エピローグ
オレがあの男にとどめを刺すとき、こう言っていた。
『できることなら、最後にあの餓鬼に会いたかったな』
あの男はどうしてそこまで彼女のことを想っていたのかは分からない。それでも、最後の言葉だけは偽りのない本音だろう。
それでも、あの男がオレを恨むことなく、穏やかそうに死んでいったことが一番腹だたしかった。
どうして、そこまで穏やかに死ぬことが出来たのだろうか?それは今でも分からないままである。
それでも、一つ分かったことはある。俺もあの男も同類だったのかもしれない。
『一人でいて、楽しいのですか?』
俺が空を眺めていたら、この青空と同じ髪と瞳を持った少女がそう声を掛けてきた。
『………なんや。あんた、オレは空を眺めとんのや。邪魔するんやない』
『………空をですか?それなら、一人で眺めているより、みんなで眺めた方が楽しいです。トニー、カレン、一緒に空を見ませんか?』
彼女がそう言うと、茶髪の少年と金髪の少女がこちらにやってくる。
『オレは一人でみたいんや。みんなで見たいんなら、他のところでやってくればええやろ?』
『酷いです。私は傷つきました。男の子は女の子に優しくするものだとお母さんが言っていました』
『あんたのおかんのことなんて知るか。あんたは一人で傷ついているだけやろうが』
『率直にいいます。男の子が女の子にきつく言うのは照れ隠しだ、とお母さんが言っています。一匹狼やっている自分が格好いいと思っています。それはナルシストだとお母さんが言っていました』
『誰がナルシストや?妄想女。少しは黙ってろや』
『誰が妄想女ですか。私は夢に想いを馳せる可愛い女の子です。………カレン、トニー、何で黙っているのですか?まさか、貴方達も私のことを妄想女だと思っているのですか?』
他の人間と違った雰囲気を漂わせる彼女。まだ、オレはあんたと顔を合わせる勇気はない。
だが、いつか、昔のように、一緒に話し合うことが出来るような日が来ることを願いたい。
***
「―――確かに、あの時、カレンは死んだ。殺戮王に剣で一思いにな……。あの後、オレも記憶がないわけやけど、いつの間にか、オレが殺戮王を殺していたようやな」
あの後、俺がカレンのことを聞くと、帝王はポツンポツンと話し始めた。
「執行者の先代殺しはよくあることやけど、俺の場合は特殊やったからな。教会の中ではもめたようやった。上司を手にかけるような人間を執行者にしていいのか?いつか、自分達に歯向かってくるんじゃないか?ってな。だけどな、彼、聖焔、執行者のトップでもある彼がもしオレが教会に歯向かった場合は自分が手を下すから、様子を見たらどうか、と進言してくれたそうや。まあ、特異能力はそこら辺にたくさんあるわけやないみたいやから、教会側は渋々納得してくれたお陰で、オレがここにいることができるわけやけどな。まあ、あんたに負けた時点で、この任務は失敗してしもうたからな。彼には申し訳ないとは思うけどな。トニーはとにかく、俺はお仕置き決定やろうな。教会の施設全てのお掃除やったら、助かるな」
彼はそう言って、苦笑いを浮かべる。
「………非常に言いにくいことなんだが、帝王」
「………なんや?」
「あんたらの仕事は効力が持続している古代文明の魔法具及び、魔法具の回収だったんだよな?」
「そうやけど、それがどうしたんや?」
「あんたらがここに来たのは無駄足かもしれない。と言うか、俺達が無駄足にしたかもしれない」
「???それはどう言うことや?」
帝王はキョトンした表情でこちらを見る。
「確かに、あんたの言う取り、レイモンドさんのコレクションは魔法具として働いていたかもしれない」
レイモンドさんが目効きなのか、それとも、運がいいのか、彼のコレクションはほとんど本物だったのだろう。特に、俺が持っている奴は間違いなく今も稼働していた数少ない古代文明の遺物だろう。それは執行者が動いている時点で、それは証明されている。だが、
「青い鳥がこの古代文明の魔法具を含めたほとんどの魔法具を触っていた」
青い鳥がべたべたと魔法具を触っている行為を見て、俺は気付くべきだったのかもしれない。
青い鳥の手には魔力の波動を別のものに変えてしまう能力がある。こいつの手によって、再生人形が縛られていた鎖を壊してしまっている。
つまり、青い鳥が触ったものは全て効力を消してしまっていると言ってもいい。
ただ、例外として、俺の魔法陣だけは効力が消えずに、青い不死鳥になったわけだが。
「おそらく、全ての魔法具はこれを含めて効力はない。ただのガラクタだ」
そう言ってはレイモンドさんにはも申し訳ないと思うが。
一方、それを聞いた帝王は目を大きく開き、
「あははは。オレ達は彼女に一本取られたわけや。確かに、これはくたびれ儲けやな」
傑作や、と大笑いをしていた。
「まあええわ。これを口実にすれば、オレ達はお咎めあらへんやろうしな。そろそろ、トニーを回収せえへんといけへんな」
彼女に手を焼いていると思うしな、と彼はそう言って、立ち上がる。
「………青い鳥に会っていかないのか?」
「まだその時やないわ。まだ、俺の心の準備ができてへんから、次の機会にさせてもらうわ。おそらく、避けては通れへんと思うしな」
「………そうか。なら、あんたの心の準備ができたら、あいつのところに遊びに来てやってくれ。そしたら、あいつが喜ぶと思うから」
「そうさせてもらうわ。その時はトニーも連れて行かないと可愛そうやな」
彼はそう言って、小さく微笑むと、何かを思いだしたようで、こちらを向いて、
「そうそう。オレ、あの男を除いて、剣で負けたのはあんたが初めてや。そう言えば、オレの師匠のあの男も唯一負けた男が一人おるらしく、その男は黒髪黒眼の男だったそうや。どうやら、オレ達師弟は黒髪黒眼ととことん相性が悪いみたいやな」
彼はそんなことを言ってくる。
こいつの師匠は確か、殺戮王だったか?そいつは指名手配級の性犯罪者であり、青い鳥の処女未遂をしようとしていた人物だった。
確か、その男には夢にも出てくるほど愛しい人物がいると言っていたな。それはまさか………、
「もしかして、黒髪黒眼の男って、お前の師匠の想い人か?」
「よくしっとんな。おそらく、彼女が話したんだと思うけどな」
俺は彼の肯定を聞くと、背中に悪寒が走り、帝王をみる。まさか、彼も………、
「ちゃうわ。オレはそう言った病的な性癖はもっとらん。オレは女の子が大好きな一途な男や。十年間、その子だけおもっとるわ」
彼は全否定する。それは俺にとって助かる。彼が殺戮王と同じ性癖の持ち主だったら、運良くとは言え、勝ってしまった俺がターゲットになってしまうのではないかと冷や冷やしていたものである。
いや、待てよ。彼は10年片思いしているって、言っていなかったか?彼が親しかった異性はカレンと言う少女と青い鳥と言う話だ。
カレンと言う少女のことが好きだったら、殺戮王に殺され、激昂したのも分かる。分かるのだが……、嫌な予感が過る。
「帝王さん、帝王さん。貴方が片想いをしているお方って、実は青い鳥じゃありませんよね?」
俺がそう言うと、彼の行動が止まる。
本当に本当ですか?貴方と言い、カニスと言い、白髪変人と言い、変わった好みをお持ちの方が多いですね。確かに、あいつはいい奴だが、彼女にしたら、これ以上の我儘娘はいないと思いますよ。今からでも遅くない。止めるべきだ。そう思うのだが、身体は動かない。彼の睨みがその言葉達の動きを止めている。どうやら、彼に何を言っても、変えるつもりはないようだ。
「………いや。好みは人それぞれだと思います。カニスも青い鳥にゾッコンみたいですし………」
そう言った瞬間、また悪寒が走る。ただし、今度は殺気だ。しかも、本物の。
「………黒犬君、さっきの話、詳しく聞かせてもらえへんかな?」
剣を一振りして、怪しく笑ってくる帝王がいた。このまま捕まったら、デッドエンド。俺は空間魔法を使って、脱出を試みるが、何故か、魔法が発動しない。魔力切れだろうか?
その間にも、俺と帝王の差は縮んでいく。
「………うぎゃあああ、青い鳥弐号、ヘルプ。魔王に殺される」
今こそ、勇者の出番だと言わんばかりに、青い鳥弐号はヒヒーンと鳴き、俺を乗せて、全速疾走して行ったのは言うまでもない。
その時、彼の表情がとても穏やかに見えたのはきっと気のせいではないだろう。
魔王から全速力で逃げてきた青い鳥弐号と俺がレイモンドさんの屋敷へ行くと、不機嫌そうな青い鳥がいた。
「………どうして、私が行く前に、全て終わらせてしまうのですか?」
「そんなこと言われたって、仕方がないだろう。全てが筋書き通りに行くものではないのですよ、青い鳥さん。貴方の代わりに、青い鳥弐号が大活躍してくれたのですから、それでいいじゃないですか。だから、手に持っている細剣は仕舞ってください」
「私はまだ暴れ足りていません。トニーは戦ってくれませんでした。私が一方的に彼らを追い回していました。どちらが、悪役か分かりません」
「はっきり言って、お前が正義の味方って言うことはないと思うぞ。うおっと。だから、それは仕舞ってください」
「納得できません。私は格好良く悪者退治がしたかったです」
「それは貴女の当初の目的ではなかったと思いますが」
「いいえ。それは夢見る子供達の願望です」
「さいですか。どちらにしろ、お前の所為で、俺が怪我したことは無意味だったのだから、お互い様だろうが」
俺達の悪態合戦はもうしばらくかかったのは言うまでもない。
あの後、レイモンドさんに、余計な混乱を起こさせないために、帝王たちの正体は隠して報告した。そして、今までで唯一闘いの中を戦い抜いたこの剣を記念として、持ち帰りたかったが、そうするわけにはいかないので、泣く泣く、レイモンドさんのコレクションの中へと戻した。
もう二度と巡り合うことのできない最高の相棒だと思っていたので、この別れは本当に寂しい。
青い鳥弐号は盗人撃退に貢献したと言うことなので、近いうち、小屋を豪華にしてやるつもりだそうだ。とは言え、青い鳥弐号がそれを理解しているかは肌はだ疑問だが。
俺達は俺の療養2,3日の滞在後、行きと同じように馬車に乗って、帰路についた。レイモンドさんは暇があったら、また遊びに来るといいと言ってくれたので、今度は弟達を連れて、遊びに行こうと思う。
「………そう言うことですか。やはり、私の予想通りでした」
馬車の中、俺は帝王から聞いた話を青い鳥に話してやると、悲しそうな様子を浮かべる。
「………残念なことだと思うが、これはどうしようもないことだろうな」
死んだ人は生き返ることはない。この世界には例外と言うものが存在しているが、普通はあり得ない話である。
「とは言え、本当の被害者は帝王だけかもしれません」
こいつはそんなことを呟いてくる。
「それはどういうことだ?」
「私もその現場を見ていないので、何とも言えませんが、彼は戦いの中で死ぬことが望みだと言っていました。そして、カレンは帝王のことが好きでした。彼女は帝王の為なら、死ぬことが出来ると言っていましたから」
こいつはそれだけ言って、外に目を向ける。
これ以上、こいつは言うつもりはないようである。俺も外の光景を見る。
ソレを聞くと、一つの推測ができる。
もしかしたら、殺戮王は帝王を弟子に取ったのはいつか、彼に自分を殺させるためだったのではないのだろうか?
そして、カレンと言う少女は帝王がこれ以上、殺戮王に縛られるのを見ているのが辛く、彼を救う為に、人柱になったのではないのだろうか?
俺がそこまで推測できるのだから、あいつもここまで分かっていることだろう。だが、これは推測の域で、真実と決まったわけではない。
とは言え、その真実を知る殺戮王やカレンと言う少女はもういない。おそらく、この真実を知ることは不可能だろう。
青い鳥と帝王の間には何も解決していないのかもしれない。だが、これがきっかけとなって、いつか、こいつと帝王が昔のように笑い合う日が来ることを願っている。
俺が出来るのは青い鳥の想いを帝王にぶつけることだけ。その後は自分たちで決着を付けなくてはいけない。
恐らく、遠くない未来に、その決着がつくことだろう。
その時、あいつの想いが彼に伝わることを祈っている。その為なら、俺は協力を惜しまない。
もう剣士は孤独でいる必要はないのだから……。
FIN……
数年ぶりです。孤高の剣士はこれで完結です。次は誘いの天使に続きますが、シリーズで続けるか、一つにまとめるか迷っています。全てをまとめる時はその時、告知します。良かったら、自作もお付き合いくださいね




