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夜の果てに  作者:
第二章
17/85

17.

欲しい物を取り扱う店がないと困ることになる。

でも一軒あれば、購入でいるようになり助かるのだ。

だから一軒あれば、事足りることなのに、大きい街とくると同じような品を売る店が何軒も立ち並んで、どこに入っていいんだか考えなくてはいけなくなる。

 損はしたくないと欲が出てきて、「買い物がめんどくさくなるので嫌いだ」とロゼンは子供でもわかるよう丁寧に説明してみたがカルシィは聞いていやしない。

「きれいな服を着た人がいっぱい!きれいな人がいっぱい!靴が細い!みんなお金持ちなんだね、宝石を身につけている人ばかりだ!ロゼンもわたしの持ってきたもの、首から下げたら格好いいんじゃない?」

 良い思い付きだとごそごそはじめるので、ロゼンは止めた。

「やめろ。おまえのは本物だろ。ここらのはみんな模造品だ、一緒にするんじゃねえ」」

「あ、そうなの?」

 レムの街並みは興奮させるものらしく、背中に置いていても身を乗りだしたりしてぐらぐらと落ちそうになるのでロゼンは気が気ではなかったが、そんなことに気を揉むのは半日ぐらいですんだ。

 午前中に街に入って、さんざん待たされたあとに一軒の食堂のテーブルに座った。

 時間がかかった挙げ句、それほど美味しくはない料理が他の街の三割り増しの値段を支払ったというのに、カルシィはいつも通りしか食べず、一・五人分をロゼンが食べることになった。ロゼンにとって、多すぎるという量ではなかったが「もう食べられない」と食べないことが気になるのだ。自分の分だとぺろっと食べてくれた方がよっぽどいいというものだ。

 そのあとはやはり背中に乗せて通りに出た。

 人間、慣れとは恐ろしいものだ。

 人の目があるなかで背負っている、背負われているということ状況に最初はカルシィ、ロゼンの二人ともが抵抗感を持っていた。けれど今では、すっかり平静でいられるようになっている。

 安心できる定位置になりつつあった。

 ロゼンには気が気でなくって到底、カルシィを横に連れて人混みなど歩けなかったし、カルシィにとっては現実的問題として、無理だろう。背中で乗っかっているだけで楽なはずでも、観光名所の大通りをロゼンに歩いて貰ってはしゃいでいたのもつかの間で、じきに言葉が減ってゆき、もう一区域も歩いたときにはぐったりとロゼンにもたれかかっている状態になっていた。

 苦しげな浅い息を繰り返している。

 でもロゼンにはひと言も、苦しいと苦痛を訴えることはしなかった。

 見かねたロゼンが、文句を言う前に休める場所を探すことにする。

 だから人が多いレムなどに来ることは最初から反対だったんだ!

 喉元まで込みあげている思いはぐっと我慢したのは、ロゼンの予想通りの展開だったが、だから本人も何も言いだせずに黙って堪えていると思えば多少は不憫な気持ちになってくる。

 言いたいことを言わずにいるためか、ロゼンも心も次第に憂鬱になってゆく。

 空き部屋の具合と料金の折り合いをつけた頃には、夕風が通りの熱気を冷やして、昼間は汗ばむほどだったのにずいぶんと涼しいと感じるようになっていた。

 それはどういうことを意味するか、カルシィだけでなくロゼンも自分のことのように想像がつくようになっていた。

 カルシィの喉が鳴る。

 冬の林を吹き抜ける木枯らしのようだった。

 気味の悪い音、ロゼンには出そうと思ったって出せるとは思えないような音だった。

 呼吸でなく、圧しころした苦鳴の往復だった。

 出会った最初の川原での発作よりもひどい咳がロゼンで背中で繰り返されていた。

「・・・おい、大丈夫か?」

 大丈夫だとは思えなかったのだけれど、ロゼンは他にどう言えばいいのかわからなかった。

「うん」

  嘘つきめと、とロゼンが目つきを険しくたとき、おずおずと続いた。

「・・・でもちょっと、しんどい・・・」

「ああ」

 声を出して一緒に口を突いた咳が収まったあと、涙目のカルシィが小さく聞いた。涙は泣いているのではなく、咳のために滲み出ていてものだった。全身を硬直させ振り絞るように続ける咳は体にとってそれほどに苦痛なのだと教えた。

「ねぇ・・・怒ってる・・・?」

「ああ、怒っているぞ」

 ロゼンは即答した。

「・・・うん・・・そう、だね・・・ごめん・・・」

「苦しくてももう少し我慢してろ。街が見た言っていったのは、おまえなんだからな」

「うん・・・わかって、るよ・・・」

 声は細く震えていたが、しっかりとカルシィは頷いた。

 一軒の宿屋をようやく見つけていた。

  宿屋の受付台では台帳に記入しなければならなかったが、カルシィを背負っているままのロゼンには少々書き辛かった。

 気が利く宿の係は、すぐに客に体調の悪そうな連れを下ろすための椅子を用意していたが、ロゼンはカルシィを椅子に下ろそうとはしなかった。ロゼンが記入するために腕を使う間自力でしがみついて、なんとか落ちるまえにロゼンの手が支えに戻ってきた。

 椅子じゃない。ロゼンこそがカルシィの体の苦しみを癒す薬なのだ。理屈を考える余裕も今はなかった。

 記入を終えたロゼンは階段を案内されて、三階まで登った。

 ここは大抵の街が比べものにならないような大陸屈指の華やかな街だったが、ロゼンの持ち金と値段の都合によって、前の街の宿屋よりずっと貧相な部屋だった。ベッドも床も狭い一人部屋の部屋だったが、それでも値段だけははるかに高いのだ。

 ロゼンはベッドに進むと静かに腰掛ける。

 そして、ゆっくりとカルシィを下ろした。

 眠ってしまっているのか、目を閉じたまま動かなかった。

 ただし最悪の想像だけはする必要はなかった。なぜなら苦しそうな呼吸音は大きく、はっきりと聞こえる。途絶えたりもしていないのだから。




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