万一にも犯罪者や反逆者を生み出す土壌になってはいけないわけです。ですので、所属する冒険者は厳正な審査を踏まえて、その身分を明確にしないといけないわけです。一部偏見に見られるような、ヤクザや破落戸、不法滞在者などに対して安易に登録に応じるわけはないわけでして、おわかりいただけますかな、このスベタ……レディ?」
文句あるかと言わんばかりの態度で胸を張る相手の言い分に対して、
「むうう……」
私は一声呻って腕組みした。
反論しようにも、そもそもの判断材料が少なすぎて何を言っても揚げ足をとられそうだし……。
まあ仮にも私は貴族身分。これが平時で、なおかつ王都ウーノであれば、こちらも立場を明確にして便宜をはかってもらうこともできるかも知れないけれど、現在は極秘任務で身分を隠しているのだから無理を通すことはできない。
てっきり冒険者登録なんて、猿でも誰でも窓口でホイホイできるものだと思っていただけに、いきなり初っ端からアテが外れた気分で、途方に暮れた。
そこで私はふと、さきほどからずっと沈黙を守っている相棒――いちおう小隊長を任せられている私の方が上位になるけれど、年齢と実績が上なので立場的には同等だと思っている――ヴァルを振り返って見た。
こういう交渉ごとは、私よりも世慣れている彼の方が得意だろう。
丸投げするようで恥ずかしいのだが、適材適所ということで視線で助力を求めたのだけれど――。
◆◇◆
『俺の勝ちだな』
二メルトはありそうな巨大な豚鬼が、ねちっこい嘲笑を浮かべて足元にひれ伏す人間を見下ろしていた。
『くっ……殺せ!』
無残に敗北した気の強そうな女騎士が、それでも矜持を失わずに豚鬼を睨み付ける。
『ぐへへへへ、そう簡単に殺すわけにはいかん。せいぜい愉しませてもらうぞ』
好色な笑みを浮かべた豚鬼が、女騎士に向かって覆い被さる。
◆◇◆
「なっ――なにを読んでいるのよーっ、ヴァル!!」
備え付けのテーブルに座って、一心不乱に挿絵入りの艶本に見入っていたヴァルの手から、瞬時にそのイカガワシイ本を取り上げて、反射的に床に叩き付けてサバトン(鉄靴)でゲシゲシに踏みしだく。
なんて破廉恥な! なんて女騎士を馬鹿にした内容なのよ! 汚らわしい、呪わしい、おぞましい!! なにを考えているわけ!?
「「「あああああああああっ!!」」」
完全に原形をとどめなくなった本を見て、ヴァルと一緒にその本を覗き込んでいた何人かの冒険者らしい男たちが、まるでこの世の終わりのような顔をして絶望の呻きを漏らした。
あと、何人かが「おお、女騎士の実演だ!」「これはこれでイイ」微妙に恍惚とした顔でこっちを見てたけど、あえて考え得ないようにする。
「なにをしているのよ、ヴァル! 私が真剣に交渉している後ろで、こんな巫山戯た内容の本を見てるなんて!? 私に対する嫌がらせ?! 事と次第によっては……」
思わず胸倉を掴んで詰め寄ると、決まり悪げに視線を逸らされた。
「……いや、悪かった。待っている間に変な行商人が寄ってきて、周りの連中と話を聞いているうちになんか買わないと悪いような流れになって、つい買っちまったんだ。反省している」
この通り、と素直に頭を下げるヴァルの真摯な態度に、少しだけ冷静さを取り戻した私は、掴んでいた手を離して、軽く深呼吸をしてから静かな口調で――怒ってない、怒ってない、こんなことくらいでは怒らないわよ、と聖女様になったつもりで――優しく言い含める。
「そうよね。ついつい出来心ということもあるわよね。ちょっとびっくりしたけれど、次からは気をつけてくれればいいわ。……うふふっ、次はないけどね」
私の説得を受けて、ヴァルとなぜか周囲の冒険者たちも揃って、妙に蒼白な顔で力一杯頷いてくれた。うむ、きちんと話し合いで合意が得られて重畳重畳。
「……それにしても」
ふと、私は思い出してちらりとヴァルの役者みたいに整った――銀髪に紫色の瞳と素材は最高にいいのに、本人に自覚がないのかいつもだらしない雰囲気と恰好をしているのが残念というか――顔を見て、確認せずにはいられなかった。
「もしかして、その……ヴァルってああいう目で私の事を見ていたわけ?」
だとすれば今後の道中はちょっと意識を変えなければいけないかも知れない。
今日までは単なる同僚……いえ、父である団長や部下でさえも反対したこの任務にも唯ひとり何も言わないでいてくれて(※最初から係わり合いになりたくなくて無視していただけ)、他の皆が尻込みした魔王討伐の任務にも付いて着てくれて(※嵌められて同行させられた)、文句を言いながらも足が痛いといえば薬草を探して湿布してくれたりしてくれたり(※団長が怖いので怪我をさせないようにしている)、影になり日向になり世話してくれる頼りになる仲間だと思っていたけれど、異性として対応すべきなのかも……。
あ、いやいや。私は王女様を救出するという大事な任務を帯びた身、そんな個人的な感情に囚われている場合では……でも。
と、ちょっぴり甘酸っぱい気持ちで訊いてみたのだけれど。
「いや、ないわーっ! ぜんぜんないわー!!」
びっくりするほど爽やかな笑顔で思いっきり否定され、
「………」
ちょっとだけ殺意が湧いたけれど、これは許容範囲だと思う。
◆◇◆
「――とにかくっ。こうなったらここにいてもしかたないわ。行きましょう、ヴァル!」
「行くって……もしかして書類申請の為に、王都へ戻るのか?」
先に立って出口へ向かう私に追いすがりながら、ヴァルが怪訝かつ、どことなく安堵の表情でそんな馬鹿なことを聞いて来た。
「そんなわけないでしょう! 三日で戻ったらいい笑いものじゃない! このまま先に進むに決まってるわよっ。よくよく考えたら、別に冒険者にならなくても、草の根で依頼を受けて、魔物退治すれば済む事じゃないの!」
勢いに任せた私の返答に、「……ちッ、気が付きやがったか」なにか小さく呟いたヴァルが、立ち止まるとギルドの天井を見上げて何か考え込んだ。
「?」
出入り口のスイングドアに手をかけたところで、ついて来ないのに気が付いて振り返って見れば、面倒臭そうにガリガリと蓬髪を掻いたヴァルが、ため息をついて回れ右をしたのが目に入る。
「ちょっ……ちょっとヴァル!? 何してるのよ!」
そのまま真っ直ぐにギルドのカウンターに向かったヴァルは、懐から取り出した銀色のカードをいけ好かない中年親父――出張所所長に見せた。
「トリスティス冒険者ギルド支部所属、Cランク冒険者のヴァレンティーン・マシューだ。俺が依頼を受けて、個人的にあのお嬢様を助手に使うのは規則違反じゃないだろう?」
「ふむ……。確かに、それであればアナタ方個人の責任になりますので、当ギルドは関知するものではありませんな。まあ、依頼料はアナタひとり分しかお支払いできませんけれど」
「ああ、それで問題ない」
首肯したヴァルに、もう用は済んだとばかりにカードを返す所長。
私は狐につままれたような気持ちで、その遣り取りを見ているしかなかった。
はっと我に返ったところで、
「……ヴァル、どういうこと? なんで最初からこうしてくれなかったの……?」
踵を返して、思わず責めるような口調で詰め寄る。
「………」
無言のままほろ苦い笑みを浮かべる彼の態度に、はっと私の胸が突かれた。
そうか。そうだったのね……!
わかったわ。ここで安易に救いの手を出さないで、あえて静観していたのは、私が困難に直面してもきちんと目的を忘れずに行動できるのか、それを見極める為だったのね!
そうよ。ここで逃げ出すようでは、はじめからティーア王女様を救い出すことなんてできないわ。
だから、私がここで挫折しておめおめ王都へ戻らないことを確認して、いまはじめてパートナーとして認めてくれた。そうに違いないわ!
だったら、私も覚悟を決めるわ。もう決して泣き言は言わない。どんなことがあっても魔王を倒して、王女様を救い出してみせる!
そう決意も新たに誓う私を、妙に生温かい目で眺めるヴァルがいた。
ちなみに『魔人』というのは、魔物が進化して人化した存在が人間と交配して産まれた半人半魔のことです。
純粋な祖先ほど強くはありませんが、人間に比べると魔力・体力・寿命ともに一桁違います。
魔王というのは祖先の血が色濃く出た先祖返り的な存在です。
それと参考までに一般的な冒険者などとのレベルについて
ジェシー・アランド(15歳)
身長172cm、体重64kg。右投げ右打ち。
HP:1,610
MP:1,080
冒険者ランクはDです。
フェリックス・蔵王・ドルミート(122歳)
身長189cm、体重77kg。左投げ左打ち。
HP:46,290
MP:60,660
通りすがりの商人(永遠の20歳)
身長171cm、体重65kg。左右どちらでも可。
HP:118,200~
MP: 87,700~