1.
ほのぼのファンタジーです。
ほんのり、ボーイズラブ風味です。
最後までつきあっていただけるとうれしいです。
空は燃えるように赤かった。
雲ひとつないきれいに晴れた日だったから、夕暮れもひとしおだった。
一日の最後の時間を迎える太陽は心に沁みるほどにまばゆい黄金色に輝いて、悲しい時間を華やかせていると、カルシィは思った。
明るい陽光が世界から消えてしまい、暗い夜がやってくるのだ。
真っ暗で明かりがなかったら周りも見えずに、小さく縮こまっていなくてはならない夜は、カルシィはとても嫌いだった。
夜は怖くて泣きたくなってくる。
一人ぼっちで苦しくてベッドで布団にもぐって、そうして息を殺していると、本当に呼吸も苦しくなってきてしまい、朝なんてもう来ないのではと思えてくるのだから。
このまま一人ぼっちで、真っ暗な部屋で自分はひっそりと消えてしまうのだ。
そしてずいぶんたった後、そういえばと誰かがカルシィを思い出して部屋を見に来ると、広い部屋の中で、ちっぽけなカルシィの姿は見つけられない。
「あら、どこか行ったのね」
そんな一言でその人は去ってゆき、カルシィはそのまま人から忘れ去られてゆくのだ。誰からも。
それが小さなころからカルシィの心に湧き、ずっと消えず今なお、わだかまっっている不安だった。
人に話したら、笑われるかもしれない。いやもしかすると、変な子だと今以上に、冷ややかな目を向けられることになるかもしれない話だろう。
だから、カルシィが誰かにこの話をしたことはなく、相談もできない恐怖心とすら、いえるような気持ちを毎日、抱えつづける。
そうして、またその“夜”がやってこようとしているのだ。
ふぅ・・・。
自然に込みあげたため息だった。
茜色の空が広がる穏やかな世界の、緩やかに街の中を流れる大河の河原。人はまばらな土手の中腹の草原に、ぽつんと小さく腰を下ろして、色を変える空とはなく、空を映して染まる川面となくぼんやりと眺めていたカルシィだったが、ため息と同時に気持ちを切り替えていた。
嫌だ嫌だと嘆いていても仕方がない。
あそこは嫌いと言っていても、他に行くところがないならどうしようもないだろう。
暗い夜に、知らないベッドもない場所で野宿するよりもはるかにマシというものだ。
などと控えめな表現でなく、野宿なんて全力で避けたいと思うのだから、やはり仕方がない。
「帰ろうか・・・」
ぽつと呟いたカルシィは、若草色の絨毯の上からお尻を上げた。
そうしてそのとき初めて気がついたのだ。
座っていた自分の後ろに、誰かがじっと立っていたことを。
黒い人だった。
肌が南方の出身の人のように黒いわけではない。肌は白い方なぐらいで、黒いと感じたのは黒髪と黒い衣服に身を包んでいるせいだと思った。
やわらかそうで少し癖がある黒い髪は男の頬、首までを覆っている。
背の高い身体は無駄のないびっちりとした黒の衣類で固めていて、ブーツまでも黒色だった。
大柄な男ーーー小柄なカルシィは相手の胸の位置ぐらいの身長しかない。しかし年は若くてまだ少年とも通じそうな、きかん気の強そうな、きつめの雰囲気の顔をした男にじろりと、振り返ったカルシィは睨まれていて・・・。
少々、怯んでしまっていた。
緑色の瞳だった。
緑色の意志の強そうな鋭い眼差しがカルシィを、たまたまではありえない眼力で、灰青色のカルシィの大き目の瞳をまっすぐと見ていたのだから。
「あの・・・」
それだけの言葉を干上がる喉から絞りだすだけでも必死だった。
「あの・・・わたしになにかご用ですか?」
「いいや、別に、これといって。見ていただけだ」
「・・・わたしを・・・?」
「ああ」
黒髪で背が高くて、目の鋭い男は大きめな口の端をニヤリと笑いの形に歪めていた。
用事はないけど、見ていただけ。
などというのは、ありなのだろうか・・・。
カルシィの疑問は顔に出ていたのだろう、男が口を開いた。
「おまえ、いつまでこんなところに座り込んでいるつもりなんだかと、見ていたんだ。女と間違われて攫われて、その後ぶら下がっているモンに、気づかれてブチ切れられるぞ」
大きく目を見開いて、驚いていた。
普段でも大きいと言われている灰青色の瞳をこれ以上ないほどに大きくして、言わずにはいられなかった。
「初対面の人だと、大抵、女の子だと思われるのに・・・すごい、あなたはちゃんと、わかるんだね!」
純粋な喜びに包まれて、小柄で顔立ちだけでなく声も柔らかく、少女のようなカルシィが色めき立っていた。
もうすぐ迎える誕生日で、カルシィも十六歳になるのだ。だから、そろそろ可愛いわ、女の子のようね、という言葉は、相手は褒め言葉のつもりであっても素直に喜べなくなってきているのだから。
もうすぐ十六歳の少年だった。
癖のない、色の薄い髪は銀色に近い。
男でも長くして背中で束ねるというスタイルはカルシィの育った階級では珍しいものではなかったけれど、それは男らしい広い背中があってこそ格好の良いものだと思っていた。お世辞にも発育の良いとはいえない同じ年頃の少年と比べて背の低い、痩せ細い自分では、女の子だという誤解を増やすだけだろうと、髪を長くするつもりはなかった。
けれど、最近体調が悪くベッドがちで切る機会に恵まれていなかったので、少々伸びて肩にかかるほどになっていた。
白い頬に優しい形の唇、細い鼻梁。
幼さか甘さか、よく言えば儚げな、美しい美少女だとい絶賛を集めるだろうが、いかんせん。カルシィの場合、虚弱なの空気を強く纏ってしまっていた。
現に、体調が悪い日々が続いていた。
このところ、日増しだと思っていた。
身体が重い。
呼吸が苦しい。
心臓が苦しい。
食欲は湧かない。
何かの切欠に、喉も肺も焼くような激しい咳が出て、体中の力が奪われていく。
でも今日は少し楽だったから。
動けるうちに動いて外に、部屋の外、館の外の街にもう一度出たいとこっそり抜け出してきたのだ。
夜になると怖いから。
そして、もう一つの理由として、夜になると咳がひどくなることが多いから。
空気が冷えだすせいだと思っている。カルシィに優しくない空気がカルシィの身体に入ってくると、もう駄目かもしれないと思うほど暴れる。でもかろうじて朝はやってきてくれる、そんな状態のなかにいた。
だから。早く帰らないと。
でもそんな心配事も一瞬忘れさせるほど強烈な男の人だった。
黒い人。
こういう雰囲気を以前どこかで知っている。
帰らないとと内心焦りながら、ああ、と気がついた。
以前もこんな風にこっそり部屋を抜け出して街に来たとき、物見小屋のテントの裏をそおっと覗いたことがある。
大きな木の箱の横に置かれていた檻だった。
太い鉄格子の中の小さな世界に憂鬱そうに寝そべっていた大きな獣。
漆黒の艶やかな毛並みの黒豹。
そう、黒い豹に似ているのだと感じていたのだ。
「おい、目開いたまんま、寝るな」
「寝、てないよっ」
檻の近くの桶にあった餌と思しき肉を檻の囚われ豹にあげようと試みたカルシィだったが、近づこうとしただけで低い唸り声を上げて檻に体当たりするように暴れだしたあの黒豹のように、怖い。
そして本当に可愛くない。
目を開けて寝るなどできるものかと、男の言い草に頬を膨らませて不機嫌になっていたカルシィだったが、からかう様な親しみさえ感じる響きだった。
「まあ、お前の場合、男でも女でもどっちでもあまり変わらないと思われそうだがな。俺自身、あんまりぶら下がっていても気にならなさそうだが。っていうか、本当の女は女王一人だから、お目にかかれるとは思っておらんさ」
歯に衣を着せないタイプの思い切った言葉をしゃべる人で、多少、下品だなあと感じていたが、それ以上にびっくり眼になったのは内容だろう。
この人、性格も少しおかしい、危ない人なのかも。
あまり関わっていない方がいいと即座に考えて、もう帰りますので、と丁寧にでも早口に挨拶をして横をすり抜けようとした。
すると、ブーツの長い足がカルシィの前でパッと動いた。まるで通せん坊をするようにだ。
そして、にやりと笑った。
「おまえ、カルシアラン・ルド。自己紹介ももまともに・・・ってまあ知っているが・・・人の名前、俺のことは何にも聞かないつもりかよ」
怒られているような勢いで、思わずごめんなさいと、謝りそうになっていたがそれはおかしい。
でも一応、黒い豹みたいなこの男に多少興味を引かれていたから。
「もう知ってらっしゃるみたいだけど」
皮肉を忘れずに口にした後で
「わたしは、カルシアラン・ルド・・・、あなたは・・・誰?」
そして
「なに?」
と、カルシィは警戒心もあらわな表情になって付け加えていた。
「どうして知っているの?わたしになにのご用ですか?」
「俺の名前はロゼン・ジャス。この街に来たのは嫁さんを捜しに」
「お嫁さん・・・?」
大柄だがロゼンと名乗った男はせいぜい二、三歳上ぐらいだと思っていたので、カルシィにはまだまったく考えてもいない内容に面食らってしまった。
けれで、驚くのはその先の方がはるかに大きかった。
「見つけた。やっと・・・」
嬉しそうに目を細めて言うものだから、つい深く考えもせず
「どういう人?」
ロゼンはにぃっと笑っていた。訊かれて得たりと、思ったのだろうそんな笑顔で
「おまえ」
カルシィは、気絶するのかと思うほどの眩暈だった。