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夜の果てに  作者:
第二章
15/85

15.

怒鳴ると泣きそう。

握ると潰れそう。

歩かせるとはぐれそう。

飯は小鳥ほどしか食べやしない。

ちっこい。

「ねえ、ねえっ、ロゼン。・・・何考えてるの?さっきからずっとだんまりだよ。怒っているの・・・わたしのこと?」

でも、ちょこちょことうるさい。結構、しゃべりだすとひとりで喋っている。おしゃべり。

「ねー!って」

「うるせえ」

「『うるさい』はないでしょ!そっちがひと言、短く聞いても無視して、返事しないからじゃないかあ」

「それに、手、放せ」

じろりと睨まれて、あはっと笑顔を浮かべたあとカルシィは細い手を、ロゼンの頬から離す。

細いが実に不遜な手だった。

ロゼンは確かに、考え事をしていたのでカルシィに答えず無視していたかもしれないが、普通、相手の顔を捉まえて自分の方を向かせるだろうか。

少なくてもロゼンはそんなことを思い付きもしないだろうが、カルシィはやる。

驚いた。ロゼンよりカルシィは少し体温の低いようで、触られたとき、まずひやっとして驚いて無防備になるのでつい、カルシィの意思のままに顔を持ってゆかれる。

間近に大きな瞳に覗き込まれることになって、さらにビクッとロゼンの背筋が震えることになるのだ。

「だって、ロゼン。目を開いたまんま寝てるんだもの」

「寝てねえ」

不服そうに唇を尖らすカルシィの様子に、はあ、とロゼンはわざとらしく一つ大きなため息を吐いたあとに言った。

「そもそも、おまえが飯を食い終わるのを待っているんだろうが、俺は。・・・まだ食ってねえじゃないかっ」

 草の上に広げた布の上に、いぜんとして昼食のパンと果物、乾し肉のどれもが消えずに残っていることに目を留めたロゼンがぱっと腕を伸ばすのはカルシィの銀色の頭。

 決まって逃げ損ねて、頭部を鷲掴みにされるカルシィが「うひゃう」と変な悲鳴をあげるのだ。

「もう、頭、持たないでよ!」

「俺はちゃんと食えと言っているんだ!」

「・・・だって、もうお腹いっぱいだよ・・・ロゼンの配る量が多すぎるんだよ・・・」

「俺と同じ量だ!」

 ロゼンは当然のように言うが、そこがそもそも間違っているとカルシィは言いたいのだけど言ってもロゼンは納得しないのでもう言わない。

 どうやらロゼンは、真面目に同じ量にすることを良しと思っているようだった。

 相手の食量を自分と比べて減らすことは、意地悪で感じの悪いことだと定まっているみたいで、だから毎回、カルシィには自分と同じように食べさせようとして、揉めるのだ。

「こんなことして遊んでいる暇があるならちゃんと食べろ」

 頭を揺らされながら

「もう、たべられない・・・」

 こんなやり取りももう三回目だった。

 小さな頃、自分だけが差を付けられ少ししか食べさせてもらえなかったとき、悔しかった思いがそうさせているのだが、さすがにロゼンも自分と同じ量をカルシィが食べられないことを解ってきているので、強く全部食べろとは言わないが、少なく分けることはできない。不器用なロゼンの優しさでもある。

「ったく、食わないからチビなんだぞ、おまえは」

「もうはち切れそうに食べたよぅ」

 胡座を組んでいた足を解いて、よっこらせ、と草の上から立ち上がったロゼンの横では、カルシィがぴょこんと動き出す。

 ロゼンが動き出したので出発の合図だった。

 よって量の多くて少々ハードな昼食もこれで終わりと、そそくさとどこか嬉しげに食べきれなかった物を丁寧に布に包んで、ロゼンの鞄に戻すのだ。

「ねえ。それでこのあとどうするの?“お里”から遠く離れるんでしょ。じゃあレムの街には行かないの?」

 レムは交易の要となる大きな街だった。北の山岳地帯に里があり、そこからカルシィは貴重なので捜しにやってくる者たちがあるだろうと、軽くロゼンから聞いていたので、カルシィも気になっていた。

 このまま道なりに歩いていったら、二日後ぐらいにはレムに着くことになる。道しるべの看板が教えてくれたのだ。

 レムの街。

 想像しただけでカルシィはワクワクしてくる大都だったけれど、北から少しでも離れることを第一に考えたら、途中で迎える分岐点で主道を南方に逸れてしまい草原を横切るという可能性も考えられる。そう考えると、ガックリだ。

 ロゼンは中身を詰め終えて口を縛った鞄を背中に担ぎあげた。そのなかで、物問いたげな視線を送ってくるカルシィにふっと目を落とした。

 この会話は二度目だった。道沿いに適当な木陰を見つけて昼食休憩に入る前にも尋ねられていた。そのときはロゼンは「考え中」と言ったきりはっきりとは答えなかったのだが。

 そうだ、カルシィはやたらレムを気にしているのだ。

「おまえ、レムに行きたいのか?」

 思いついて聞いてみると返事は、途端ににぱあと明るくなった表情で十分だろう。

「人が多くて、でかいだけで普通の街だぞ」

 ロゼンにはカルシィが目を輝かせる理由が理解できない。

「花の都、冒険の街、大陸の台所!わたしはまだ一度も行ったことないもん!」

「おまえみたいなの、踏みつぶされるぞ」

「ロゼンの背中に登っているよ!」

 はじめて腹を割って話し合ったアクシの街を出てからの変化で、カルシィは開きなおってロゼンの背中に大人しく乗るようになっていた。

 ロゼンは、追われていること気にしているので、自分だけが歩かずに甘えるよりもカルシィのペースでゆっくり歩いている方が悪いのかもしれないと考えたためだったけれど、カルシィの気兼ねがすべて無くなっているわけではないことをロゼンも感じている。

 それでも自分から背中に乗ってるからと言い出すほどレムに行きたいということなのだ。

「・・・いいけど。買いモンもあるし、レムに拠りたいって言うなら・・・」

「ロゼン、大好き!」

 むぎゅっとくっつかれるとロゼンは少々慌てるのだ。

「ふ、巫山戯るなよっ、そんなおだてには乗らんぞ!」

 しかめっ面になって言ってみたが、レムの街観光が現実になってはしゃぐカルシィは聞いていない。

「ロゼンって、時々、ちょっと優しいね!」

 ロゼンの腹部に腹に顔を埋めていたカルシィが顔を上げて感謝の想いを伝えたときには、すっかりロゼンの顔が赤らんでいた。

「どうしたの、ロゼン。顔が熱そうだよ!」

 目敏く気が付いたカルシィは心配そうに尋ねたが、その結果は。

「おまえがくっつくから熱いんだ!」

 目を剥いて怒鳴ったロゼンに、カルシィは引きはがされて草の上に、ころっと転がされてしまった。



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