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鬼の爪

作者: 須藤ハヤ

 それは古い古い昔話し。


 冷たい夜。鈴虫の声が響き渡る夜の闇に、その大きな鬼は現れやした。

辰雅は刀を抜いて、大きな鬼の背中に斬りかかったが。背後には幼い娘と嫁がそれは恐ろしそうに泣いておりやした。

鬼は強く、辰雅の刀は及ばずに折れ、その身体が真っ二つにされるのを、幼い娘は泣きながら見ておった。

 鬼の手が、母に向けられ、血が飛びやした。


 鬼は笑って言った。お前はわしの子を生むのだと。大きな金色の瞳を見開いて、笑いやした。


 娘の身体に爪を一つ残して、鬼は消えやしたが。娘が大きくなって、赤子を産むと。

幼い息子の額には、二本の小さな角がありやした。


――この昔話の続きを、私は知らない。

 寝る前にこの話しをしてくれていた祖父は、息子が生まれてからの続きを話してはくれなかった。きっと、角を持って生まれた赤子は、殺されてしまったのだろう。

幼い頃の私は、人の死に敏感に反応しては大泣きをする子供だった。だから祖父は、私に話の続きを聞かせてはくれなかったのだと、今は思う。

 祖父が亡くなって4年後、私は息子を出産したが、ある理由で共にいる事はできなかった。昔話の生まれた息子に角があったのなら、私の息子には、鬼の声があったのだ。私は、その声に心を失い、そして、最悪の行為を息子にしてしまった。

 そして、夫は息子を連れて出て行った。


――そうか、昔話の母親は、自身の息子を殺したんだ。

 暗く深い堀の中で、ぽつりと開いた小さな窓を見据えながらふと思った。そして、笑った。

世間ではこれを幼児虐待と言う。だが、昔話の世界なら、それは許されるのか。

 女は知らない。祖父が語らなかった、昔話の重要な結末を。


※昔話の結末は、こうだ。

 鬼の角を持つ息子は、それはそれは母親に可愛がられて育ちやした。しかし、村人たちはそれを許さなんだ。

 

 ある日の事。息子は川に釣りに行き、帰ってこなんだそうな。息子はそれから三日後、川の下流で発見されたそうだが。首が無かった。角のある首は、鬼の住む山に捨てられ、烏に喰われておりやした。


 母親は、心が壊れやした。そして、首を吊りやした。


――悲しい結末を祖父が話さなかったのは、鬼の角があっても、人を蔑まず見下さない人間にする為だという事に、結局女は気づかなかった。

 虐待した事を、子供のせいだと言い張って。自身を正当化しようとした。愚かで醜い人間に育った自身を可愛がり、そして暗い堀の中にいる。

見て見ぬふりは、できないのではないか?

 過ちを犯して、自身を正当化する事は、何よりも重い罪だ。

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