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夜の果てに  作者:
第三章
34/85

34.

ロゼンの所から、てきぱきと火を熾し、荷物から鍋を取りだし何かを刻んで放り込むレネドの様子を見ていた。

レネドはとても優しい。優しくて格好いい男の人だった。

正しいことをいろいろ言う。でも偉ぶらず、笑顔だった。

いいことばかりの人なのに、なぜだろう、少し不安で、怖さが拭えなかった。

ロゼンと二人きりで旅をしてきたが、このレネドでは無理、二人きりで旅なんでできないと感じるのは、相手が王様の迫力があるからだろうか。

立ち止まったときには赤い光が西の空を染めていたが、もうすっかり日は落ちて真っ暗になっていた。

焚き火の炎に周りの木々が不気味な影を生んで、炎の揺れに合わせて揺れ踊っている。

こんな光景にも、カルシィもすっかり慣れてしまった。ロゼンと出会って、ロゼンといれば平気なことがいっぱいできた。自分はいろいろ変わったと感じている。でも、この先、レネドに連れられて里に行ったら、もっともっと予想もしないことがどんどん変わっていくような気がする。だから、レネドが怖いと感じているのだろうか。

まもなく焚き火で乾し肉と干し芋を煮込んだスープができあがったようで、美味しそうな臭いが漂ってきた。スープとパンの夕食だった。

ロゼンはカルシィに揺さぶられて目を開けたが、自分の分をあっという間に食べおえると再びすぐ横になってしまった。

カルシィは少なめに貰った夕食をなんとか食べ終えた。

いつもは食事を口うるさく見張るロゼンが静かで、レネドは「食べきれなかったら残してくれていいよ」だった。こういう寛大なロゼンをいつも期待して、望んでいた落ち着いて静かな食事の時間だったはずなのに、何かが違った。

もの寂しい気分を味合うカルシィの身体がいきなり後ろにぐいと引っ張られた。

「わあっ」

勢いに負けてころっとひっくり返ったのは寝ているはずのロゼンの身体の上だった。

「食べたら、おまえも寝ろよ」

返事をする暇もなく、ロゼンはそのままカルシィを両腕の中に抱え込んだ。

カルシィが掛けてあげた毛布は、今はロゼンによってカルシィの身体を包み込んでいる。

レネドがいるのだ。恥ずかしくてロゼンの腕から逃げ出したくなったけれど、できなくて困っていると

「見張りは俺がする。安心して、おやすみ」

レネドは優しかった。

「・・・おやすみなさい」

カルシィはロゼンの胸にくっつくようにして目を閉じた。

ロゼンの体温が温かくて気持ちよかった。

ロゼンは本当に疲れているようで、すぐに眠ってしまった。静かな寝息を聞いているといつのまにかカルシィも眠りに落ちていった。




朝目が覚めた後、軽く朝食を食べる。

その後は、レネドとロゼンはひたすら走る。カルシィは景色を見ているか、眠っている。そんな日が何日も続いた。

二回ほど小さな街に寄って、食料などの買い物をしたが、それだけ。

それ以外は人の姿がない場所ばかりだった。地図を持たないレネドは地理を把握しているようで、迷う素振りはなかった。立ち止まって、遅れたロゼンを待っているときの表情動揺に余裕たっぷりだった。

反対に余裕がなくなって、へとへとになっていったのはロゼンだった。

口数が減って、怒ることもない。ただ意地でレネドについて行っていることはカルシィにもわかった。そして、意地だけではどうにもならないことも。

足の運びは次第にどんどん重くなって、レネドに距離を離されてしまって待たれた。最初の日にはなかった何かに躓いて、転びそうになることが何度もあった三日目からは、カルシィはレネドに運ばれることになった。斜面を滑って、もう少しでカルシィもろとも地面に転がるところだったロゼンを見兼ねたように、荷物とカルシィをこちらにと提案をだしたのはレネドで、ロゼンもカルシィも不満や文句は言わなかった。

四日目の夜には、カルシィは自分が仮病を使ってでもレネドを止めようと決意していた。ロゼンは疲れている。休まないと身体を壊してしまう。ロゼンは意地っ張りだから自分からは言い出さないだろうから、それはカルシィの役目だと決意と算段を考えながら眠りについた翌日は、拍子抜けする雨振りだった。

雨天休行。

一晩を過ごした洞穴で、そのまま一日を過ごしたのだ。

ロゼンはもちろん、一日中眠っていた。

その後の四日間は比較的ゆったりした進行で、ロゼンも元気を取り戻したようでカルシィはほっと胸をなで下ろした。

けれど、カルシィはとても寂しい気分を引きずっていた。ロゼンがあまり口をきかなくなり、カルシィを運んでいるのもレネドのままだった。

レネドは優しく、嫌な人ではなかったけれど、やっぱりロゼンの方がいいと思った。

でも自分はそうでも、ロゼンはちがうのだろうか。平気なのだろうか。

ロゼンは、レネドに預けっぱなしでいれば、走るのには楽だろうけど、寂しいとかの気持ちはまったく生まれないのだろうか。

生まれないから、そのままなのだろう。

口うるさかったのに、もうそれもない。

飽きちゃったんだろうか。

もうどうでもよくなっちゃったんだろうか。

ーーーきっとそうなんだ。そうだから、しゃべらないのだ。

きっと嫌いになったのだ。

強くて格好いいレネドの方が良くなったのだ。

その方が旅をするのに楽に決まっている。

力強く走る二人。カルシィはまるで二人の荷物だった。ロゼンとレネドに運ばれる文字通りお荷物だった。

いったん自問自答の思考の迷路にはまりこむと抜け道など見つけられなかった。

ずっと我慢してきた涙が、ついに滲んでしまう。

考えまいと思ってももう無理だった。

声だけは漏らさないようにと奥歯を噛みしめていたカルシィの様子に気がついたレネドが、足を止めていた。

珍しく舗装された道を、普通に進んでいたときだった。走らずに歩んでいる。

ときどきすれ違う人たちがいて、彼らは決まって偉丈夫な男二人づれに目を見張り、そして彼らとは雰囲気を異なる背負われて同行するカルシィの存在に気がついて奇妙な顔をするのだ。


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