43.
「あの人は、いつ目を覚ますの?」
一人早々と食事を終えて、テーブルに頬杖をついて難しい顔をして考え込むロゼンの横から、ロゼンがずるっとバランスを崩しそうな質問だった。
聞いていいなら、ロゼンであっても一番聞きたい問いだった。
巫山戯ているのかとも思ったけど、カルシィは真剣だった。
「あの人は目を覚ますの?ずっと眠り続けるの?起きないの?」
「それは、ね・・・」
セランダータが困っている。
「どうしたら起きるの?」
「・・・やめろって。なんでも聞けばいいってことじゃないだろ」
「でもーーー」
「起こせるんだったら、もう起こしてるとか思わないか?」
「じゃあ、起こせないのっ?」
それはロゼンが答えることではなかった。
けれど、セランダータにも答えられなかった。否定も肯定も、口に出したら嘘になり、大切にしている思いも、現実も崩れてしまいそうだった。
「きみに起こしてもらいたいと思っている」
重い沈黙を断ち割ったのはレネドの声だった。
いつの間にか隣室に続く食堂の出入り口にレネドの姿があった。
「起こす方法は、今はまだ模索中でね。俺たちの声は届かなくても、きみであれば違う結果がありそうだから、期待しているところだ」
「そんなこと・・・」
途端に不安な表情になったカルシィに、レネドはすぐに首を横に振った。
「この件に関して、決して具体的にきみに何かを求めているわけではないんだ、安心して欲しい。ただきっと、きみが近くにいることを感じるはずだ。感じたなら、起きようという気になるかもしれない。メルヴィアが起きることを望んだとき、目を覚ますのだろう。それを待っている。だからきみがそんな顔をする必要はないよ」
カルシィはレネドを食い入るように見つめていた。
レネドがはじめて見る顔をしていると思ったためだった。ロゼンも同じだった。
驚いた顔になっている。
セランダータだけは苦笑していた。レネドに驚いている二人の様子を含めて、少し呆れたようにーーー。
「でもーーー」
とレネドが言った。
「今は、きみにやって欲しいことがある」
もういつものレネドに戻っていて、くくっと笑った。
「食事は終わったのかな、なら一緒に来てもらえるかい?」
警戒心も露わな顔つきになったロゼンに向かって、「もちろん、おまえも、だよ」とすぐに付け加えた。
どこに連れて行かれるのか、不安がる二人を待っていたのはーーー。
カルシィがレネドの後を追って外に出てみると人集りができていた。
老若男女、カルシィよりも小さな子供から老人までが集まっていた。集まって、ぼそぼそ何かを話し合っていたり、ただじっと建物の入り口を注目して立っていたり様々だったが、レネドが先に外にでたとき場が水を打ったように静まっていた。
「さあ、カルシィくん」
怯んでいるカルシィにレネドが促した。
カルシィはこれから何がはじまるのだろうかと緊張に顔を強張らせていたが、ロゼンも一緒にいてくれるから平気だった。
ロゼンを振り返ると、同じように硬い表情だったが、ロゼンは頷いて見せた。覚悟を決めて、一歩。
まだ建物の内から、もう一歩、カルシィは外へと歩を進めた。
日差しが眩しくて、思わず目を閉じた。
そのときだった。
キャーと悲鳴が上がった。
カルシィとロゼンが跳び上がるほど驚いて、カルシィなどその場にしゃがみ込んでしまったが、大丈夫だった。
それは黄色い歓声だった。
華やいだ声に隠れて、低いどよめきもあったが、ともかく大歓迎だったのだ。
「可愛いっ!!」
「素敵っ!」
「いいわあ、とってもっ!」
すべて、カルシィへの感激だった。
カルシィの周りに集まった人たちは笑顔になって、好意と歓迎を伝えていたが状況を理解できないでいるカルシィはすっかり怯えて自分の周りの人壁を見上げていた。
「こらおまえ達・・・失礼、カルシィくん———」
割って入ったレネドがカルシィをすくいあげ、己の肩の上に座らせた。
「おまえ達、そんなふうに群がったら怯えるだろうが」
レネドは笑いながら、見渡した人々に言う。
「こちらが、お待ちかねのカルシィくんだ。嘘だとか、誇張だとかいろいろ言っていた者ども、どうだ、素直なところを言ってみろ〜〜」
「長〜、すまねえ〜!」
陽気に叫んだレネドに応じて、明るく返事が返って、場がどっと和んでいた。
「だって、ファルムはいっつも大げさだし、趣味も悪いし!」
「こんなことなら、最初に言ってくれなきゃ、出会いって大切なのに、もう〜〜」
「だから、俺、すっげえ、文句なしに可愛いって何回も言ったじゃんか!そっちがこれっぽっちも信じなかっただけじゃんっ!!」
昨日会ったファルムも人集りの中にいて、口を尖らしている。
「わかったわかった、おまえが正しかった!」
「今回ばかりは、おまえの趣味志向に賛同したぞ!」
昨夜、里にやってきたカルシィのことが、朝から一つのお祭り騒ぎになっていたのだ。
里にとって、珍客だった。
珍客であり、賓客、佳賓だった。
里の者たちは、羽風の存在を知っている。メルヴィアがこの里にいるからだ。
けれどメルヴィアには、感じる思いを気やすく伝えたりしづらい空気があった。
心に溢れかえる感情が素直に表せる羽風の登場———。
二人目は、多少はしゃいでも許されるような存在だった。
だから目の前の可憐な少年に、余計に一同は沸き立っているのだが、そんな事情はカルシィたちはもちろん知らない。
ロゼンはすっかり唖然となって縁の方で様子を眺めている。
おつきあいいただきありがとうございます。
お気に召す、展開になっていれば嬉しいのですが。




