Ⅰ
最初、彼に言い渡された時は何を言っているのか分からなかった。
「………風精の護衛?風精の護衛なら、断罪天使がおるやろ?」
いつもの任務なら、特殊な魔法での連絡によって伝えてくると言うのに、今回は直接伝えたい、と言ってきたので、何事かと思って、彼の部屋に来たら、風精の護衛をしろ、ときたものだ。
風精と言うのは最近見つかった“世界からの贈り物”、別名、神子とも総称される連中の一人である。数百年振りの神子であるそうだ。
話が逸れたが、第五位の降臨者が風精を保護する為、神子がいる娼婦館に侵入したらしいが、神子に殺されてしまったらしい。その穴を埋める為、あの道化と断罪天使が任務を行い、保護したそうだ。風精は過失とは言え、執行者を殺してしまっているので、執行者の監視が必要となっている。
もともと、本人の性格が好戦的ではなく、彼に流れる“獣の王”の力をコントロールできず、暴走してしまっただけらしく、教会に来てからは完全とは言い切れないらしいが、安定してきているらしい。
彼は風精としての能力を持っているので、魔法使いかと思いきや、戦士でもあるらしい。その実力は本物で、これまでに何回か手合わせしたことがあるが、オレと対峙してあそこまで保ったのはあの男と俺の弟弟子であるあいつしかいなかったので、実力的にも申し分ない。
ただし、初めて会った時、俺の顔を見た際、「ヒエン様、何で貴方がここにいるのですか?」と、爆弾発言を投下してくれたのは忘れることはできそうにない。話によると、俺のそっくりさんがヒエンと言った名前を使って、そいつがいた娼婦館に何回も通っていたらしい。オレには娼婦館に通った記憶などない。しかも、その件に奴が関わっていたこともあり、奴がオレの姿を使って、イロイロなことをしていたのが容易に想像できる。
その後、奴を成敗したのは言うまでもない。とは言え、奴は真正のマゾっ気があるようで、あまり応えてはいなかったようだが………。
あの男は一流の戦士ではあるが、それ以外のことは何処かに置いてきてしまったのではないかと思うほど、世間に疎いところがある。
教会内で一人にしておくと、確実に行方不明となり、料理を作ろうとすれば、ドジっ娘ちゃんびっくりな料理を作り出す。
なら、あの男は今までどうやって生活しているのかと思っていると、使用人にやってもらっていたらしい。
そんな困った神子サマだが、風精でなかったら、教会に欲しい人材である。教会は執行者を含め、優秀な魔法使いはいくらか抱えているが、優秀な戦士は少ない。一時期、弟弟子がいたのだが、あれはとある事情がある為、教会に入ることはなかったが、師匠のあの男もあれを手放すのを惜しく思っていたくらいだ。
「確かにそうだが、あいつは鏡の中の支配者と任務に出ているし、デュナミスは空位。アルは問題外で、私はここを離れるわけにいかない。消去法でいくと、お前しかいないわけだ」
「話は分かったけど、風精の護衛って、何をするんや?墓参りはこの前行ったと言う話だし、行きたがっていた友達の家とやらも、大会のご褒美で行ったんやろ?他に何処に行きたいって言うんや」
前いた娼婦館では後ろめたいことをしていたらしく(オレらも人のことを言える立場ではないが)、自分が殺めた人達の墓参りをしたいと言ってきたので、あの道化が手の空いている時に行ってきたらしいし、ここにくる前にできた友達の家に行くと約束したから、いきたいと言った時は、同時期に要請してきた黒龍の依頼(剣士を大会に出せ、といったもの)と引き換えに、許可を出したらしい。友達とは少ししか会えなかったらしいが、弟達と遊んだりしたらしい。
風精の行きたいと言っていたところは全て行ったのに、他に何処が行きたいと言うんだ。
「正確に言ったら、場所ではないんだ。お金が欲しいらしいんだ」
「は?お金?風精は金風呂でも入りたいんか?」
お金なんて稼がなくとも、教会が衣食住を保証してくれるし、そもそも、お金を使う機会などない。
「金風呂に入りたいと言うなら、まだましだ。友達の誕生日が近いらしくてな。自分の稼いだお金で買ったプレゼントを渡したいそうだ」
それは何とも健気なことだ。だが、それを監視しなくてはならないこっちとしては堪ったものではないが。
「………なら、教会で、適当にお手伝いをさせて、お駄賃与えればええんちゃう?」
「それも最初は考えた。だが、彼はそれでは稼いだとは言えない、と拒否してきた。友達の知り合いが魔法具警備を募集しているから、それをする、と聞かなくてな」
彼は溜息を吐く。まあ、風精の剣の腕からして、警備仕事は妥当だろう。とは言っても、教会の象徴である神子サマが魔法具の警備をすると聞いて、上層部が文句を言わないはずがない。大会の件でも、上層部から小言があったらしいから。
「それについて、調べてみたところ、依頼者はしがない男爵家。後ろめたいことが全くと言っても出てこなかった。とは言っても、当主は優秀とはお世辞でも言えない。無能な正直者と言ったところか。周りには恵まれているようで、民衆には受けがいい。働く場所としては悪くはないんだが……、少々問題があってな。男爵は当主としての能力はいまいちだが、目利きみたいでな。コレクションのほとんどが値打ちの魔法具で、最近、手に入れた魔法具に至っては古代の魔法具で、厄介にも稼働しているらしい」
「……稼働中の古代の魔法具を引き当てるって、運がいいと言ったレベルの次元やないな」
教会の専門チームでも、古代の魔法具は見つけるのは難しいと言う話だ。それを、何の知識もない男爵が引き当てるとは普通の話ではない。いっそのこと、その男爵を教会に勧誘した方がいいのではないだろうか。
「稼働中の、しかも、古代の魔法具があるなら、回収する必要がある。風精の護衛が主だが、並行して、魔法具の回収も頼みたい。彼にはそれを許可する代わりに、こっちの仕事を邪魔しないように言ってある。そうそう、魔法具を察知してもらわないと困るから、お前のところの魔法使いを連れて行くといい」
お前は魔法を使うことが苦手だからな、と彼はそんなことを言ってくるので、オレはバツの悪そうな表情を浮かべる。
ある程度の魔法は使えるが、得意な方ではない。剣と魔法の性質が正反対の道を極めることなど不可能と言ってもいいだろう。だから、オレが魔法を苦手としても仕方ないことだと思う。それを思うと、剣と魔法の道を上手に使い分けている断罪天使はある意味天才かもしれない。
「……… を、か?あいつ、任務に出すと、緊張しまくりなんやけど?その仕事は俺一人じゃ、無理なものなんか?」
あいつと組むのが嫌いと言うのではなく、オレはチームワークと言うものがとても苦手である。人に合わせるということはオレにとって、苦痛でしかない。
とは言え、彼女ほどの極端な一匹狼というわけではないが………。
「彼は魔法使いなんだから、名前じゃなくて、魔法名で呼んでやれ。何が起きるか分からないからな。ある程度、お前と連携が出来る魔法使いじゃないと、お前が困るだろ?それに、あの子はちゃんと経験を積ませたら、化けるぞ。ちゃんと、育ててやるのも上司の務めだと思うぞ?」
そうしないと、鏡の中の支配者に奪われるぞ?と彼はそんなことを言ってくる。
「何で、そこで奴が出てくるんや?」
あの道化にあいつを渡すなんて、冗談じゃない。
「何か、将来を共にするパートナーと子作りをしている最中だそうで、そろそろ、後釜を作らなければならない、と言っていたからな」
それは初耳である。奴に恋人がいると言った話は聞いたことがなかったが?
「あの野郎が何を考えてるか知らへんが、あいつを渡す気などオレには全くあらへん」
あんな可愛いあいつを奴の元に渡したら、どんな目に遭わせられるか想像もしたくない。
「あいつの後釜が見つかるまで、まだ時間がかかりそうではあるがな。そう言えば、あいつは今話題の魔法使い、黒犬だったか?アレくらいの魔法使いを育てたいそうだ」
前、接触して、弟子入りを断られてしまったようらしいからな、と彼はそんなことを言ってくる。
オレはそれを聞いて、眉を顰める。
数か月前に、断罪天使が請け負った教会が誇る最強兵器である再生人形の護衛の仕事を失敗させ、風精保護の件で、大きく貢献、その上、目の前にいる彼と同じく、現存する最強の魔法使いの一人である黒龍を倒したとされる実力者。
全てが実力で勝ち取ったものではないようで、奴との戦いでは反則勝ち、黒龍とは作戦勝ちで勝ち取ったと言う話だ。それでも、その魔法使いの実力はおそらく若手一と言っても過言ではない。
そして、その男の影にいる人物。青髪青目の少女。しかも、“青い鳥”と名乗っている謎の少女の存在がある。
その話を聞くと、オレは昔一緒にいた彼女を思い出す。断罪天使の話を聞いた時は半信半疑だったが、先日、久しぶりに、オレの目の前に現れた弟弟子の話だと、青い鳥と言った少女が彼女であることが判明した。
それを聞いた時、オレは嬉しいような、寂しいような複雑な感情を抱く。
とは言え、彼女が黒犬と一緒にいることはまだいい。だが、彼女が自ら危険な橋を渡ろうとしていることには納得できない。
あんたは自由の身になったのに、どうして、自分の命を掛けてまでそんなことをするのか、を。
オレはあんたが幸せさえあれば、何も望まないと言うのに………。
***
「………青い鳥、これはどう言うことだ?」
俺はその光景を見て、青い鳥に尋ねると、
「これは私でも想像していませんでした」
流石の青い鳥も目の前の光景を見て、驚いた様子を見せていた。
レイモンド氏の手紙から一週間後、返ってきたレイモンド氏の手紙には迎えの者を寄こすので、家の前で待っているように、と書いてあったので、手紙通り待っていると、絵本に出てくる姫が乗っていそうな馬車がやってきた。
そう言ったものと無縁に暮らしてきた村人たちはぞろぞろと我が家にやってきては、好奇の眼を向けていたし、俺の可愛い弟達は目を輝かせて、「僕も乗りたい」などと言ってくる。
レイモンドさん宅へ遊びに行くだけなら、連れて行ってもいいのだが、レイモンドさんの宝物の護衛と言った少し危険なお仕事もある為、連れて行ってやることはできない。
そんな中、お袋は「まあまあ、お兄ちゃんたら、また凄い知り合いが出来たものね。あの馬さんとはどんな知り合いかしら?」と、天然すぎることを言ってくるし、親父に関してはこの馬車を怪訝そうに見ていたが、その後、何もなかったように森へと入っていった。
俺達が呆然と見ていると、馬車から出てきたレイモンドさんの使者が「青い鳥様と黒い犬様ですね?レイモンド様の言付けより、向かいに参りました」と言ってきて、馬車の中へと案内され、そのまま、俺達は野次馬根性丸出しの村人たちとお袋達に見送られて、村を後にした。
しばらくの間、俺達は馬車から見える景色を楽しんでいた。
2,3年前、この辺りに来た頃とはあまり変わっていないと思うが、あの頃はどの方向を歩いているのか分からず、景色を楽しんでいるような余裕はなかった。
1,2時間くらい馬車に揺られていると、隣国の国境付近となってきたようで、見ことのないとのない造りの建物がちらほら見られるようになってきた。
隣国は俺達の国ほど領地は大きくなく、軍事力も技術力もない。ただし、独特な文化圏を持っており、武術に優れた民族が中心となった国らしい。その為か、礼儀正しく、勇敢な人達が多いらしい。
その為か、どの国よりも愛国心が強く、国の為なら自分の命を捨てるくらいの覚悟を持っている。そんな国を相手にして、簡単に勝てると思った俺達の国、いや、先代の愚かさが露骨になったと言っても過言ではない。
隣国とこの国の国境付近であるこの地に緑が残っていたことには驚きを隠せない。
「………彼が頑張って守ったからだと思われます」
青い鳥は俺の表情を察してか、そんなことを言ってくる。
確かに、彼は俺や青い鳥以上のお人好しなのか、もしくは、只の世間知らずなのか、人を疑うことをしなかった。それが原因で、当時の執事に、あともう少しで屋敷を乗っ取られそうになったわけだが、そのお陰で、民とも良好な関係を築いている。
領主としての器としては少々不適切のような気もしないでもないが、執事が軍に捕らえられた以降、民から執事を公募したようで、執事となったその人が有望だったようで、領主として、それなりの働きが出来ているようである。
そんなことを思いながら、景色を見ていると、人里を通り過ぎて、少し経った所に大きな門があった。この門には見覚えがある。
その馬車が門の前に来ると、自動的に門が開き、中へと入っていく。
俺はちらっと青い鳥を見ると、青い鳥は憂鬱そうな様子を浮かべていた。
こいつは滅多に表情を出すことはないが、八年間一緒にいれば、こいつの醸し出す雰囲気や感情で何となく分かってしまう。
とは言え、こいつがそう言った感情を見せるのは珍しい。なんせ、こいつは嫌なことはしようとしない我儘娘なので、好きなことしかしない。それに、今回もこいつの独断でここに来たのだから、そんな感情を見せるのはおかしい。
したいのだが、してもいいのだろうか?
そんな葛藤がこいつの中に芽生えているような気がした。
誤字・脱字がありましたら、よろしくお願いします。
次回投稿予定は5月4日です。
今回から、日曜日に投稿したいと思います