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夜の果てに  作者:
第二章
12/85

12.

 正直なところ、ロゼンは戸惑っていた。

 途方もなく困っていた。カルシィのことだった。

 見つけて、嬉しかった。かなり嬉しかったのだ。これは本当だ。

 でもそれは「ざまあみろっ、ジジイ共っーーー」というな歪な喜びでもあったのだ。

 偉そうにカルシィに知っている知識を曝してみたが、ロゼンも本当はその程度しか知らなかった。

 知っていることは、もうほぼすべて話している。

 それはロゼンもこっそり盗み聞いた話で、よくわからないところは自分なりに考えて繋いでみて、一応ロゼンのなかで一本の筋が通りそうだから信じたことだった。

 妙なところはある。

 でも普通の人間だと思っていた自分が、化け物と呼ばれるような存在の端くれだったのだ。

 嘘だと叫んでも意味はなかった。ある種の物事は理屈ではなく事実として飲み込むしかないのだとそのときにロゼンは経験したのだ。

 そして、これは他人事。

 ロゼンが、おまえが年頃になったら、女に変わると言われても決して受け入れないだろうが、これは自分ではなくこいつの話———となれば、もう少し簡単に納得だってできるというものだ。

 だからロゼンのカルシィを連れる意味は、出し抜くことだったのだ。

 カルシィは、嫁さんを捜しているというロゼンに、それほど年も離れていなくて若いのに、と驚いたものだけれど実際のところ、ロゼンだって言葉の実感はまったくなかった。

「———若王はなにやら熱心に、彼の一族の生き残りはおらぬかと捜しているようだが、花嫁にでも迎えるつもりでおられるか」

 と聞いたから、花嫁という言葉を使っているのだ。

「男の花嫁か?」

 馬鹿な話を爺達がしていた。

「女に変わるのじゃ。問題はあるまい。なあにあの若王なら、男のままだろうとも問題なんぞないのかもしれぬぞ」

 老人たちの陰口だった。

 彼らは年老いて耳が遠いので声が大きい。そのとき少し離れた茂みのなかで隠れるついでに昼寝をしていたロゼンの耳に、二人の立ち話は十分に届いていた。

 正気を疑うような話に驚いたが、好奇心にそば耳を立てた。

 そのあとは、ひとしきり今時の若者はと老人特有の嘲笑がしばらく続いた。聞いていたロゼンは中傷相手が自分でなくても胸くそ悪くなってきて、もう止め。

 眠ってしまおうと目を閉じたとき、声はそれまでの調子をがらりと変えていた。

「しかしなあ・・・ともかくも、わしはそう反対ではないぞ」

 ひっそりと大事な思いを打ち明けるように。

 するともう一人の老人も静かに応じていた。

「ああ・・・わしもじゃ。砂漠から小さな粒を探し出そうというようなもんじゃが・・・見つかればいいと願っておる・・・」

 茂みを分けて覗いてみると、ガミガミと人の顔を見れば文句を言う口うるさい里の老体たちが、遠い昔を懐かしむ好々爺の表情になっていた。

 無敵な如き彼らにも無力な憐れ人のようにただ嘆き、求める物があるのだと知ったときは新鮮な驚きだった。

 だからそのときからロゼンは生きる目標が見つかったのだ。




 ロゼンは虎視眈々と時を重ね、里を抜け出した。

 自分らしく素直に生きてきたので、ロゼンはそれまでも何度かの脱走歴があったため、厳重に監視されている身だった。けれど、新たな目標のためには大人しくもなれた。

 そうして半年ほどの時間を掛けて緩みだした警戒の弛みをまんまと潜って成功し、今があるのだ。

 ロゼンにとって収容されていた里は苦手な場所だった。

 ロゼンよりももっと血の濃い強烈な存在が集まっていて、ロゼンなど半端物扱いだった。人間の匂いの方が強いぐらいだと馬鹿にされた。

 ロゼンを、何か自分たちとが違うと爪弾きにする人間達の社会は嫌いだったが、人間臭いと見下される里だってロゼンの居場所にはなりはしなかった。

 カルシィの話を聞いたのは、ならば自分には居る場所もないってことか、と苛つきを押さえられなくなっていた頃だった。

「西の都は近くに大きな森があるであの付近を当たってみることに意味はあるかもしれぬなあ」

 元来、じっくり留まって物事を考えるのは苦手なタイプのロゼンには、これで十分だった。

「東方の湖の近くは若王は捜したんじゃったな。あとは少々住みにくかろうが氷原の果てだと人間もおらぬから空気が臭くない。はてさて・・・。どこにしても、もしも存命であっても、我らの声を聞いてくれるかどうか・・・」

「姿を現してくれるか、じゃな」

 大きなため息が二つ重なって、ロゼンが聞いた話はこれで終わりだった。

 でも、これではっきりとロゼンが行きたいと思う場所ができた。目標もできた。

 若王が花嫁にしたいという奴をかっさらって、その横を居場所にすれば最高にイカした場所になりそうじゃないか!

 ———若王?

 知らない。

 ロゼンはその若王という男に会ったことはないのだ。

 いや、里に連れておられたとき引き合わされていたが、ロゼンは大人の手を振り払って自由になろうと必死に暴れていたのでその男のことはほとんど見ていない。

 数年前に、若王の祖父に当たる王が死んで代わりに里を統べるべく立ったのが若王で、若と言われるのだから若いのだろうけれどロゼンに比べればジジイだろう。

 そういえばぼんやりと大柄な者が謁見の部屋の奥の玉座に座っていたような気がする。

 でもやはり動くのも億劫なジジイなのだろう。ロゼンが一度、掴んでいた脇の男を振りきって空いていた方向、すなわち前方、王の方へ飛びだしたときにも動いた気配はなかった。

 二歩も進まないうちにすぐにロゼンは取り押さえられ、形ばかりの引き合わせは終わった。悪臭が臭うほどに汚れた餓鬼は浴場に放り込まれ、洗濯物よろしく女達に洗われた。

 余談だけれど、男達をさんざん手こずらせたロゼンだったけれど、「きれいになったらご飯をあげるから」の誘惑に負けて、女達には素直に体を任せて洗われたのだ。

 腹一杯ご飯を食べさせてもらえた。

 きれいな服も与えられた、眠る部屋も共同部屋だったが貰った。

 新しい世界、知らなかった世界はロゼンを一員として迎えようとしているのはわかったけれど、ロゼンにとっていくら野垂れようとしていても、彼を彼の意志に反して無理矢理連れてこられた場所だと言うことは譲れなかったのだ。

 譲れない枠の中に無理矢理押し込まれて、もうすべてに腹が立つ。

 ロゼンはただ餓鬼っぽく意地っ張りだということになるかもしれない。

 けれど、それまで一人でもなんとか生きてきたロゼンにとって自分を奮い立たしてきた誇りは重要なエネルギーなのだ。

 だから、抜け出した。

 押しつけられた世界から逃げ出してきた。

 規則、規律といろいろとがみがみ言われて窮屈で、うざったかった。

 その仕返しで、今度は奴らに一泡吹かせてやるのだとーーー。

 カルシィはその道具!

 自分が満足を得るための道具なだけのはずなのに、それは激しくロゼンを動揺させるのだ。




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