Ⅶ
「………あれで良かったの?」
あいつはそんなことを尋ねてくる。
「………それ以外、何て言えば良かったん?」
彼女は表の世界の人間で、俺は裏の世界の人間。本来、俺と彼女は交わることがない。彼女と再会することはこっちの世界に入った時に諦めている。
ただ、彼女を見ることが出来たのは嬉しい。中性的な顔立ちはそのままだが、あの頃よりも綺麗になっている。その上、群青色のドレス姿が彼女の魅力を引き立たせているように思える。男なら、ほっとかないだろう。
案の定、彼女の周りには男達が群がっている。だが、彼女はそんな男達を煙に巻き、とある人物に視線を向けている。
黒髪に、黒眼の珍しい容姿をもつ青年、黒犬。彼女が守っているものはダミーで、あの男が背負っているものが本物である。どうやって、短期間でダミーを用意をしたのかは分からないが、かなりの精巧なものである。会場の大半は騙せるだろう。彼女達は参加者を騙すつもりで、ダミーを置いたわけではないだろうが。男爵も目玉として用意したものをダミーに差し替えるのは不本意だろう。参加者の身の安全を優先してのことだろうが。貴族にしてはよくできた御仁だ。彼女の知り合いの時点で、変わり者であることは間違いない。
にしても、彼は有望な若手魔法使いだからか、女性達に話しかけられる。こっちは話下手なのか、女性の話に、やや困り顔で聞いている。
彼が気になる理由は分かるが、彼女が不機嫌になっているように見える。彼女はいつもポーカーフェイスなので、本当にそうかは分からない。分からないが、その光景を見て、もやもやと不快な気持ちになる。
「黒犬って、初めてみたけど、予想したのと違うよね」
むすっとしていると、あいつが黒犬の方を見て、話しかけてくる。
魔法使いは偏屈で頑固で、変にプライドが高い変人が多い。あの道化が最もな例だ。あれは元々ああだったわけではないらしいが。
黒犬は貴族出ではないからか、プライドはないし、話が通じないこともない。
まあ、最強の魔法使いの一人、黒龍と殴り合いをした怖いもの知らずではあるが。見た目だけなら、どこにでもいる青年だ。ただ、変人であるのは確かだろう。彼女と長い間付き合えるのが証拠だろう。普通の人間は彼女の破天荒な行動に付き合おうとは思わない。
「………そうやな」
貴族でも、魔法使いの一族でもなければ、教会に見出されるくらいしか、魔法使いになる手段はない。話によると、あの道化の兄弟子にあたる人物に才能を見出されたらしいが、そこに彼女の関与はあったのだろう。ここまで実力を身に付けたのは黒犬の努力の賜物だろうが。
こいつは魔法使いのレベルでも、黒犬には及ばないものの、宮廷魔法使いのボンボンよりは上だろう。もし貴族で産まれていたら、重宝されただろう。それを言ったら、今はいないあの少女も。
「そろそろ、動き出すとしよっか」
今は感傷に浸ってる暇はない。さっさとおつかいをしてしまおう。
目くらましをして、その隙にとっていきたいけど、それはむりだろう。ネギを背負っているのはかもならぬ、黒犬だし、目くらましをしたところで、彼女の眼をくらますのはむりがある。
見た感じ、厄介なのは彼女と黒犬。後はどうにもなる。俺が足止めして、トニーが黒犬からとってくるのがセオリーだが、足止めはできても、トニーが返り討ちにあったら、意味がない。やっぱり、トニーが足止め、俺が黒犬と対峙した方が無難か。目くらましして、会場全員を縛り上げてから、黒犬だけを引き離す。そのあと、結界を施せばいいか。マナはごっそり持って行かれるが、俺の強みは剣術だ。マナがなくても、そこそこ戦える。一応、結界が壊された時の為に、トニーには彼女を足止めしてもらうか。楽しく鬼ごっこしていれば、それなりに時間は稼げる。
「帝王」
オレが壁にもたれ掛かっていると、あの風精が声をかけてくる。今回は内部警備みたいで、礼服を着ている。さっきまで、令嬢達に囲まれていると思ったが、今は一人だ。
「なんや?令嬢達と楽しくやっていたんじゃないんか?」
「そんなことはない。人と話すのは苦手だから、適当な理由をつけて逃げてきた」
確か、風精は娼婦館で裏仕事をしていたんだっけ。それなら、人間不審になる。
「まあええわ。オレら、これから仕事に入るから、大人しくしててな」
彼が彼女らの味方になると、とても厄介だ。今回はそんなことにならないだろうが。そんなことしたら、しばらく教会から出してもらえなくなる。
「大丈夫なのか?」
「何がや?」
何のことを言っているのか、分からず、怪訝そうに見ると、風精は視線を違うところに向け、
「トニーがご子息に囲まれているが?」
「な!?」
その方向を見ると、いつの間に、トニーはご子息共に口説かれている。トニーは困っているというより、泣きそうだ。
「あいつ、確かに、可愛いけど」
トニーを口説くご子息の気持ちは分からなくもない。ただ、ご子息の気持ちを尊重すると、トニーにしばらく口を聞いてくれなくなるだろう。
「トニーを助けないとあかんな」
目立ちたくはないが、仕方がない。
「じゃあ、また後でな。こっちの用件が終わったら」
「………大丈夫なのか?」
風精はまた同じことを尋ねてくる。
「このまま、青い鳥と黒犬と対峙して。一言でも話をすればいいだろう。お前と青い鳥は幼馴染なのだろう?」
風精はオレを見る。話か。できることなら、今すぐにでも話がしたい。だが、合わせる顔がないのも事実。
「………そんなことをしたら、身動き取れへんやろ。ただ話に行って、彼女がそのまま解放はしてくれへんやろ」
それに、彼女にあの少女のことを聞かれたら、オレはなんて返せばいいのか分からなくなる。
「………そうか。だったら、オレは口出しをする気はない。もともと口出しをできる立場でもない。一つ忠告しておく。黒犬と青い鳥を甘く見ない方がいい。あいつらの悪運は相当のものだ。どんな状況でも奇跡を起こすぞ?」
そうだろう。彼女達が次々と奇跡を起こして、状況をひっくり返してきたのは知っている。そうでなければ、目の前にいる風精や弟弟子、そして、眠れる龍と対峙して生きているはずがない。彼らが奇跡を呼ぶならそれでもいい。
「それなら、その奇跡を打ち砕くまでや」
オレはそうやって生きてきた。それはこの先も同じだろう。
それがオレにとって、守れなかったあの少女に対しての償いだと思っているから………。
***
帝王と別れた後、会場を一回りした後、青い鳥のところへと戻ると、あいつはたくさんの料理を頬張っていた。青い鳥さん、作法やマナーを身に付けているレディーはそんなことをしないと思いますが?
「こんなに食っていると、いざと言う時に動けなくなるぞ」
「………これでも八分目ですから、大丈夫です。それよりも、早かったですね。もう少しかかると思いましたが」
「まあな。敵さんは俺のレイナちゃんの誕生日プレゼントを渡すまでは待っていてくれるそうだからな。そうそう、帝王がお前のドレス姿が様になっていると言っていたぞ。それと、トニーと言うお前の友達は女装していたぞ」
「………そうですか。それは残念です。私もその姿を見ておきたかったです」
こいつは残念そうな様子で言ってくる。
こいつの目は、俺達は勿論、目の前の料理も見えていない。本人曰く、すべての物質には多少なりとも魔力が宿っているそうなので、ある程度の形は分かるそうだが、詳しいことは分からないそうだ。
それはこいつが“変異”の能力を持っているからだそうだが、その“変異”と言う能力はどう言ったものかは分かっていない。
「………俺は一つだけ疑問に思ったことがあるんだが、いいか?」
「奇遇です。私も疑問が一つあります。帝王の近くに、トニー以外にカレンはいなかったのですか?」
「それは俺の台詞だ。俺が見たところ、あの二人しか確認できなかったが、カレンと言う人物は孤高の狼王と同じように裏方をしているのか、それとも、今回は来ていないのかのどちらかと思ったが、お前なら、知っていると思ったが……」
「私は全知全能の神様ではないので、知らないことだってあります。ですが、私は一つひっかかることがあります。彼が殺戮王の部下としてなり下がったのはトニーとカレンを守るためだったと思われます。トニーやカレンさえ無事でしたら、彼は殺戮王に逆らうことなどしないはずです。ですが、現に、彼は殺戮王を殺害し、帝王と呼ばれています。それが意味しているものが最悪の場合を示しているのではないか、と私は考えてしまいます」
「………推測はあくまでも推測だろうが。後で、帝王に問い詰めれば、分かることだろう」
俺はこいつの言おうとしていることが分かってしまったが、こいつのそのことを言わせたくなかった。おそらく、こいつの考えていることが事実だろう。だが、そんな悲しすぎる事実をあいつが受けいれられるか分からない。
それが事実なら、こいつは自分を責めることが分かっているから。おそらく、自分が残っていれば、こんな現実にならなかったと責めるだろう。だが、それは現実を受け入れられずに駄々をこねている子供である。
「………お前は事実を知るのが怖いなら、今回は参加するな」
俺がそう言うと、こいつは目を大きく開けて、こちらを見る。
「お前が思っているような現実じゃない可能性もあるが、もしお前が思っているような現実だった場合、お前は立ち直ることが出来るか?お前は自分自身を責めるだろ?」
俺がそう言うと、こいつは黙り込む。俺はお前と長い付き合いだ。そんなことまで分からない馬鹿ではない。
「………とは言っても、お前はそれでも事実を知りたいと言って、ついてくるだろうと思うから、ここからは俺からの独断と偏見で言うぞ。おそらく、お前が再生人形と会わず、コンビクトに残っていたとしても、現実は変わらなかったと思う。いや、今よりも最悪の場合になっていた可能性がある」
こいつが再生人形と会わなかったら、再生人形は救われることなどなく、長い年月を生きていくことになっただろうし、孤高の狼王に関しては執行者に殺されていただろう。そして、イヴ姫は狂い続けたことだろう。こいつにあったお陰で、救われた人達がたくさんいる。こいつが再生人形に会わず、コンビクトから追い出されることがなかったと考えた場合、こいつに会って変わった人たちの未来を否定していることに他ならない。
「お前がコンビクトから追い出されなかったら、俺と会うことはなかった。お前は俺の存在まで否定するつもりか?」
俺がお前と出会って、お前に背を預けて貰えるような人間になる為に、頑張って魔法を身に付けようとした俺の努力を否定するのか?
俺がお前のボランティアに付き合って、経験したことまで否定するのか?
「………それは」
「お前は言っていたじゃないか。過ぎ去った過去は何人たりとも変えられない。それなのに、お前は過去を変えるつもりなのか?変えたいのか?」
人は一つの運命しか選べない。その所為で、犠牲になる人達もいるかもしれない。だが、俺はその人達を切り捨てろ、とは言わない。助けたいとお前が思うなら、助ければいい。だけど、過ぎ去った過去を否定することだけはしないで欲しい。過去を認めて、二度とそんなことが起きないようにするのが大切だろ?
「お前は青い鳥とめでたい名前を名乗っているが、人だ。全ての人に幸せを届けることなんて不可能だ。なら、することはもう決まっているだろうが」
そう、お前がすることは一つだけだ。
「小さなことでもいい。出来るだけ多くの人が幸せになることをしていけばいい。違うか?」
「………その通りです。私はたくさんの人に幸せを運びたいのです」
「それさえ、分かっていればいい。後はその気持ちをぶつけるだけだ」
俺はその手伝いなら、喜んでしてやる。
「じゃあ、俺は青い鳥弐号に魔法を掛けなければならないから、行くぞ。後、どうやら、それの正体ばれているから、何かあったら、それを守ることよりも自分のしたいことをすればいい」
「勿論そのつもりです」
俺は青い鳥に見送られ、会場を後にし、青い鳥弐号がいる小屋へと向かう。青い鳥弐号は自分勝手な馬だが、賢いようで、今夜は散歩に出ずに、小屋にいた。そのお陰で、探す手間が省いて助かったわけだが。
俺は青い鳥弐号に魔法を掛けて、身体を撫でる。
「………お前のご主人さまが頑張れるように協力してやってくれな」
そっと声を掛けてやると、勿論と言わんばかりに、ヒヒーンと鳴く。
時々、お前が人語を理解しているのではないか、と思ってしまうことがある。
「なら、行くか」
俺が青い鳥弐号の手綱を引くと、青い鳥弐号は背中に乗れと言わんばかりの仕草をする。背中に乗っても、大丈夫か、と俺は不安を抱きながら、青い鳥弐号の背中に乗ると、青い鳥弐号に生えた翼はバサッと広がり、会場へと駆けていく。
流石、青い鳥が選んだだけの馬のことだけある。かなりの速度で走ってくれたお陰で、すぐに会場近くについてしまった。とは言え、流石に飛びはしなかったが。
ちょうどいいタイミングで、レイモンドさんが顔を出してきて、
「準備は出来たのかい?参加者達を外へと案内しても大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です」
オレがそう言うと、レイモンドさんが会場にいる参加者に声を掛けたようで、ぞろぞろと外へと出てきて、青い鳥弐号の姿を見て、驚きの声をあげる。
ちなみに、青い鳥は名目上警備役があるので、会場より外は出ることが出来ない。
すると、レイナちゃんが人垣から現れ、
「わーい。ペガサスだ。でも、あれ、これ、あおいとりにごうじゃない?」
レイナちゃんは不思議そうに青い鳥弐号を見る。
「そうだよ。今夜だけ特別に、青い鳥弐号がペガサスになって、会いに来たんだよ。おそらく、青い鳥弐号もレイナちゃんの誕生日を祝いたかったと思ってね」
「………乗ってもいい?」
「勿論、どうぞ、お嬢様」
俺はレイナちゃんを青い鳥弐号の上へと乗せてあげる。
「これ、ほんもののはねだ。あおいとりにごう、いつのまに、ハネがはえたの?」
青い鳥弐号はレイナちゃんの問いに、ヒヒーンとだけ答える。おそらく、今さっきと答えたに違いない。
「あおいとりにごう、とべるの?」
「………それはどうだろうね」
青い鳥弐号ならできるかもしれないが、何とも言えない。そう思っていると、魔法陣が展開される時の一閃の光が見えた。
「レイナちゃん、ゴメン」
俺はそう言って、レイナちゃんを青い鳥弐号から降ろし、俺は青い鳥弐号に跨る。すると、白い煙が一帯に立ち込める。おそらく、混乱に動じて、盗むつもりなんだろうが、そうはいかない。
俺の気持ちをくみ取ったのか、青い鳥弐号はヒヒーンと鳴き、バサッと翼を広げ、駆けていく。
その時、宙を浮いていたのは気のせいではないだろう。