51.
「はーい」
里の内部と行っても見渡せるような狭い敷地ではなく、小さな村のようになっている。
策に囲まれているから、人間や大型の野生動物は入り込む可能性は少なく安全なはずなのに、優しいセランダータは心配性で注意を忘れない。
カルシィはセランダータを哀しませたくもないから、遠くにも危ないこともするつもりはなかった。
でも、これからずっと暮らしてゆくことになる里の様子を把握しておきたいと思っていた。
自分の場所だと感じられるから、少しづつでも知っておきたかった。
里の敷地の中に大きな花壇、花畑といっていいほどのものがいくつかあった。
花だけでなく、木も育てられている。
池もあり魚や水草を、広い柵の中には動物が放牧されてある場所もある。
それは、食べるために育てられる畑や家畜とは一線を画して、より慎重な管理をされていた。
花壇に咲きそろう花を見たカルシィは、花の美しさを感じ、でも同時にもの悲しさも感じていた。
今まで見たことのない花だった。
白い花弁で、シベが黄色い。特別代わったところもない普通の花だけれど、教えられた情報がカルシィの心を重くしていた。
「これはね、ありふれて咲いていた花だよ。昔から。でも最近はどんどん数を減らして、もうほとんど、この辺りでは見られなくなっている」
———だから育てている。
種を集めてきて、育てて増やしている。
「消え去らないようにーーー。私たちが生き残っている間ぐらいは一緒に生きていって欲しいからね」
セランダータの言葉に、側にいても二人の話など耳に入っていないだろうと思われたレネドが振り向いて、さらに説明をしてくれた。
「最初はね、外にも種を蒔くようなこともしていたんだが、無理だった。空気が合わなくなってきている。なかなか育たず、ようなく根付いたと思っても交雑によって、目を離すと数年後には違う物になってしまう。自然交雑なら仕方がないことだとも言えるけれど、俺たちがしつこく種を蒔いている限りもう自然ではないし、そのために生まれた交雑種は俺たちのせいーーーそういうのも嫌になってね」
難しい話をさらりと口にして苦笑を浮かべたレネドは、なんだかとても哀しんでいると感じた。それだけはとてもよく感じた。
レネドは、里のみんなは消え去ろうとしているものを守っているのだ。
そのなかの一環として、自分も守られるのかと考えたカルシィの気持ちを察したのか、セランダータだった。
「違うよ、みんなで生き残りたいんだ。守ってやると威張るつもりはないんだ。私らがね、嫌なんだ。みんながいなくなって、自分たちだけになってしまうのは。そして、自分たちも消えるーーーなんて考えたくなくて、必死であがいている。自分たちのためだよ」
そして、戯けたように
「守ってやっているんだなんて態度が出ていたら、メルヴィアはここから出て行っちゃうと思うよ」
カルシィの気持ちをほぐすために言われたことだとわかったけれど、メルヴィアの名前を耳にした途端、ふいっとレネドが離れて行ってしまったことが最終的に心に強く残っている。
カルシィにはまだ想像すらも出来ない壮大な世界がレネドやセランダータ、そしてメルヴィアにはあるのだろうと思った。
でもそれだけで、自分は全く知らなくて。
知る日はいつか来るのかな、来るなら、ロゼンと一緒がいいなあとカルシィは思う。ロゼンと一緒なら、どんな苦しいことを知ってもきっと平気な気がしたのだ。
古い種の花。
古い種の生きもの。
そして、新しい世界。
ぼんやりと想像してみただけだけど、楽しい話にはなりそうにない。
「ねえ、きみ、誰?」
花壇の前でしゃがみ込んで物思いに耽っていたカルシィはすぐ近くから聞こえた声に驚いて振り返った。
はじめて見る顔だった。
少年だった。カルシィよりかは大きいけど、ロゼンより小柄で、歳はたぶん同じぐらい。
金褐色の髪で整った顔立ちの少年だった。
髪の色が少し明るいせいか、里のみんなのなんだか少し違う感じがしたけれど、里の中にいて、里のみんなが着ているような衣装を着ているのだから、仲間なのだ。
ロゼンたちの仲間。カルシィと同じく古い種族で、でももう一つの獣と言われる人たち。
「側に寄ってもぜんぜん気づかないんだもの、寝てるのかと思ったよ」
「あ・・・ごめんなさい・・・」
思わず謝ったカルシィが、ちくりと思った。この人、苦手———。
笑顔だったけれど、威圧的な感じがした。なんだか怖くて嫌だった。
「僕はアビール。きみは?」
「・・・カルシィ・・・」
「僕、ここに来たばかりで、きみのこと聞いていないんだ。なんで、ここにいるの?きみ、違うよね。僕らとも、人間とも」
「・・・うん、そうみたい・・・でも、わたしにはそういうこと上手く説明できそうにないから・・・わたしも来てそれほど経っていないから・・・」
言葉がきついせいだろうか。
里の人たちと違う空気がする気がした。でも同じだとも感じる。この人は人間じゃなくて、獣で、里の仲間だった。
アビールは数歩と離れていない場所に立っていて、さらにカルシィに近寄ろうとした。
「近づかないで!」
カルシィはとっさに叫んで、起ちあがった。
耳に届いた自分の声に緊張を深めていた。
そんなふうに尖った声を出したら相手の気分を損なうだけという基本的なことをすっかり忘れてしまって、失敗だった。




