23.
「街はまだ遠い?」
「ああ」
「もう近い?」
「ああ」
低い声で、またロゼンは意地悪を言うけれど、ロゼンの広い背中にしがみついているのも慣れたカルシィは、明るくこれくらいではめげない。
「もう近いんだ。そのあとはどこ行くの?」
「・・・」
「お肉を売りに行くんだよね!」
道中、少し街道を逸れて入った森のなかでロゼンが捕まえた野うさぎの肉である。
手際よく捌いて、野宿の焚き火を使って炙られたお肉はロゼンの肩の鞄の中に入っていて、位置的に近いカルシィの鼻腔を香ばしく擽っている。
ロゼンは最初、カルシィの前での野うさぎの処置を躊躇ったけれど、心配は無用だった。
予想に反して悲鳴を上げることもなく冷静に、むしろ興味深そうに最後まで見ていたカルシィには、ロゼンはへえと、感心したぐらいだった。
小さい女みたいに見えても、男なのだと。
「便利だよね、ロゼンの特異体質。目が光るだけじゃなくて、睨み付けたらうさぎ、動かなくなっちゃうなんて、凄い!無敵!いいなあ、わたしもできたらなあ」
ロゼンが野うさぎを捕まえたときの方法だった。
カルシィを背から下ろして身軽になったロゼンはざざっと下草の上を滑るようにはしってゆき、回り込んだうさぎの前でもう少しで手が届くというところで、狩りは終わった。それがどういうことか、せっついて聞いてみると
「蛇に睨まれたかえるが、動けなくなるって言うのと同じなんだろう。・・・たぶん」
本人もよくわかっていないらしいロゼンがそっぽを向きながら説明したが、カルシィには十分だった。
「大きい獣の迫力に負けて、うさぎが動けなくなっちゃうんだね!」
冷静を通りこしていて、最初に思ったようにカルシィはやはりちょっと変な部類かもしれないとロゼンは思った。普通、怯えると思ったからだ。
「ロゼンって、うさぎのお肉屋さんできるよね。本当に落ち着いたらやってみようよ。大きなうさぎは数羽、生け捕りにするの。できるよね。で、牧場みたいに増やすの。それはわたしにもできる。そうすればうさぎがいっぱい手に入る!」
この話でカルシィが盛り上がるのは二度目だった。
背中から細い腕をロゼンの首に伸ばし、耳元で楽しそうにくすぐったく、うさぎ計画を語る。
カルシィにとって大受けの、うさぎ。
だけどロゼンはふと感じる。
小さく非力で可愛らしげなうさぎ。
まるで、だ。言うならカルシィが小さいうさぎのようなものではないか。
そういうのは、平気なんだろうか。ロゼンなら、自分がうさぎでなくて良かったと安堵するだろう。
そして、他も考えた。じゃあ、こいつに野うさぎのように睨みが利いたらーーー。
思ってしまったことに慌ててロゼンは口を開いた。
「あんときはたまたま上手くいっただけだ。結構失敗して、逃げられるんだ。俺程度じゃ、うさぎ程度しか、効かねえし・・・」
「へえ、そうなの。じゃあ、狐とか鼬鼠や狸や、もっとお肉の多い熊さんとか、無理なんだね。残念」
本気で残念そうに言われて
「・・・おまえ、結構、イイ性格してんな・・・」
「ん?そんなことないよ」
眉間の皺から力具合が移動してロゼンの頬が強ばっている気がした。
でもそれがカルシィには嬉しくて、背中から乗り出した。
「おい、落ちるなよっ」
「うん、大丈夫だよ。うん、うさぎぐらいがお手頃で丁度いいから、ロゼン、無理だなんて気にしなくていいからね、ね!」
自分は今、お荷物に慰められているのだろうか。
「・・・ああ、わかった・・・」
引っかかりも感じたがなんだか少し嬉しくもあった。
カルシィの勢いに押されて答えたロゼンは、そのあと「おまえって、変なやつ」と喉まで出かけたが、がつんときた。
強烈に。
言葉は一瞬に一緒に噛み殺された。それでも殺しきれず、溢れたものが歯の間からこぼれた。
「———クソっ!」
いきなり飛びだした激しい言葉にカルシィは驚いて身を強ばらせた。
「・・・ロゼン・・・?」
ロゼンの顔を覗き込もうとすると、
「じっとしてろよ、何度言えばわかんだよっ、おまえは!」
ひどく強く怒られてーーー。
そのあとはロゼンは黙々だった。口を閉ざしロゼンはただ歩いた。
少し近寄れたと思っていたのに、またロゼンが遠くなっていた。
温かい穏やかな陽光が降りそそぐ街道を歩んでゆくロゼンは黒色の衣類という出で立ちだけでなく厳冬の雰囲気になってしまって、その背中のカルシィも寒い冬に凍えた小動物のように口を閉ざした。




