Ⅵ
オレは任務が終わり、報告する為に、教会の中を歩いていると、上の方からかすかに、物音が聞こえた。俺は反射的に剣を取り出すと、カキーンと金属が擦れる音が教会内に響く。
ここはオレのテリトリーである教会である。刺客なら、自分に不利なところを狙わない。まあ、相手を油断させる為に、わざとオレの本拠地に忍び込んだと言うことも考えられるが、それは単なる浅はかか、無謀としか言いようがない。
少なくとも、そんなことをするの奴は一人しか知らないが………。
オレは襲撃者を見ると、趣味の悪い仮面をし、宮廷騎士の制服を身に纏っている。間違いなく、オレの弟弟子である。
『………せっかく、襲撃したと言うのに、一撃も喰らわせへんとは腕が鈍ったんとちゃう?』
オレはそいつに皮肉を言ってやると、
『本調子ではないのだから、仕方がないだろう。できれば、一思いに殺してやろうと思ったのだがな』
そいつも皮肉で返してくる。
この男は“翡翠の騎士”として、名が通っている剣士である。国随一の剣士と言われても、恥じない剣の腕前だが、まだオレの方が少し上のはずである。
『まあ、ええわ。本調子じゃないって、何かあったんか?』
この前の武道大会で、青い鳥と名乗る少女と引き分けしたと言う話を断罪天使に聞いた。まさか、この男が新人宮廷騎士と引き分けになるとは思わなかった。
本当はオレも要請されていたが、断った。別に、弟弟子と闘いにくいと言うわけではなく、その闘いに出ている青い鳥(オレが要請された元凶らしいが)が彼女だったら、戦うことなど出来ないと分かっていた。
武道大会で、大怪我したとは聞いたが、ちゃんと癒者の治療を受けたんだから、完治していてもおかしくない。
『前に、黒龍の魔法をもろに喰らってしまってな』
『………は?』
黒龍と言うのは王の側近である最強の魔法使いである。話によると、黒龍とこの男と妹は兄弟のように育った仲のようで、黒龍がこの男に魔法をぶつけるようなことなどあるはずがないと思っていたが。
『………全てを話すと、時間がいくらあっても足らない。要約すると、喧嘩みたいなものだな』
この男はそう言って、苦笑いを浮かべる。
『………あの黒龍と喧嘩して、よくあんた、命があったもんやな』
黒龍はオレ達のトップにいる彼と同等の能力を持っているとされている。もし、オレが彼と戦ったら、一瞬で灰になる自信がある。なんせ、オレ達が師事していたあの男も彼に挑んで、剣を振る前に髪の毛を燃やされたそうだ。その所為で、一時的に、坊主頭で過ごしていたと言う逸話が残っているほどである。
あの男が軽くあしなわれていたのなら、オレも同じような結果が待っていても、おかしくない。話によると、彼は魔法陣を描かなくても、魔法を発動させることが出来るらしい。剣士と魔法使いの闘いは魔法使いが魔法陣を発動する前に、剣士がそれを阻止できるか、どうかで決まると言われている。だから、魔法陣展開にタイムラグがない魔法使いほど、化け物にふさわしいものはない。
『………正確に言うと、俺が黒龍と喧嘩したわけではない。喧嘩したのは黒犬と青い鳥だ。そのとばっちりを食らったんだ。そんでもって、黒龍は当分動けないから、俺が代わりに報告しに来た』
『………へ?どういうことや?』
また、毎度お馴染みの青い鳥と黒犬が出て来たのはいい。最近の話題のほとんどに、奴らが噛んでいる。話によると、王は黒犬が欲しくて、宮廷魔法使いにしたわけだが、そのおまけに、青い鳥まで付いてきたそうだ。黒龍が策を練っているにも関わらず、全てかわしていったそうだ。超人的な二人組だとは思っていた。だが、最強の魔法使いである黒龍が動けないと言うことはどう言うことだろうか?
『黒犬が黒龍をぼこぼこにしてくれたお陰で、黒龍は当分身動きが取れないでいる』
『………は?その黒犬、人かいな?』
『ある意味、人間じゃないな。世界一のお人好しだな。しかも、不死身属性の』
『………まじかいな?』
もしそうなら、黒犬と言う男は最近、この教会を徘徊している金髪美少女の再生人形の同類か?
『………冗談だ。だが、それに近いというところはある。あの男は青い鳥に付き合って、死にかけている癖に、命はあるのだからな』
おそらく、死にかけてまで、青い鳥について行こうとするのはあいつくらいなものだろうな、とこの男は呟く。
『………まあ、お前が知りたいのは黒犬のことではないだろう。青い鳥のことだろう』
『………分かっているなら、はよ言えや』
オレは短気な方ではあるが、この男に対して、剣で脅すようなことをすれば、この男も剣を出してくるだろうし、お互い、無償では済まないのは分かりきっている。
『………青い鳥は青い髪、青眼をした少女だ。剣術は達人級で、人助けが大好きなトラブルメーカーだ』
この男の言う、青い鳥は何から何まで、彼女にそっくりだった。
あの頃の彼女も並の剣士ほどの剣術を身に付けていたし、人助けを生きがいにしていた節も見られる。その為、トラブルメーカーなのは当たり前だ。
『………黒龍から聞いた話だが、俺とお前が師事した奴の元で、剣を習ったとも言っていたそうだ』
『………なるほどな』
それだけ聞ければ、十分だ。オレはさっき来た道を戻っていく。
『………報告しに来たんじゃなかったのか?』
『そんな気分やなくなったわ。あの人に会ったら、後で報告しに行くと、言っといてや』
オレはそれだけ言うと、教会を後にする。
あんたは昔から何も変わっていない。
そう、昔から、彼女は不器用な生き方しかできていない。もう八年も経つのだから、もう少し賢い生き方をしてもいいと思う。
だが、それが彼女らしいと言えば、彼女らしい。
だから、オレは願う。彼女らしい生き方ができますように。
そして、オレと会うことがもうありませんように、と。
***
青い鳥弐号との痛い再会を終えた俺達は一度部屋に戻ることにした。
あの後、青い鳥弐号に魔法をかけたところ、嫌がる様子を見せていなかったので、パーティーに連れて行っても、問題はない。ただ、青い鳥弐号が生やした翼で少し宙に浮いていたように見えたのは気のせいだろうか?
魔法を掛けて動じない上、その羽根で空を飛べるのなら、お前ほど凄い奴はいない。なんたって、馬には羽根などないし、羽根を動かす筋肉が発達しているわけがないのだから。実は、お前の前世はペガサスだったのではないかと疑わざるを得ない。もしくは、名前の通り、鳥か。
一方、レイモンドさんは魔法のことを何も分かっていないようで、青い鳥弐号が宙に浮いているところを見て、『魔法はこんなことまでできるのかね?』と興味津々に尋ねてきたが、それは魔法のお陰ではなく、青い鳥弐号の応用力が凄すぎるに他ならない。
「………このドレスは可愛いです。ですが、これも捨てがたいです。どうした方がいいですか?」
青い鳥はドレスを持って、とても悩んでいた。
魔法具泥棒さんはパーティーに紛れ込んでくると言う話なので、必然的に、俺達もパーティーに参加しなければならない。その上、俺達はレイナちゃんにペガサスを見せると言う約束をしている。
その為、俺達も正装をしなければならないのだが、俺達がそう言ったものを持ってきてはいない。それを見越してか、レイモンドさんが俺達の分を用意してくれた。だが、何故か、青い鳥はこのドレッサーから一着選ぶように言われたのだ。中身を見ると、数十着のドレスがあった。
レイモンドさん曰く、奥さんが娘の為にと、可愛いものを買い漁っていたそうだ。とは言え、娘さんはまだ6歳なので、これが着られるまで、十年ほどかかることだろう。着れるくらいの年になった頃にはきれなくなりそうに思うが、それをレイモンドさん達に指摘するほど無粋なことをするつもりはない。
そう言うこともあり、青い鳥は使用人さん達の着せ替え人形になっているわけだが、あいつの目にはドレスの色や形など見えているわけがない。その為、どうやっても可愛くないものまで可愛いと言っている始末である。
このままではとんでもないものを着ることは目に見えている。
「………青い鳥、右手に持っている奴」
「右手に持っているものですか?それが何ですか」
こいつは右手に持っているドレスを上にあげ、首を傾けて、こっちを見る。
「それがお前に一番似合っていると思うぞ」
こいつが持っているドレスは鮮やかな青色のドレス。たまに、こう言ったものを着るべきである。
俺がそう言うと、こいつはきょとんとした様子を見せるが、
「貴方がそう言うなら、私はそれを着ます」
青い鳥はそれを持って、奥の部屋へと入っていく。
「………仲がよろしいのですね」
青い鳥がこの部屋からいなくなると、使用人の一人がそんなことを言ってくる。
「まあ、一応、八年来の付き合いですからね」
俺にとって、あいつは手がかかるけど、可愛い妹であり、信頼できる相棒でもある。あいつはどう思っているかは知らないが。
青い鳥は俺が選んだドレスに決めたようで、しきりに「可愛いですか?」と、ナルシスト丸出しの発言をしてくる。確かに、普段の青い鳥から想像できないほど、綺麗にはなっている。
使用人さん達の腕がいいのか、もともと青い鳥の土台がいいのか、おそらく、その両方だろう。とは言え、正直に言うのは恥ずかしいので、「馬子にも衣装だな」と言ってやる。俺がわざわざ可愛いと言ってやらなくても、他の奴らが言ってくれるだろうから。
その後、レイモンドさんがここに入ってきて、この後の段取りを説明してくれた。あの魔法具はパーティーの中央に飾られる予定らしい。俺達の一人がパーティーの参加者が不審な行動を起こさないか見回り、もう一人が魔法具を守ると言うことになった。
「なら、俺が魔法具を守った方がいいだろう」
俺は魔法使いなので、そう言ったことは適任だろうと思ってそう言うと、
「確かにそうかもしれませんが、貴方はレイナちゃんの為に、ペガサスを連れて来なくてはいけません。その為、一度パーティー会場から出なくてはいけません。その間、どうするつもりですか?」
「お前のいう通りだが、もしかしたら、複数犯かもしれないんだぞ。お前一人では守りきるのは不可能だろう」
今、確認できている人数は帝王のみ。流石に、カニスにそんなことをさせないだろうから、除外できる。だからといって、帝王だけとは限らない。
例え、帝王だけだったとしても、一人でどうにかなる相手ではない。執行者である断罪天使一人相手で、俺たち二人かかりでも正直つらかった。帝王は翡翠の騎士以上の剣士らしいので、青い鳥でも勝てないだろうし、俺は論外。魔法を使う前に斬り捨てられるのがオチだ。
「確かに、貴方の言う通りです。なら、こうしませんか?」
こいつの提案に俺とレイモンドさんは顔を合わせる。
「………流石に、それは無理があるんじゃないか?」
それがばれたら、大変なことになる。
「大丈夫です。ばれない為に、私と貴方がいるのですから」
こいつは自信ありげに言う。
パーティー開始時刻になると、レイナちゃんの誕生日パーティーに呼ばれた親戚達やレイナちゃんの友達と親御さんなどがやってきた。それを眺めていると、有名どころの貴族の姿もある。
一応、宮廷魔法使いの先輩だった紅蓮さんから作法や礼儀を一通りに教わったが、パーティーと言ったものに出る機会は一度もなかった。その為、パーティー内で、ヘマをしないか心配になる。
「………貴方の顔色が優れません。大丈夫ですか?」
青い鳥が心配そうな様子を見せる。
「………お前がとんでもないことをしでかさないか、心配なんだよ」
お前ほど何をしでかすか分からない奴はいないからな、と言い返すと、
「酷いこと言います。私は貴方と違って、礼儀やマナーには自信があります」
「………その自信は何処から来るんだ?」
俺は溜息を吐く。その根拠が何処にある?
「お母さんに、いい男をひっかける為にはテーブルマナーなどの作法は必須だと言っていたので、一通り教わっています」
俺はそれを聞いて、驚きを隠せない。
コンビクトの住人は戦闘技術だけでなく、作法も教わるのか。時々、コンビクトの住人は何をしたいのか、分からなくなる。
「それに、このパーティーはレイナちゃんの誕生日パーティーですから、そこまで作法に厳しいと言うことはないと思います」
こいつは俺の心情を読み取ったかのようなことを言ってくる。全く、こいつには敵わない。
「そうかい。そう言えば、お前は帝王と会ったことがあるんだったよな?顔の特徴とか分かるか?」
おそらく、相手は変身魔法でも掛けてくると思うが、念の為に聞いておいた方がいいだろう。
「………帝王は赤毛赤眼の青年です。独特なしゃべり方をしていました。東方に特有の話し方だって、聞いたことがあります。それに、貴方は本人には会ったことはありませんが、そのそっくりさんには会ったことがあるはずです」
「………帝王のそっくりさん?俺がいつそんな奴と会った?」
そう言えば、東方の訛りを話す男に会ったことがなかったか?そいつは鏡の中の支配者が化けていた姿だったわけだが………。
「………まさか、鏡の中の支配者が化けていた赤毛の男か」
あれは帝王がモデルだったということか。確かに、断罪天使が赤毛の青年は知り合いであると言うことを言っていた。まさか、そいつが帝王だとは思わなかった。
だから、あの時、青い鳥が嫌な顔をしていたのかもしれない。もしかしたら、その所為で、青い鳥が気付いてしまった可能性は否定できない。
鏡の中の支配者にとっては、最大限の嫌がらせだったと思うが……。
「………これは8年前の写真ですが、見ておきますか?」
青い鳥は使用人達に持たされた小さなバックから財布を取り出して、俺に見せる。そこには青い鳥と帝王と思われる赤毛の少年、そして、前には茶髪の少年と金髪の少女が写っていた。
「右前にいるのがトニーで、左前にいるのがカレンです。私の大切な友達です。いつも四人で遊んでいました」
青い鳥はそう言ってくる。彼らはコンビクトでできた再生人形と同じくらい大切な友達なのだろう。今まで、こいつはコンビクトにいた頃の話はしたことがない。
もしかしたら、こいつは追い出される前日に再生人形と会った時にはコンビクトの異常さに気付いていたのかもしれない。それなのに、そこへと友達を置いてきてしまったことに後悔していたのではないだろうか?
その結果、大切な友達である帝王が執行者になってしまった。そのことがこいつの中で重くのしかかっていたのではないだろうか?
「そうか。確かに、写真の中のお前は楽しそうだもんな」
とは言え、写真の中のこいつは無表情だ。昔から、表情を作るのは苦手だったみたいである。
「貴方達も私にとっては大切な人です」
こいつは別の写真を見せる。そこにはいつもながら朗らかに笑っているお袋と、いつもながら派手なアロハシャツとグラサンを掛けている親父、いつもながら元気な弟達、そして、俺と青い鳥がいる。
お袋は青い鳥のことを本当の娘のように接していたし(実は娘が欲しかったからかもしれないが)、親父も青い鳥のことを気にかけてやっているみたいだし、弟達も青い鳥のことを姉のように慕っている。
それに、村の人たちだって、勿論、赤犬さんだって、こいつのことを大切に思っている。お前が助けを求めれば、みんなが助けてくれる。
だから、お前一人で重荷を抱え込んでいる必要はない。それに………。
「お前には俺が付いている。だから、大丈夫だ」
「ありがとうございます。今回もお願いします」
こいつがそう言った瞬間、顔が緩んだように見えた。
「当たり前だ。こんなこと、俺くらいしかやらないからな。俺は少し歩いてくる。そっちも頑張れよ」
俺はそれだけ声を掛けて、パーティー会場を歩く。魔法がかかっている場合は青い鳥が対処してくれるとは参加者の数はやけに多いな。レイモンドさんも娘が可愛いとは言え、呼びすぎではないだろうか?
流石の青い鳥もこんな人数がいては見分けることが出来ないんじゃないのか?周りを見回していると、カニスの姿を見つける。今日は礼服を着ているので、レイモンドさんから支給されたのだろう。彼は美形なので、何を着ても似合う。彼を警備だと思わず、数人の令嬢が囲んでいる。だからこそ、私服警備として選んだのだと思うが、盗っ人が執行者の時点で、彼は役に立たないだろう。手を出すな、と言われているようだから。
そんなことを思っていると、
「………ヒエン、食べすぎじゃありませんか?」
「何や。こんな美味しい食べ物を食べておかないと、二度と食べられへんで?トリィも食べときや」
「確かに、この料理は見たことがないものですけど、はしたないですよ」
俺は“ヒエン”なる言葉に反応して、そっちをみると、赤毛の青年とドレスに身を包んだ金髪の少女がいた。赤毛の青年は鏡の中の支配者が化けていた青年にそっくりである。おそらく、彼が帝王……。
顔がばれていると言うのに、素顔のままで堂々と来るとは流石としかいいようがない。魔法を使えば、青い鳥にばれることを考慮してのことだろうか?
そして、帝王の傍にいる少女は確かに可愛い。このパーティーに来ている令嬢よりも可愛い。だが、悲しいことかな。経験者だから分かってしまう。肌は白いし、華奢だが、違和感を抱いてしまう。カニスは肉つきや胸で分かったようだが、俺はその表情を見ればわかる。
その少女の表情が娼婦館で、鏡を見た俺と同じように引き攣った表情をしている。おそらく、その少女は俺と同じ女装者だ。
「………そう言ってくれると、俺としても助かるよ」
俺がそう言うと、赤毛の青年と茶髪の少女が一斉にこちらを見る。茶髪の少女は俺を見ると、驚いた表情となる。だが、赤毛の青年は俺を見ても、あまり気にしていないようで、
「………この料理はあんたが作ったんか?」
そんなことを訊いてくる。
「正確に言えば、俺のレシピをシェフが作ったみたいなものだけどな。この料理はこの前、俺が作った奴だから、ここのシェフが知るはずはないんだが、知り合いが勝手にレシピを送ったみたいだな」
青い鳥の奴は何に対しても俺に許可を取ることをしない。別に、レシピを教えるくらい痛くも痒くもないが。
「ふーん。有名魔法使いの黒犬さんの趣味が料理だとは思わんかったわ」
彼はそう言って、料理を摘む。どうやら、彼の方に、俺の情報は伝わっているようである。カニスに接触してしまった時点で、このことは予想できた。ということは、帝王は青い鳥がここにいることを知っており、しかも、敵対することが分かっていて、ここにいることになる。それは青い鳥も同様かもしれないが。
「………まあ、魔法と料理は似たようなものだからな。前、俺の師匠が魔法の修行だと評して、俺に昼飯と夕飯を作らせていたからな」
赤犬さんは稽古のある日は決まって、俺に料理を作らせていた。最初の方は赤犬さんに丸め込まれて、料理を作らせていたが、後々、赤犬さんが料理を作るのが面倒で俺に造らせていたことが明らかになった。
だが、赤犬さんの言っていることはあながち間違いではなく、魔法使いのほとんどの人は料理が得意と言うことも分かっている。赤犬さんは面倒臭がっていたが、料理を作らせれば、それなりのものを作っているし、鏡の中の支配者に至っては絶品だそうだ。もしかしたら、最強の魔法使いである黒龍さんの料理の腕前は達人級かもしれない。
とは言え、残念ながら、料理人は魔法を使えるかと言うと、そう言うわけではないし、魔法使いでも料理が下手な人もいる。単に、魔法使いには料理が上手い人の割合が多いだけかもしれない。
「そうなんや。いいこと聞いたな。トリィ、料理を作れば、魔法が上手くなるみたいやで?これから、毎日、オレの為に愛の手料理を……」
「………何を言っているんですか?せっかく作ったって、忙しくて、食べようとしないのは何処の誰ですか?」
茶髪の少女は帝王の冗談を素っ気なく返す。
「俺の料理がそこまで気に入ったのなら、後でレシピを送ってもいいけどな。まあ、俺から一つ言えることは……」
俺は茶髪の少女を見て、
「鏡を見て、自然な表情が出来るよう練習した方がいい。俺が自然な笑みが浮かべられようになるまでに一週間かかったが」
そう言うと、茶髪の少女の表情は凍る。一方、それを聞いていた帝王は、
「一瞬でばれてしもうたな。とは言っても、普通じゃ、ばれへんとおもっていたんやけど……。確か、あんたも女装経験者やったか?」
面白そうにそんなことを言ってくる。
「………あんた達の良く知る人物のお陰で、そんなことをされたわけだがな」
まあ、正確に言えば、青い鳥と鏡の中の支配者のお陰で、大勢の人に俺の女装姿をさらすことになったわけだが。
「まあ、十中八九、彼女の仕業やと思っていたけどな。まあ、噂によると、かなりの美少女やったみたいやけど?」
「………やめてくれ。それは俺の人生最大の汚点だ。……そう言えば、俺が働いたところで、あんたにそっくりな人を見たな。その人、俺の身体をジロジロ見て、二人っきりになったところで、ベッドにつれこまれ………」
「……あの変態、消したる」
帝王は低い声でそう呟いていた。これは少し過剰に言い過ぎたかもしれないが、嘘は言ってないと思う。
「まあ、これ以上遠まわしに話しても、埒が明かんな。彼女は元気か?」
帝王は化かし合いに飽きてしまったようで、そんなことを言ってくる。おそらく、彼は騙し合いや謀略と言ったものがあまり好きではないだろう。そう言う意味では実力で相手のことを押し曲げる黒龍さんと似たところがある。
「まあ、元気すぎて、困ったものだがな。いつも、人に幸せを呼び込むために飛び回ってるよ」
「………そうかい。思っていた通りや。彼女はいつまで経っても、彼女のままやな」
帝王は昔のことを思い出しているのか、そんなことを言ってくる。
「で、あんた達のお仕事はいつ始めるつもりだ?」
「魔法使いはくどくど言うのがお好きかと思ったんやけど、まさか直球で来るとは思わんかったわ。まあ、あんたが何か催しものをするみたいやないか。それを堪能してから、動こうとは思っているんやけど……」
とは言え、オレは気分屋やから変わるかもしれへんけどな、と彼は言ってくる。
「………そうかい。レイナちゃんが楽しみにしているみたいだから、そこを邪魔さえしてくれなければ、俺としては嬉しいけどな」
「主役が楽しみにしているんやったら、そこは大人しくしていた方がええやな。上からは早くことを起こせなんて言われてへんし」
帝王は呑気なことを言ってくる。その余裕は自分の実力に自信があるからなのだろうか?
「と言うことで、あんたがレイナちゃんと言う子や……、彼女に怪我して欲しくなかったら、その催しが終わったら、このパーティー会場からいなくなることをお勧めするわ」
「………やっぱり、あんた達までは騙せなかったようだな」
「こっちには魔法使いがおるんやで?ばれないわけがあらへんやろ?」
帝王はそう言って、茶髪の少女を見る。やはり、彼女、いや彼はそれなりに実力のある魔法使いのようである。
「まあ、あんたに言われなくても、そう言うつもりだったけどな。と言っても、あいつの場合、何も言わなくても付いてきそうな気がするけどな」
「そこんとこは大丈夫や。彼女対策は万全にしてあるわ」
どうやら、彼はあいつとやりあうつもりはないらしい。まあ、あいつは彼と会う気満々なので、そんなものがあっても、すり抜けて飛んできそうだが。
「そうかい。俺はそろそろ準備の為に行くけど、青い鳥に言うことはあるか?」
俺がそう尋ねると、
「オレと彼女はもう交わることはないから、未練はとっくに捨てたわけやけど……」
彼はそう言って、オレを見て、
「ドレス姿意外と様になってる、とでも言っておいてもらおうかいな」
彼はそれだけ言うと、その場から去った。
もう青い鳥の想いは彼に届かないのだろうか?
そんなことを思いながら、彼の後姿を見送った。