Ⅴ
彼女がオレ達の前から姿を消して数か月がたった後、オレ達はとある工場へと連れて行かれた。
そこは生き地獄と言う言葉がふさわしい場所だった。“人形工場”と名ばかりで、そこは殺人兵器を作る工場と言った方がいい。
オレ達は毎日、拷問と思うほどの訓練をこなしていた。トニーは一日の訓練が終わると、彼女の名前を呼んで、泣いていた。その気持ちは分かる。オレもトニー達がいなければ、泣きたかったくらいだ。だが、トニー達がいる手前、オレは泣き言を言うわけにはいかなかった。
オレ達が人形工場に連れてこられて一か月が経ったある日、俺達と一緒に連れてこられた奴らのほとんどが訓練中に死に絶え、残っている連中は指で数えるくらいだった。
トニーやカレンはまだ生きていたが、限界が来ているのも事実である。このままではいつ、トニーやカレンが死んでもおかしくなかった。
トニーやカレンを守る責任がオレにはある。オレはその時、ここを脱獄することを決意した。それからは人形工場の構造や警備の時間帯を調べて、脱獄に備えていた。
そして、準備が整い、脱獄の為、トニーとカレンを起こし、警備の監視を潜り抜け、人形工場から脱走することに成功した。
そこまでは良かった。俺達が外に出た後、一人の人影があった。
『………子供に出し抜かれるとは警備の方も困ったものですね』
銀髪の青年は苦笑いを浮かべている。トニーは彼を見た瞬間、オレの袖をつかみ、震えていた。カレンもその場で硬直させてしまったようである。
『………あんたは誰や?』
オレは剣を抜いて、対峙する。カレンやトニーがそこまで震えているということは相手が凄腕の魔法使いだと言うことは分かる。だが、このまま引き下がるわけにはいかなかった。最悪の場合、オレを囮にして、トニー達を逃すつもりでいた。
『お兄さんとしては年上の利き方はちゃんとした方がいいと思いますが?』
『狂った住人に対して、口の利き方をちゃんとしたって、理解されないんちゃう?』
『言いますね。確かに、ここで口の利き方など知ったって、あまり意味をなさないかもしれませんね。なんたって、強い人が生き残るのですから』
彼がそう言った瞬間、彼はその場から姿を消し、オレの真正面に現れ、蹴りを喰らわせようとしていた。オレはとっさに剣でガードする。
『トニー、カレン。はよ、逃げるんや』
この男とまともに戦って、勝てるような類ではない。その前に、オレ達三人、この男に殺される可能性だってある。
『………でも。 を置いていけない』
トニーはそう言うが、
『トニー、私達がいても、足手まといになるだけよ』
カレンはそう言って、トニーの手を取って、走っていく。
『………お兄さんとしては、あまり面倒なことはしたくないのですが、仕方ありませんね』
この男はそう言うと、視界が歪む。幻術魔法の類かと思っていると、
『あああああ』
『きゃああ』
悲鳴が聞こえてきた。俺は無意識にそっちをトニー達の身体に蛇が巻きついており、その蛇たちはトニー達を締め付けていた。
『………この子たちは貴重な魔法使いですから、殺したくはないのですが、掟に背いたのですから、申し訳ありませんが、その罰を、死を持って償って貰いましょうか』
『やめろ!!』
オレはトニー達の元へ行こうとするが、オレの足にも蛇が巻きついており、身動きが出来なかった。
『………君はそこで見ていなさい。君が起こした軽率な行動がこうなったことを、お友達の死を持って後悔して下さい。と言っても、君も彼らの後を追うことになるのですが………』
この男はそう言ってくる。
どうして、オレ達がこんな目に遭わなければならない?オレ達はこんな目に遭わなければならないことなど何もしていない。
オレが脱走を考え付かなければ良かった?だが、早かれ、遅かれ、オレ達は殺されていただろう。なら、オレ達は大人しく死ねと言いたいのか?
脳裏に彼女の姿が過る。いつかまた会える。彼女の言葉を信じて、オレ達は生きてきた。彼女と四人でまた笑いあう為に………。だから、まだ、オレ達は死ぬわけにもいかない。
『こんな所で、死んでたまるか!!』
彼女ともう一度会うまでは死ぬわけにはいかない。オレの気持ちに応えたのか、オレの足に巻きついていた蛇達は姿を消す。それを見た男は驚いた表情を浮かべていた。その瞬間、地面から鎖が現れ、その男に巻きついていく。
『………形勢逆転みたいやな』
『そのようですね。まさか、お兄さんが君みたいな子供に負けることになるとは思いませんでしたが………』
男は苦笑いを浮かべ、
『君の負けでもあるみたいでもあるようですよ』
意味深なことを言ってきた瞬間、後ろからオレの手が掴まれる。後を振り向いて見てみると、視界に入ってきた人物にオレは驚きを隠せなかった。
『自由になりたいのなら、こいつを殺すのはやめておけ。例え、こいつを殺して、この場から逃げられても、教会からの刺客からは逃げられるわけがねえからな』
この男はオレ達に剣士ごっこに付き合ってくれたおっちゃんだった。何で、この男がここにいるのか、理解できなかった。
『………貴方が助けてくれるとは思いはしませんでした。お兄さんもまだ天に見放されてなかったと言うことでしょうか?』
『………さあな。もしかしたら、天に召されていた方が幸せだったかもしれねえけどな』
この男はつまらなそうに言ってくる。
『まあ、お前にはこの餓鬼の能力を引き出してくれたんだからな。こっちこそ、感謝しなくてはいけねえかもしれねえな。これで、俺のものにできるわけだからな』
猛禽類を連想させるような笑みを浮かべるこの男を見て、オレは恐怖心が芽生えてしまった。
この時、オレは全てを悟った。オレ達がどうあがいても、この地獄から出ることが出来ないことを………。
そして、もう彼女に会うことが出来ないことを……。
***
「………」
「………」
翌日、青い鳥の愛馬・青い鳥弐号がいる小屋にやってきたわけだが、何故か、青い鳥弐号の家は俺達の知る馬小屋より立派な気がするのは気のせいだろうか?俺の記憶が正しければ、レイモンドさんの馬達と一緒の小屋にいたと思ったが。
「………青い鳥弐号の家が私の知らない間に、立派な家にリフォームされています」
青い鳥がそう呟いてくるが、正確に言えば、青い鳥弐号の為に、新たに家が建てられていると言った方がいいだろう。
他の馬達が住む小屋は東の方に見えるし、この小屋には“あおいとりにごうのこや”と拙い字で書かれてある表札がある。おそらく、レイナちゃんが書いたのだろう。
「………レイモンドさん、これはどう言うことなんですか?」
俺は横にいるレイモンドさんを見ると、
「………青い鳥弐号はここでは英雄だからね。私達の感謝の気持ちとして、この家を建てたわけだが、その当本人は日中、フラフラと散歩へ行ってしまうから、あまり意味がないかもしれないがね」
レイモンドさんはそんなことを言ってくる。
「………青い鳥弐号が英雄ですか?」
馬は賢い生き物だが、果たして、英雄と言われるほどのことができるだろうか?
「ああ。君達は半年ほど前に、ここが戦場になったことを知っていると思うが、その所為で、この土地のほとんどが燃やされてしまったわけだ。今は復興しているが、私の敷地もほとんどが焼かれてしまった」
彼はそう言って、苦笑いを浮かべる。俺はそう言われて、周りを見回すと、確かに、ここら辺は森がたくさんの生い茂っていたのに、木々はほとんどないし、離れに見える家も跡方もなくなっている。
復旧しているとは言え、今まで通りとはいかないようである。
「隣国から少しばかり補助してくれているおかげで、復旧が進んでいるよ」
レイモンドさんからその話を聞いて、少しばかり驚く。自国でもない、しかも、自ら戦争をふっかけてきた敵国に対して、そこまで良くしてくれるものだろうか?
もしかしたら、こちらには敵意はなく、戦争をしたのだって、不可抗力だ、と言うことをアピールする為、だったのかもしれない。もう一度、隣国と戦争をすることになったら、国民が不審がるように仕向けて、王の信頼を失墜させようとしていたのかもしれない。
もし先代が暗殺されることはなかったら、また隣国に戦争をふっかけていただろうし、その時は間違いなく、隣国に補助してもらった土地の人達が反旗を翻していただろう。王の後ろに最強の魔法使いである黒龍さんがいようと、いまいと、王は失墜されていただろう。最悪の場合、国の崩壊だ。
だが、教会側が秘密裏に動いてくれたお陰で、その最悪の展開は免れたのは言うまでもない。まあ、再生人形の投入も、王暗殺の為にされたものだと言うのに、俺達がそれを邪魔したわけだが………。
教会、そして、執行者。俺達は彼らと浅からぬ縁があるわけだが、どうして、彼らは何の目的で、この国を守ろうとしているのか分かっていない。
おそらく、俺達、一般人が一生知ることはないのだろうと思うが。
「話を戻すと、青い鳥弐号がどうして英雄扱いされているかだったね。ここ一帯が火の海となって、避難が強いられてね。最低限の荷物を持って、安全なところへと移動していたのだよ。動けないけが人や老人達は私達の馬に乗せて、敵に見つからないように山の中を移動していたら、土砂崩れを起こしてね。運悪く、数人の子供たちが取り残されてしまったのだよ。その時、青い鳥弐号が飛び出して、その子供たちを救出してくれたのだよ。その時、足に軽い怪我を負ってしまったのだがね。今は飛び跳ねるくらい元気になっているよ」
青い鳥弐号がいてくれて、本当に助かったよ、とレイモンドさんは言ってくる。
まさか、青い鳥弐号にも青い鳥の助け癖が付いているとは思わなかった。そう言えば、青い鳥が馬を貰う際、青い鳥弐号を見て、「この子はいい目をしています」と言っていた。
そう考えると、こいつは人を見る目があるのかもしれない。あいつは弟達ちびっ子達に、「友達になる前に、目を見ます。いい人は目が澄んでいます」なんて言っていたような気がする。青い鳥曰く、目が綺麗な人に悪い人はいないそうだ。
そう言えば、恋人になったメアリーを青い鳥に紹介した時、青い鳥はメアリーの目を見ていた。確かその後からだっただろうか。青い鳥はメアリーに心ない言葉を言い始めたのは………。
実は、メアリーが俺と付き合ったのは俺自身ではなく、俺が持つ何かを目的にしていたと言うことか。しかも、俺に付き合おうと言ったのは魔法協会のライセンスをとった頃だった。
魔法協会のライセンスは一握りの魔法使いしか持っていない。その為、魔法協会のライセンスを持っていれば、どんな職種も優遇される。
ライセンス持ちの魔法使いとすれば、有望株なのかもしれない。もしかして、メアリーは………。
そう思った瞬間、俺は首を振る。もしそうだとしても、今、考えることではないだろう。
「流石、青い鳥弐号です」
青い鳥は満足そうな様子を見せる。そんな時、遠くから、ヒヒーンという鳴き声が聞こえてくる。
「………おや、青い鳥弐号は散歩中だったみたいだね」
レイモンドさんはそんなことを言っていたので、その方向を見てみると、白い毛のふさふさとした馬がゆったりと歩いていた。小屋から抜け出して、自分勝手に散歩しているところも、青い鳥にそっくりである。
「………確かに、あの馬だったら、魔法を掛けても、気にしないかもしれないな」
あの馬が青い鳥そっくりと言っても、流石に、青い鳥の体質まで似ていると言うことはないと思うので、おそらく成功するだろう。
一方、青い鳥弐号はこちらに気づいたらしく、こちらに向かって走ってくる。主と約2年ぶりの再会だ。嬉しくて、堪らないのだろう。そんなことを思っていると、何故か、青い鳥弐号の視線が主人である青い鳥ではなく、俺に向いているような気がするのは気のせいだろうか?残り5メートル、4,3,2メートル、と近づいても、俺の方を向いている。
まさか、青い鳥弐号は俺にタックルするつもりか?そんなことされたら、俺が無事で済まない。
だが、この至近距離になっては、俺にはどうすることもできない。
ヒヒーン、青い鳥弐号は鳴き声と共に、バシッと俺にタックルを決める。青い鳥弐号の全身全霊のタックルを受けた俺は宙に舞う。
この状態では地面に叩きつけられることは逃れることはできない。せめて、最小限の痛みで回避するべきだ。俺は受け身をとって、地面に叩きつけられる。痛みが全身に広がるが、地面が芝生だったことと、上手く受け身を取れたお陰で、思っていたよりは痛みはない。
ここで、赤犬さんとの地獄の組み手が生かされることになるとは思わなかった。
赤犬さん曰く、精神は勿論、ある程度体を鍛えることも、魔法使いにとっては必要なことらしい。その為、赤犬さんに組み手をさせられたわけだが、俺は素人に毛が生えた程度しか上達せず、しかも、赤犬さんにやられっぱなしと言うあまり格好つかない。
そのお陰で、受け身だけは上手くなったわけだが、実際の戦いで受け身を使ったことなどほとんどなく、こう言った場面でしか発揮されない。
俺は体術より、剣術の方が興味あったのだが、「魔法使いは剣など持っていても、危なっかしいだけだ。そんなに剣を持ちたいのなら、せめて、青い鳥レベルの体術を身に付けてからだ」と一蹴されたことは言うまでもない。
その為、魔法と剣を器用に扱う断罪天使に嫉妬しているのは俺だけの秘密である。
俺が仰向けになっていると、青い鳥弐号が近づいてきて、俺の顔を舐めてくる。
「………青い鳥弐号、貴女はどうして私ではなく、彼にタックルするのですか?もしかして、貴女も彼が好きなのですか?」
青い鳥はそんなとんち狂ったことを言ってくるし、レイモンドさんに至っては、苦笑いしている。
青い鳥弐号よ、主人は俺ではなく、あっちだろうが………。
そう言っても、青い鳥弐号はあいつのことなど見向きもせず、俺を舐めていたのは言うまでもない。
久しぶりに更新しました。忙しくて、不定期になりそうですが、できるだけ早く更新したいと思います。