49.
「ロゼン、大丈夫?」
部屋の隅に座りこんでじっと黙っているロゼンの横に座って、そっと顔をのぞき込みながらカルシィは、声を掛けた。
一度目は、聞こえなかったようで、もう一度、もう少し大きく言うと、ロゼンははっとした顔になり、カルシィを見る。
「なんか言ったか?悪い、考えごとしていた・・・」
「レネドさんに・・・いじめられたの?大丈夫?」
「・・・いや、別に、そんなんじゃない・・・」
「じゃあどうしたの?・・・元気がない、心配だよ・・・」
ロゼンはくしゃっと笑った。
「俺は頑丈なんだ。心配なんかする必要ない」
「でも・・・」
「それより、おまえはどうだったの、メルヴィアに会って来たんだろ?」
「うん・・・メルヴィアの部屋で、セランダータにメルヴィアの話を聞いた。怖いんだって。怒ると怖いって・・・」
カルシィが顔を顰めて報告すると、ロゼンはカルシィの予想外のことを言った。
「じゃあ、おまえと一緒じゃん」
「・・・」
なぜだかあちこちで誤解されているようで、カルシィは悩ましく、どうやったら訂正できるのだろうと考えていたときだ。
「なあ、おまえーーー」
背を丸めて、抱えた膝の上で頬杖をついた姿勢で、上目遣いにカルシィを見つめて言いだした。
「もし、俺が人を襲って怪我を負わせていたらどうする?殺したりしていたら・・・」
カルシィは驚いて目をまん丸にしていた。
「あ・・・いや、なんでもない。忘れてくれ」
すぐに話を打ち切ってしまったロゼンを、カルシィは黙って見つめていた。
ロゼンはその視線を避けるように立ち上がろうとした。
カルシィはーーー。
腕を伸ばしてむぎゅっとロゼンの大きな体を抱きしめていた。
「ロゼンのこと大好きだよ。ロゼンは大きな黒豹みたいだから、そういうことになるのかもしれないね」
「おまえ、怖くないのかよ・・・」
ロゼンは恐れていた、自分を。獣の力、能力を。
ロゼンは精神において、人間だった。自分の人とは違う能力の存在を認めてはいたが、人間を敵だとは思っていない。できるなら人間に混じって、己の本性を隠しながら生きてゆくことを未来展望としていた。
牙や爪があったって、人間を攻撃することを良しとしない心を持っているのだ。
そう思っていた。
でも、違うのかもしれない。
自分は、覚えていないだけで、何人も人間を襲い、噛み殺しているのかもしれないという可能性を突きつけられて、自分が根底から崩れるような不安が心に取り憑いていた。
誰かを襲って殺しているのかもしれない。
誰かを襲って食い殺していたら・・・。
ロゼンは自分が恐ろしかった。
そして、そんなロゼンをカルシィだって、顔を顰めるのではないか。
それも、もっと怖いのだ。
「うん、不思議だけど、怖くないよ。そういうことが必要なことがあったらきっと牙を剥いて戦うよね。そのための牙と爪だもんね。それに、ロゼンはわたしはそういうことしないから、なら怖がる必要ないと思う。・・・でも怖がらないと、駄目?」
まじめな顔で聞くカルシィに、ロゼンはカルシィの腕の下から自分の腕を抜いて、細い身体を抱きしめ返していた。
「おまえ、変わっている、変や奴・・・」
「変じゃない!なんだか今日、さんざん悪口言われている、わたしは怖くないし、変でもない!」
ロゼンはくつくつと笑いだした。
「俺は、それ合っていると思うけどな」
「合っていない!」
「少しこのままでいて、いいか?」
静かな声でロゼンは言った。
「うん、温かくて気持ちいいからいいよ」
ロゼンが悩んでいるのを知った。一人で悩んで苦しんでいるのだ。
それが少しでも楽になるなら、明日の朝までだって、三日だって十日だって、ロゼンの希望を叶えてあげたかった。
「———俺も、おまえのこと大好きだよ。誰よりも好きだ・・・」
そっと耳元で囁かれたロゼンの言葉にカルシィは目眩がするほど、どきどきした。
二人は気がついていなかったが、二人に与えられている部屋の、カーテンがまだ引かれていない窓の外に人影があった。
少年だった。ロゼンよりも少し若い。十日ほど前に里にやってきた野良の少年だった。野良で、人間混じりの少年は、本来なら専用の収容舎に入れられて、しばらくの間は自由を許されない。里の中を自由に歩くなど以ての外だった。
彼は勝手に、抜け出して動き回っているのだろう。
窓から、部屋の中のカルシィを食い入るように見つめていた。
彼は、カルシィのことを知らされてはいなかった。
ただ暇で、抜け出して歩き回っていて、偶然見つけたのだ。
不思議な生き物だと感じた。
人間じゃないと思った。
でも、それはとてもとてもいいものだった。
いままで、そんな生き物を見たことはなかったけれど、そいつを見たとき一瞬で、目が釘付けになっていた。欲しいと感じた。
それなのに、男がなれなれしく触っていて、いらっとした。
あの男のものだろうか。
フンと少年は鼻で笑っていた。
たとえそうでも、そんなこと関係なかった。
少年・アビールは決めたのだ。
あの不思議なのを、自分のものにする。
彼にとって、望みは現実にするものだった。いままでもそうやってきた。
今はちょっとしくじって、こんなところにいるけれど。
でも悪くなかった。あんなものを見つけられたのだから。
いつまでも見ていたかったけれど切りがなくて、アビールは静かに窓から後ずさり、自分の宿舎に戻ることにした。
戻ってしばらく、おとなしく、従順なふりをしなければならない。
自由に里を動き回ることを許されるように。
許されたらーーー。
あれは舐めたらどんな味がするのだろう。肌を噛み破ったらさぞかしーーー。
想像するとゾクゾクした。
アビールは、うっとりと笑った。
第四章終了です。
ありがとうございました。




