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夜の果てに  作者:
第三章
27/85

27.

世界がひんやりとした。

今まで鮮やかに美しかったものは輝きを失い、自分は一人ぼっち。

日差しが届かないベッドの上で横になっているときのように。部屋には誰もいない。

お母さんもお父さんも死んでしまったから。カルシィは一人ぼっちになってしまったから。

ロゼンに出会うまでの日常だった。ほんの少し前のカルシィを取り巻く現実。

子どもだからと、容赦してくれないもっとも厳しいものが、死だったのだ。

子どもでもわかっていた。両親が死んでしまったのに、平気で考えずにいられる者などいない。

呼吸が苦しくて、息ができないとベッドの上で藻掻くとき、いくら年若くたって無視していられるものではないはずだった。

死。

死ぬこと。

きっともうすぐ自分は死ぬのだ。

死んだらお父さんとお母さんのところにゆける?

そう考えても怖くて、嫌だった。

死ぬのは怖かった。

息ができなくて苦しくて、その先に死があるのだから、死ぬときはこれまで以上に苦しい目に合う気がする。そんなの怖くて、怖くて嫌だった。

死にたくない。

怖いから、生きていたい。生きていたい、生きていたい。

それはカルシィの強い願い、祈りだったはずだ。

「ゆっくり話をしよう」

レネドの穏やかな言葉に危うく、頷くところだったが寸でにカルシィは顎を横に振った。

「嫌、しない・・・」

「怪しくない。私はきみに非道いことはしない。それどころか、きみが話を聞かずこの男に連れ回されている方がもっと非道いことになると思うよ」

救いを求めるようにカルシィは首を回したが、ロゼンは無言で立ちつくしたままだった。

目は見えない。黒い髪の陰になって窺うことはできない。ロゼンからもカルシィを見られないのだろうか。

引き結んだ口元は、いくら見つめてもカルシィの助け船になることを言ってはくれなかった。

「ここは人通りが激しくて、騒々しい。空気も悪い。もっと静かなところで落ち着いて話をしよう」

ロゼンの代わりに、レネドの深い色の眼差しが間近にたたみ掛けるように迫って、カルシィは身体を竦めて小さくなって聞いた。

「・・・ロゼンも、一緒?」

「そうだね、まだ伝言も伝えていないからね、来て貰おう」

「・・・わたしも自分で歩けるよ・・・」

もう一度さりげなく解放を訴えてみる。

「無理などする必要はない。人間の多いこんなところには、居るだけで体力を消耗するんだから。ーーーまったく、考え無しは困るねえ」

カルシィを抱いたままで、レネドはちらりとロゼンに目を向けた。

蔑むような冷たい響きに、カルシィはロゼンの名誉のために慌てて言った。

「ロゼンは考え無しじゃないよ・・・わたしが来たいって言ったから、だから・・・」

「そうか。じゃあ、言い直そう。無知は困る」

「無知じゃっーーー」

一瞥を送って遮ったうえ、やんわりと

「彼だけのことじゃない、きみもだよ。もっと知っているべきだ。自分のことなんだから。・・・意味は、こうして彼と行動を共にしているんだ、少しは聞いているよね?」

カルシィが見つめる先で、レネドの両眼が一瞬、赤色に輝いて、すぐに戻った。

それはロゼンと同じ目で、人間よりも古い種族の一族という証だった。ロゼンと同族なのだ。

カルシィは混乱一歩手前の状況で悩み考えていた。

レネドは、子どもを温かく諭して導こうとしているような穏やかな表情でカルシィの返事を待っている。

この大人の男の言葉がこの場で一番正しいように思った。

出会ったばかりだけれど、レネドの前で、一番にロゼンを思っていても、もう言い返すことはできなかった。

「ーーーうん、わかった・・・話、聞く・・・」

カルシィが頷いて、レネドは笑顔を見せた。そして歩き出した。

街が人間が多くて空気が悪いと言ったレネドは、すみやかに街から出ようとしているのだとわかった。

ロゼンと似た、大柄でも太くはない、無駄な肉がないタイプの男だった。カルシィの体重を支えているのに、やはりなんでもないことのように軽やかに歩く。人を縫って、どんどんと進む。

心配になったカルシィが肩越しに確認して、ほっと息を吐いた。

数歩以上離れていたけれど、でもちゃんとロゼンはレネドの後を自分の方に歩いてきてくれていたから。




林や、岩陰で火を焚いて、野営をすることにもカルシィはずいぶん慣れてきていた。

冬を終えた季節なことと、雨ももうしばらくは少ない乾期であることが幸いしていた。

それに眠るときには、ありったけの毛布や外套などがカルシィに被せられるロゼンの心配りも嬉しかった。

ロゼンは昼間と同じ一枚だけでも平気そうだったけれど、空気の温度が変わる夕方になるとカルシィは少々しんどい。

顔色で見て取ったロゼンは早めに火を熾して、ちゃんと風除けになる場所もあてがっていた。

それでも鼻水を垂らしたカルシィを見つけた夜からは、怒ったロゼンの膝の上で眠った。

ロゼンに保たれていると温かかったけれど、地面の上の方が寝やすいし、ロゼンもきっと内心では迷惑と思っているだろうので、寒さが緩んだ三日目には丁寧に辞退させてもらったけれど。

だから、頭上の梢から、けたたましい声をあげる鳥がいきなり飛びだしても、もう結構、平気。茂みでがさごそいっていても大丈夫。ロゼンがいるから。

でも今夜は、違うことが一つ。

ロゼンがうるさいほど、カルシィの世話を焼かないのも、カルシィがなんか面白い話をしてとせがむ気持ちにならないのも、理由は一つだった。

レネドの存在だ。

ロゼンの代わりに野営の支度を仕切ったのもこの男だったのだから。

と言っても、レネドはカルシィを腕に抱いたまま離さずに、ロゼンに命令して、ロゼンは低く文句を言いながら動いたといった具合だった。

それでも世間に疎いカルシィでも気が付いていた。この場の支配者は、もうロゼンではない。レネドアード・アーヴィドだった。



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