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「………」

 こいつは真剣な眼差しで雑誌を見ている。この雑誌は魔法協会が出しているものらしい。

 こいつの話によると、“黒犬”と言う魔法使いの記事を楽しみにしているらしい。その為、彼や断罪天使エクソシア達から話を聞く前から、“黒犬”のことは知っていた。だが、こいつにはまだ黒犬の近くに“彼女”がいるかもしれないことを教えていない。そのことを教えたら、こいつは複雑な想いを抱くことになるのは予想できたから。

 こいつは黒犬が最年少記録を残したと言う魔法協会のライセンスを取得したかったのかもしれないが、裏の人間であるオレ達が取れるものではない。あの変態は一応持っていたらしいが、執行者になってからはライセンスの更新をしていないらしく、無効になってしまったらしい。その前に、あの変態は死んだことになっているので、表に出てくるわけにはいかなかったのかもしれないが。

 そんなことを思いながら、炎のような波たった形をした刃を持つ剣に視線を移す。この剣の美しさは何回見ても飽きない。俺はこれを作った人物には会ったことはないが、おそらく腕の立つ鍛冶屋によって造られたものであることは分かる。

 この剣は“キュリオテテス”の称号と共に、あの男から受け継いだものである。あの男のことを二度と思いだしたくなかったので、捨てようと思ったが、この剣の美しさを見ていると、そんな気が起きなくなってしまった。その為、俺の相棒として使わせて貰っている。

 あの男に師事した弟弟子達、つまり、国随一と言われる仮面男と彼女のことだが、彼女達はあの男に剣を送られたわけだが、オレには何も送られていない。もしかしたら、あの男はこの剣を送ろうとしていたのではないかという疑念が生まれるが、それが正しいなら、あの男はオレに殺されることを望んでいたことになるし、オレがここにいることもあの男の台本通りであると認めてしまうことになる。そう考えると、癪である。

 俺は剣から視線を逸らし、部屋に設置した魔方陣に目をやる。風精周辺の様子を映し出している。風精と行動しても良かったが、古代文明の魔法具回収の準備もあるし、何より、ここは風精の友人の知り合いの屋敷である。屋敷の主人に、オレらの仕業だと知らせるつもりはないが、万が一、風精とオレらの関係が知られるのは不味い。そんなわけで、彼から、この魔方陣を描いてもらった。あとはマナを込めるだけなので、魔法が苦手なオレでも簡単に扱うことができる。

 野郎の行動を見ていても、何の面白みもないが、それで、監視を疎かにして、トラブルが起きても困る。特に、風精は生活力皆無の非常識かつ箱入り息子である。この前、友人宅までついて行った断罪天使エクソシアによると、目を離したら、プチ迷子になったのは数回で収まる話ではないらしい。しかも、よく絡まれるらしい。ほっといても、どうにかなりそうと思うが、万が一のことがあっても困るので、その度に、仲介に入っていたらしい。

 最近、断罪天使エクソシアは胃腸薬が手放せなくなっているらしい。風精の所為であるのは明らかだが、それ以外にも要因があるらしい。オレにしてはどうでもいい話である。

 そんなことを思っていると、風精の近くに、二人の人影が見える。アルバイトの関係上、同じく警備をしている傭兵や、雇い主らしい裕福な男、そして、雇い主の娘らしき少女といることがある。特に、雇い主の娘は風精を気に入っているらしく、姿を見かけることが多い。風精の近くにいるのは2人組の少年少女である。

「………え?」

 そんな馬鹿な。何で、彼女がいる?見間違いかと思って、目をこするが、その少女は消えない。青髪青眼に、中性的な容姿を持つ少女。8年前、一緒にいた彼女の面影がある。何よりも、あの男が彼女に贈った細剣がその少女の腰にかかっている。それが、あの少女と彼女が同一人物だと言っている。彼女の姿を見ることができたのは嬉しいが、素直に喜べない。

 青い鳥という単語が聞こえてきたので、恐らく、その少女の近くにいる黒髪黒眼の男が黒犬なのだろう。まさか、彼女らがここにいるとは思わなかった。どうやら、あの屋敷の主人に雇われたようである。屋敷の主人と彼女がどうやって知り合いになったかは分からない。まだ、彼女らにばれていないのが、救いか、と思ったが、風精が俺の名前を出したことで、こちらの目的がばれてしまった。何てことをするんだ、と思ったが、風精はそういった訓練を受けてないし、こちらの邪魔をするな、と言っただけで、潜入捜査を頼んだわけでもない。彼に当たるのはお門違いだろう。それに、風精がボロを出さなくても、彼女にはばれていたようだ。

 もし風精の友達が彼女だとしたら、彼女がこの状況を作り出して、オレを誘き出したとも考える。流石に、執行者のスケジュールを知ることはできないはずなので、偶然だと思いたいが、あの頃から何でもできて、知っていた彼女を考えると、どうにかできてしまうようにも思える。

 いや、今の論点はそこではない。あちらにオレらの目的がばれた時点で、彼女らと争うことは避けられない。それは明日、オレは彼女に再会することを意味する。

 その日を待ち望んでいたが、その一方で、その日が来ないことを願っていた。俺と彼女が交わることがあれば、おそらく、敵対することは分かっていたから。

 どうして、あんたはオレに会おうとする?オレはあんたの隣にいる資格はもうないと言うのに………。

 そんな時、黒犬らしい男の声が耳にはいる。

『………と言うことだから、帝王に会ったら、青い鳥はどんな手を使っても逢おうとするから、覚悟しておけとでも言っておいてくれ。まあ、伝えなくても、聞こえているだろうが』

 どうやら、彼女は引いてくれる気はないようである。こちらも覚悟を決めないとダメらしい。

「………帝王、何かあったのですか?」

 こいつは恐る恐る尋ねてくる。こいつに心配されるとはオレは上司失格かもしれない。

「心配させて、すまんな」

 オレはこいつの頭を撫でる。オレは何があろうと、動揺してはならない。オレにはこいつを守る義務がある。だから、例え、彼女がオレの前に立ちふさがっても、立ち止まることはできない。

 それが守ることのできなかったあいつに対しての償いだから………。

「………   、準備しておけ。黒犬と青い鳥が邪魔してくるそうだ」

 オレがそう言うと、彼は驚いた表情を浮かべる。それはそうだろう。憧れていた魔法使いと、明日、戦うなんて、急に言われても、気持ちの整理がつかないだろう、そう思っていると、

「………それなら、   があの屋敷にいるって言うこと?」

 こいつはそんなことを言ってくる。どうして、こいつがそのことを知っているのかは分からない。偶然、オレ達の話を聞いてしまったのかもしれない。

「………そうなるな。嫌なら、ここに残っても……」

「大丈夫。僕も一緒に背負うから」

 こいつはそう言って、無理して笑ってくる。それを見ると、申し訳ない気持ちに駆られる。

 なあ、あんたはどうして、俺達の前に現れようとしているんだ?


***

 あの後、レイモンドさんが例の魔法具を見せてくれた。その魔法具は儀式用の装飾された剣で、俺の愛用する大剣と大きさは同じくらいである。それを見た後、青い鳥は「他の魔法具も見てみたいです」なんて言うものだから、レイモンドさんの自慢話が夕方にかかるまで及ぶことになってしまった。

 あいつはレイモンドさんの自慢話を聞きながら、魔法具を触ったり、見たりして、魔法具がどんな目的で作られたのかを自分勝手な解釈をしていた。

 青い鳥は魔法を少し齧っているので、合っている部分もあったのだが、ほとんどが間違ったことを言っているのは言うまでもない。とは言え、その度、レイモンドさんは喜々として直していたが………。

 もしかしたら、青い鳥はレイモンドさんの為に、わざと間違えていたのではないかと、思うが、それは考え過ぎかもしれない。

 思いのほか、美術館で時間をとってしまったので、青い鳥弐号のところへ行くのは明日にすることにした。

 レイモンドさんが俺達の為に晩餐会を催してくれたのだが、テーブルに並んだものは何故か見覚えのある料理ばかりだった。

 無理もないどれも俺が考案した料理なのだから………。

 2,3年前、俺達がここに来た時、青い鳥が「タダで泊めてもらうのは申し訳ないです。私達が料理を作ります」などと、一流シェフを抱えているレイモンドさんに言ったのだ。案の定、レイモンドさんはその申し出に驚き、大丈夫なのかと言った表情を浮かべていた。

 それに対し、青い鳥は「私達の故郷の味を御馳走します」と何処から来ているのか分からないが、自信満々に言ってきたので、レイモンドさんが許可してくれた。その為、俺と青い鳥で作ったわけだが、意外に好評で、レイモンドさんにその料理のレシピを教えてくれるように頼まれたことがあった。

 とは言え、この料理達は俺達に伝わる郷土料理ではなく、似通った料理しか作らないお袋に対して、不満を口にする弟達の為に作ったいわゆる創作料理である。その為か、弟達はお袋の手料理より、俺が作った料理を楽しみにしているというお袋の料理のレパートリーの少なさが浮き彫りになってしまったわけである。その所為で、俺が家にいる時は料理当番にさせられている。

 それを正直に打ち明けると、今度は、ここで働かないか、というお声がかかったわけだが、その頃の俺がそういったことを勝手に決めるわけにもいかないし、まだ将来のことを考えられなかったので、丁寧にお断りすることにした。

 まあ、俺の創作料理を知りたいというのなら、別に隠すこともないので、俺のレパートリーを全て教えたわけだが、テーブルにはここ2,3年間、思いついた料理もある。おそらく、青い鳥がレイモンドさんと文通していたらしいので、定期的に教えたのかもしれない。

 ちなみに、城の食堂にも、俺の創作料理達が伝わっており、いわゆる裏メニューとして、“青い鳥と黒犬のなんちゃってボックス”があるらしい。どんな料理になっているのか不明ではあるが、話によると、意外に人気メニューらしい。

 この晩餐会には俺達以外にも招待された人達がおり、興味津津に俺達を見て、「今どんな仕事をしているのか」、「どんな所に住んでいるのか」、から、「君達は付き合っているのか?」、「付き合っていないのなら、私に娘、もしくは、息子がいるのだが、一度会ってみないか?」などの質問攻めにあった。

 何とか、当たり障りのない答えを返して来たのだが、付き合っているのかと言う問いに、青い鳥さんは悪びれた様子もなく、「将来、一緒になろうと誓い合った仲です」などと仰ったので、「こんなところで面白い冗談をよして下さい、青い鳥さん。みなさんが誤解するじゃないか?」と、引き攣った笑顔で、足を思いっきり踏んでやったのは言うまでもない。

 こいつはいつまで、自称・俺の婚約者を名乗るつもりだ。まったく。


 その後、俺達は部屋に戻ったわけだが、俺達には個室を用意されたのにも関わらず、あいつは俺の部屋にやってきて、ソファーで寝ようとしていた。

「………お前の部屋があるだろう。そっちで寝ろ」

 俺はそう言って、ソファーから引き剥がそうとするが、

「私はこのソファーを気にいりました。ここで寝ます」

 と、こいつはそう言って、頑として離れようとしない。

「お前の部屋にもソファーがあるだろうが。それに、ちゃんとベッドがあるんだから、そっちで寝ろ」

「………貴方は酷い人です。女の子一人、広い部屋で寝て、襲われたらどうするんですか?」

「お前なら、そんな奴がいたって、一人で撃退できるだろ。それに、流石に、寝込みを襲うド変態、そうはいないだろ」

「………」

 俺がそう言うと、こいつは意味深な視線を向ける。

「………私がコンビクトにいた頃の話です。私が友達と剣士ごっこをしていた時、旅人が剣の扱い方を教えてくれました、と前に話しました」

「そんな話、前に聞いたな」

 武道大会の決勝戦前に、そんな話をしていた。いつか、そのおじさんと再会した時、今までの成果を見せたい、と。

「その旅人は村に寄る度に、指導してくれました。その時は子供が好きなおじさんとしか認識していませんでした」

 確かに、ここまで聞けば、人の良い旅人としか思えないな。

「彼の悪癖を知ったのは、ある日のことです。私の友達の一人に、飲み込みが早い子がいました。その子は彼が出した課題を難なくこなしました。その時、彼はその子に対して、キスをしました」

「………は?」

 こいつはさっき何て言った?

「ちなみに、その子の性別は男ですし、彼も男です」

「なおさら、性質が悪いわ。その人、ぶっ飛びすぎだろ!!同性主義者とか何かか?」

「彼曰く、強い奴が大好きだそうです。その為、男でも、女でも構わないそうです。話によると、彼には想い人がいるそうで、その人が夢に出てくるほど愛おしいそうです」

 その想い人が女であることを切に祈りたい。十中八九、男だと思うが。

「そんなわけで、私は彼をキスと子どもが大好きなおじさんと言う認識に変わりました」

「その認識も少しずれていると思うぞ?そう言う人間は変態というカテゴリーになると思うが」

 その時点で、軍に通報できるレベルだ。

「今思うと、その通りです。私は少し警戒するべきだったのかもしれません。まさか、あんな目に遭うとは思いませんでした」

 こいつは窓の外を遠い目で見つめていた

「ある日、私は運良く、彼に一撃喰らわすことに成功しました。そう言った時には、彼はご褒美と称して、キスしようとします。ですが、その日はキスをしようとしませんでした。その時、私はおかしいな、とは思いましたが、そう言う日もあると思い、家に帰りました」

「その時のお前はキスが許容範囲になってしまったんだな」

「その日の夜、私はベッドに寝ました。一応、言っておきますが、その頃の私はベッドで寝ていました。その夜、風がスースーと入ってきたので、目が覚めました。その時、視界に入ってきた光景は予想もつかないものでした」

 こいつが予想のつかない光景とはどんなものだったのだろうか?不意にそんなことを思っていると、

「私の目の前には彼がいました」

「………は?」

「その上、私の上に覆い被さるように彼がいました。彼の恰好は………割愛させていただきます」

「………ちょっと待て。その男はどんな格好でいたんだ?と言うか、不法侵入じゃないか、それ?」

 俺の予想が当たっているなら、その男は変態と言うより、精神異常者にカテゴリーされないか?

「私は言いました。『どうして、貴方がそんな恰好でいるのですか』と。すると、彼は言いました。『昼間のご褒美をしにきた』と。『ご褒美の内容は何ですか?』と尋ねました。すると、彼はこう言いました。『今日は抱きに来た』と」

「ぎゃあああああ」

 こいつの告白を聞いて、思わず叫んでしまった。身体中鳥肌が立つ。こいつがコンビクトにいた頃と言う話なので、おそらく8歳くらいの頃の話だろう。そんなまだ幼い少女に、『抱いてやる』なんて言う大人がいるのだろうか?その男は指名手配級の性犯罪者ではないだろうか?

「その時、私は頭が真っ白になりました。ここまでパニックを起こしたのは生まれて初めてかもしれません。前、お母さんが男に言い寄られたら、股間を蹴り飛ばせ、と言われていましたので、蹴り飛ばして、その場から逃げました。その後、お父さんとお母さんに助けを求め、教会に連行されて行きました」

 それは当たり前だろう。俺がこいつの立場だったら、同じことをする。

「もう、彼は私の前に現れないと安心していたのですが、数日後、私達の前に現れました」

「ちょっと待て。その男は教会に連行されたんだろ?どうやって、脱獄したんだ………」

 そう言った途端、俺は翡翠の騎士達の言葉を思い出す。


『確かに、彼はいわゆるキス魔で、気に入った奴なら、男でも躊躇わずにしてしまう、自他共認めるド変態だ。しかも、男を抱いたこともあるらしい』


 翡翠の騎士が師事したという人物とこいつが言う旅人のおじさんの特徴が似通っていないか?

「………おい、青い鳥。その男って、実は………」

「貴方の想像通りです。翡翠の騎士と帝王が師事した人物。私は彼の本当の実力を見たことがないので、何とも言えませんが、執行者が誇るトップクラスの剣士だった帝王の先代です」

 こいつはさらっと言ってくる。

 帝王の先代というのは“殺戮王”と名乗っていた帝王の上司と言う話だ。彼らの話が本当なら、彼は帝王に殺されたそうだが………。

「………今さらだが、俺達はとんでもないことに突っ込もうとしていないか?俺達が思っている以上に、帝王の抱えている問題は重いかもしれないぞ」

 どうして、帝王が殺戮王を殺したのかは分からない。もしかしたら、青い鳥が知っている彼ではない可能性だってある。

「………そうかもしれませんが、私は確かめなければならないことがあります」

 こいつは真剣な眼差しで見てくる。

「………なら、一つ聞かせてくれ」

 俺はこいつのそういった眼差しに弱い。こいつが一生懸命にやろうとしていることを止めることなど出来ないから………。

 だから、俺は知りたい。

「お前と帝王は一体どう言う関係なんだ?」

 お前にとって、帝王はそこまでして、助ける必要性があるのか、と。

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