─Prologue─復讐劇
ーPrologueー
その場だけを囲むように真っ赤に広がる紅蓮の炎。幾つもの人々が山のように積み重なり、それに包まれている。生きていた、筈のそれは半分以上の物が足りていなかった。在るべきもの、それは、身体。内側の臓器ではなく、外側の肉体がまるで足りていなかった。
頭と身体が切り離されている物。下半身と上半身が裂け、内臓や腸が飛び出している物。四肢だけが失われている物。何かに食いちぎられたかのように肉片が消失している物。
他には、五体満足でも、この鼻を刺すような臭いにもがき苦しんだのか、自らの喉を掻き毟った物まで。
そんな物達が流した夥しい量の生臭い血がまた別の異臭と混ざりあい鼻を掠めた。
先程まで閉じ込められていた少年は、目の当たりにしたこの景色に嫌悪感を抱いたものの、不思議と気絶などと言う概念に襲われずにいる。
──もう、生きている者はいないのか?
そんな思考を抱えながら、悪臭と吐き気を催してくるこの空間を見渡せば、一人の影が見えた。肉片と化した物体の横を通り過ぎながらその人影の元へと近付いていく。
うずくまるそれは、無造作に伸ばされた髪を適当に結った小さな少女だった。赤に照らされる漆黒の髪が、熱によって起こされた不快な風に吹かれ、揺れる。
少年が近付けば、その光を点さない絶望の闇が向けられた。少年とよく似た、真っ黒な瞳。幼き少女と幼き少年は、とてもよく似ていた。
少年は少女に手を伸ばせばその薄汚れてしまった頬を撫で上げる。汚れを拭い取るかのように、何度も撫でた。
「…………おにいちゃん」
少女は、儚い瞳で泣きそうなのを堪える少年に、小さく口を開く。紡ぎ出された声は、空間には似合わずとても綺麗だった。
何日も聞かなかった、それ。閉じ込められる前から聞けなかったそれ。
少年は涙を抑え切ることは出来ずに涙を溢す。
「ウィン、グ……お、れ…俺の、ぅ、せいで……ひっく、…みんな……」
「ちがうよ、おにいちゃん」
「だけど、俺、が……ぅ、あいつらに、連れて、かれれ…ヒック、ば…」
「……そしたら、ここ以上にヒガイふえるから。だから、おにいちゃんをわたすわけにはいかないって、お父さんとお母さんが言ってた」
「ヒック、ぅ、ん……ウィングぅ…」
少年は、ウィングと呼んだ少女を、撫でていた手を背へと回して抱き締めた。嗚咽を上げ、鼻を啜る三つ年が上の兄を彼女はその頼りなく震える背を優しく撫でる。片目を隠すように伸ばされた前髪をかきあげて、こつん、と自分の額を兄のそれへと当てた。
大丈夫、私はいるよ。ここに
とでも言うかのように。
額を離せば、左目につけられた彼の眼帯をなぞり、そっと手を離す。周りに倒れる物体は、兄であるウィンド・カタストロフィの瞳を狙って来た物と、それを死守しようと立ち向かった物だと、幼いながらに二人は理解していた。
彼の瞳に、どんな能力があるから知らない。しかし、それは目覚めたのか今年の冬に、左目だけ色が変わってしまっていた。とても綺麗な群青の色だったとウィングは記憶している。噂によればウィングもそのようなものを称えていると聞く。
覚醒してしまったそれは広く知れ渡り、そして……今日のような残劇を引き起こしてしまった。
「……俺、どうしたら……いい、んだ…ろ」
「…きっと、しんではいけないと思う」
「じゃあ、それなら、また」
「同じようなヒゲキをおこさないようにかくれて生きてけば」
「……見つからないようにしないといけないね。もしかしたら、ウィングも覚醒してしまうかもしれない……ここで、死んだことにして、新しい名前で生きていけば…」
「だいじょうぶ、きっとばれないよ、おにいちゃん」
泣き止んだ少年は少しずつ沈静を見せ始める炎を見て、涙で歪んだまま、ウィングに笑いかける。そのせいか、顔が見えにくく暗くなってきたから余計に悲しく見えた。ウィンドは少女の手を取れば小さな歩みを始める。
もはや原型を留めてない肉片を横切りながら。再び涙を溢しながらも歩いていった。まるで背徳の場所から消え去るように。
その後、彼らが何処に消えたのか知る者はいなかった。
世界へと知れ渡ったこの残劇は「血の炎」と名付けられ、生存者は0、全て炎に焼かれ何も無くなったと言われている。