Ⅲ
『明日、私は村を出ていきます』
彼女がそう言った時、聞き間違いをしたのかと思った。
『………どうしてや?』
まだ、村を出ていかないと言っていたのに、しかも、明日なんて急過ぎる。
『家庭の事情、と言う奴らしいです。私も詳しく知りませんが、どうやら、私はここにいてはいけない人間らしいです』
彼女はそんなことを言ってくる。
『 、嫌だよ。行かないで』
トニーは彼女にしがみついて、そう叫んでくる。
『私もトニー達と一緒にいたいのですが、こればかりはどうにもなりません。ごめんなさい』
彼女は泣きじゃくるトニーの頭を撫でると、オレの方を見て、
『私から約束を持ちだしたのに、私から約束を破って、すみません』
『………そう思うんやったら、行くんやない。トニーやカレンやオレもあんたが必要や』
オレ達はいつまでも一緒にいようと約束したやないか、とオレはそう怒鳴った。我ながら、とても心を乱していたと思う。それほど、オレ達には衝撃的なことだった。
どんなことがあっても、彼女だけは一緒にいてくれると信じていたから………。
『………本当にごめんなさい。今は離れ離れになってしまいますが、いつか、きっと私達は再会することができます。その時、一緒に世界を見て回ります』
また会えます、あの時のオレはその言葉を信じて、彼女を見送った。それが正しい判断だったのか、間違った判断だったのか、今でも分からない。
だが、オレは何よりも彼女の幸せを願っている。
***
俺達はレイモンドさんと別れた後、カニスの案内の元で、別館へと向かっているわけだが、俺達の間には沈黙が走る。俺達の村ならまだしも、まさか、教会とは全く関係のないレイモンドさんの屋敷で再会するとは思わなかった。
そもそも、ここに、カニスがいる理由が分からない。別に、レイモンドさんがカニスの知り合いでも、遠い親戚でもないだろう。もしカニスが執行者だったら、魔法具の回収と考えられるが、流石に、教会も神子様にそんなことをさせないだろう。
「………なあ、カニス。どうして、ここで働いているんだ?」
カニスとレイモンドさんの接点がどうしても分からない。
「どうして働いている?お金が欲しいからに決まっているだろう」
カニスは当たり前のように言ってくるが、彼はお金など稼がなくても、教会が養ってくれるだろう。もし彼が欲しいものがあったら、教会が買ってくれるだろう。なら、働いて、お金を稼ぐ意味が何処にある?
「青い鳥が誕生日だと言っていた」
カニスは俺の怪訝そうな表情を見て、そんなことを言ってくる。青い鳥の誕生日?確かに、一ヶ月後には青い鳥の誕生日が控えている。目立つことが大好きな青い鳥さんは騒ぐこともお好きだ。去年、お祭りごとが大好きな村の人たちとどんちゃん騒ぎをしたのもいい思い出だ。
「青い鳥に、どんなものが欲しいかと聞いたら、どんなものでも、自分で稼いだお金で買ったものを贈られたら、嬉しい、と言われた」
カニスの話を聞いて、俺は頭を覆う。青い鳥さん、貴女が原因ですか。青い鳥の妄言に真を受けたカニスはお金を稼ごうとしたのか。そう思うと、護衛としてつかされた断罪天使が不憫に思う。
「………そう言えば、断罪天使はいないのか?」
カニスの護衛をするのだから、一緒に警備をしていると思うが、姿が見えない。別々に割り振られたのだろうか?
「断罪天使?彼は違う任務に出ている。今回は違う」
カニスはそんなことを言ってくる。まあ、断罪天使がカニスの護衛することが多いとは言え、専属ではないらしい。神子が現れるのは数百年近く久しぶりの出来事らしいので、神子の護衛役の選出も難航しているようだ。そうでなくとも、空席があるので、大変のようだが。
「なら、護衛役の執行者も姿が見えないんだが、その人はどうした?警備の仕事はしていないのか?」
執行者は鏡の中の支配者か、断罪天使しか知らない。鏡の中の支配者が彼の護衛である可能性もあるが、どっちかというと、裏方仕事がほとんどらしいので、違うだろう。
「護衛役?ああ、帝王か。彼は別の任務があるからって、今はそっちの準備をしている。こちらの様子が分かる魔法を使っているらしいが」
「へえ。そんな魔法があるのか」
通信魔法を応用したものだろう。近くにいなくても、こちらの様子が分かるとは便利だなあって、ちょっと待て。
「帝王?別の任務?」
執行者の序列4位“帝王”。俺達はまだ会ったことはないが、剣の腕は孤高の狼王より上で、剣の達人として有名な翡翠の騎士の兄弟子に当たる人物。上司だった先代を殺したという恐ろしい人物。
それに、護衛以外に行う任務。教会は古代文明の魔法具の回収を行っている。ここにはちょうどよく古代文明の魔法具がある。嫌な予感がする。もし彼がカニスの護衛以外に、古代文明の魔法具の回収も任務に入ってるとしたら……。
「………彼は古代文明の魔法具の回収の為、ここにいるんですね」
青い鳥はそんなことを言うと、彼はしまったと言った表情を見せる。彼の何げない言葉の所為で、俺達に情報を渡すことになってしまったので、彼が慌てるのは仕方のないことだろう。
とは言え、彼は神子であって、執行者ではない。彼が情報を漏らしてしまったからと言って、教会は彼を罰することはできないだろう。もしかしたら、彼のアルバイトを黙認する代わりに、こちらの任務の支障をきたさないように言われているのかもしれない。
そうなると、厄介だ。俺達も彼らがしようとしていることに気づいたが、あちらも俺達が古代文明の魔法具の警備の為、雇われたことを知られている。ぶつかるのは避けられないだろう。
「貴方は悪くはないと思います。責任があるとしたら、貴方の性格を知っても尚、貴方に潜入捜査もどきをさせた人物です」
青い鳥は青い鳥なりにフォローをしているつもりだと思うが、本人にとってはフォローにもなっていないと思うが。
「………後、付け加えるとしたら、お前の存在だろ」
俺はそう指摘する。
「………私の存在を否定されるとは心外です」
「お前がどうやってそう言った情報を手に入れてくるのか知らないが、どうせ、お前はこう言った展開になることを知った上で、レイモンドさんの要請を受けたんだろ。もしかしたら、レイモンドさんに助けを求めるように仕向けたのかもしれないが」
俺は不思議でたまらなかった。人に幸せを届けることを生きがいとしているこいつが馬車の中で見せていた感情。人に幸せを運ぼうとしているのに、そんな感情を抱くのはおかしい。今まで、こいつのボランティアに付き合わされていた俺が言うのだから、間違いない。
「お前の台本にカニスがいたのかは分からないが、そいつは前からいたんだろ?悪役か、王子様役かは知らないがな」
カニスもそうだが、お前も何気ない一言で、俺にヒントを与えてしまった。
「“帝王”って言う奴がな」
俺がそう言うと、カニスは目を見開いて、青い鳥の方を見る。彼が驚く気持ちは分かる。何で、こいつは会ったこともない“帝王”のことが分かったのか?
それ自体間違いかもしれない。いつ会ったのかは知らないが、こいつと“帝王”は会ったことがある。しかも、浅い関係ではなく、深い関係であることも。
武道大会の時を思い出す。
『………私は彼に助けられたようです』
複雑な様子で言ったこいつを見れば、こいつがどれだけ“帝王”のことを大切に思っているか分かる。
「………貴方は酷い人です」
こいつはそう言ってくるが、
「酷いのは俺じゃなくて、お前だろうが。俺はこんな紛らわしい真似をしなくたって、お前が正直に言えば、付き合ってやるよ」
こいつがここに来た本当の理由は“帝王”に逢いにきたと言うのは分かる。どうして、俺まで連れて来たのかは分からないが、相手が一筋縄ではいかない相手だからだろう。俺は“帝王”がどう言った人物か知らないから何とも言うことはできないが、こいつが「逢いたい」と馬鹿正直に言っても、会おうとしないだろう。
“帝王”がどう言った順を踏んで、執行者になったのか知らないが、彼は断罪天使や鏡の世界の支配者達のように何らかの闇を抱えていることだろう。日の光を浴びることができる俺やこいつには理解できない闇が………。
でも、こいつはどんな手を使ってでも、彼を救おうとするだろう。かつて、こいつの友達である再生人形に自由を与えたように、カニスに居場所を与えたように、彼に光を与えようとしているのかもしれない。
何せ、こいつは幸せを呼ぶ鳥だから。
「………と言うことだから、帝王に会ったら、青い鳥はどんな手を使っても逢おうとするから、覚悟しておけとでも言っておいてくれ。まあ、伝えなくても、聞こえているだろうが」
今までの会話は帝王に筒抜けだろうから。
「………ああ」
カニスは何とも言えない表情で頷き、
「帝王もとんでもない奴に目を付けられたものだな」
カニスは苦笑いを浮かべる。そう言う彼も、こいつに目を付けられた所為で、ろくな目に遭わなかった。だが、それがなければ、彼は銀色狼の呪縛から解放されることはなかっただろう。
「それは同感だな。諦めて、こいつの前に出てくれたら、俺も助かるわけだが、出てきてくれなかったら、こちらから出向くことになるだろうな」
今回もとんでもない目に遭うことだろう。いつものように、また死にかけることになるかもしれない。それでも、俺は最後まで付き合ってやろうと決めている。
それが俺達の信頼の形。それは昔も、今も、おそらく未来でも変わることはないだろう。
そうこうしているうちに、俺達は目的地の別館に付いたようで、彼は建物の目の前で止まる。
俺は目の前の建物を見上げる。レイモンドさんは別館と言っていたが、並みの美術館と同じくらいの大きさと豪華さがある。流石、道楽貴族と言われることだけはある。
「ここが別館だ」
カニスはそう言って、扉を開けると、目の前には美術館に見劣りしない数々のものが飾ってあった。これを個人で集めたとは思えないほどの数である。俺は数々の美術品に見入っていると、後ろで扉が開く音が聞こえたので、後ろを振り向くと、レイモンドさんの姿があった。
「………カニス君、案内ご苦労だったね。後は私が案内するよ。君は引き続き警備を頼むよ」
「御意」
彼はそう言って、彼の持ち場へと戻っていく。俺はそんな彼の姿を見ていると、
「………彼は少し礼儀はなっていないが、いや、傭兵に礼儀を求めてはいけないと思うが、私個人としてはかなり気に入っているのだよ。彼は面倒見が良くてね。休憩時間にもかかわらず、レイナとも遊んでくれるみたいで、レイナも気に入っているらしい。彼さえ良ければ、ずっとここで働いて欲しいと思うくらいだよ」
レイモンドさんはカニスのことを見て、そんなことを言ってくる。
今までの彼は戦うこと以外、何も教わってこなかったらしい。教会が一生の衣食住を保証してくれると思うが、万が一、就職をしなければならない場合、付ける仕事が限られてしまうことは言うまでもない。
生活に関しても、青い鳥の家に来た際は何もできなかったらしく、俺達が帰ってくるまで、ほとんど、断罪天使とお袋がお世話していたらしい。
彼の環境下を見れば、仕方がないことかもしれないが、それでも、社会不適応者と言われても仕方がない箱入り息子っぷりなので、そう言う意味でも、警備と言った仕事は彼が出来る数少ない仕事の一つでもある。そう言う意味では、ここを再就職候補として入れとくのも悪くないかもしれない。
ただ、カニスは教会の神子様であり、生きている間は教会の干渉は続くだろう。今回のアルバイトは許してもらえたが(アルバイト先が機能が生きている古代文明の魔法具があるのも理由の一つと思われるが)、カニスが仕事に就きたいと思っても、こればかりは許可は出ないだろう。
「………さっそく、例の物をみてもらおうとしようか」
レイモンドさんはそう言って、歩き始めるので、俺達もその後を追う。
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