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見ざる言わざる聞こえざる

作者: 春口 仇
掲載日:2026/07/12

ある日突然、この世から音が消えた。


原因はいまだ不明。政府は対応に焦り、カルト集団は神を嘆き、人々は順応していった。


この現象により、世界に多くの影響を与えた。


ミュージシャンらは軒並み職を失った。音を生業としていた彼らには、とても大きな打撃だった。


戦争の真っ只中だったとある国には数十年ぶりに静寂が訪れた。


爆撃機の飛行音も、爆弾の破裂音も、銃の発砲音もすべてが消えた。


されど、人類が最も苦しんだことは紛れもなく、声だろう。


音がないということは、声が発せない。


人類は太古からコミュニケーションにより、発展を続けてきた。


されど、音が消えた今、人類史上最も異常な事態に人々は困惑し...なかった。


人々と面と向かってコミュニケーションを取っていた事は数百年前までだ。


現代では、電子機器の日進月歩の進化で、自宅にいながら会話や会議などができる。


声を発することは少なく、自分が打ち込んだ文字を送信すればそれだけで事足りる。


だが、こんな生活をしているのは若者のみだ。老人たちは、発達しすぎた電子機器に見下されている。


この国は極度的な少子高齢化が進んでいる。


40代以下は若者とされ、その比率は国民の30%をまもなく切る。


老人は当然のように働かず、年金の減少に文句を言い続けている。


そんな世界で僕は今、近年最注目の職業。小説家として、小説を書いている。


音がない世界で頼れるのは、視覚と触覚だ。


視覚のみで成立するエンタメの小説、漫画は今やエンタメの九割を占めていると言っても過言ではない。


僕がこの小説を執筆している部屋は、ずっと無音の空間だ。


すっかり慣れてしまったが、異様だ。


スマホを落としても、部屋を走っても、何も音がしない。


声も出ない。ただ、指を動かすだけだ。


音がない。音はない。音もない。音さえない。


眼の前のパソコンに集中し、小説を書く。


手が止まってしまった。イップス、か。気分転換をしよう。


まず、第一鍵穴の電子ロックを指紋認証で解除。そこに、電子チップが内蔵された鍵を差し込む。


第二鍵穴を顔認証で。第三鍵穴を総体認証で解除し、それぞれ鍵を差し込み、ドアを開ける。


マンションのロビーの自動ドアを通り、あたりを散歩する。


近年の猛暑は凄まじい。40℃を当然のように超え、50℃近くまで達する。


政府支給の、自動体温冷却器がなければ死んでしまうだろう。


周りの景色に目を配り、ゆっくりと歩を進める。


小鳥のさえずりなんてものは当然なく、足音さえも聞こえない。


無音の空間を僕だけがひとり歩いている。


ふと、道の脇に目が止まる。そこには地下へと続く階段があった。


どこか異常で、美しくて、飲み込まれそうになってしまうほど大きく口を開けたその穴を見つめる。


ふらり、と足が動く。その怪獣に呑み込まれる。


階段をゆっくりと降り、地下道に着いた。


薄暗く、埃っぽく、妖艶な匂いがした。


ぐるり、と周りを見渡し、そうっと足を動かす。


寂れた蛍光灯。剥がれかけのポスター。僕の手を引っ張る数々の脇道。


僕はぺろり、と舌なめずりをするように吟味して、道を進む。


突然、ぎゅうっ、と心臓が引き締まる思いをした。


止めようのない不安が押し寄せる。


波で削られる一枚岩のように、脳がすり減る。


後ろ?誰かいるのか?わからない。


足音が全く聞こえない。息遣いも。ここに今誰がいる?


振り向くしかないのか?いや、思い込み?


足が震える。早く抜け出そうとするが、言うことを聞かない。


呼吸が荒くなるのがわかる。首が絞められたように息苦しくなる。


この道はいつまで続く?あとどれくらい?いや、振り向くか。


でもでもでもでもでもでも...。


気の所為なことを確認したい。大丈夫逃げられる。


意を決し、首を動かす。


瞳孔を目一杯、右に寄せる。


まだ見えない。まだ見えない。まだ、まだ。


あと少し、あと少し。まだ、まだ。


見えるか?まだか?


首が完全に後ろを向いた。


目に映ったのは、


入口の階段に差し込む光だけだった。


ほっ、とため息を吐き、前を向き直す。


大男がいた。


僕のすぐ前に。


笑っていた。


大男が右手を動かした。


振り下ろされる。


その瞬間、僕は思い切り大男に頭突きをした。


ガツン、と頭に衝撃が走る。


うっ、とうめきそうになるが声が出ない。


大男はよろける様子もなく、右手を持ち上げたままだった。


もう一度、思い切り頭突きをする。


頭にまた衝撃が走る。


ただ、一回目とは比べ物にならないほど、強烈だ。


大男を見ると、右手に持っていたなにかが消えていた。


叫び声さえ上がらない。呻くことさえできない。口から出る赤い吐瀉物を見ることしか...。


大男が去っていく。


助けが呼べない。目が霞む。意識が...。死ぬ...のか?

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今日のニュース

今日午前10時ごろ、〇〇市の地下道で数十人の死体が発見された。


その多くは頭を損傷しており、頭蓋骨が凹んでいた。


壁には多数の血痕があったという。


中には壁に頭突きをしたような体勢のものもあったという。


専門家は、音がなくなったことによる精神ストレスで幻覚を見ていたのではないかと指摘している。


この精神ストレスによる幻覚の自殺は各地で跡を絶たず、新たな社会問題となっている。

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― 新着の感想 ―
ホラーっていうかパニックっぽい? 無音の世界でも適応出来る人間は上手く適応出来そうだね。
神からの贈り物か、はたまた悪魔が理を狂わせたか。 無音の世界。なかなかに魅力的な響きですね。 まあ、1つ個人的に重箱の隅をつつくなら、爆撃音が消えても爆撃そのものは可能だから順応した人々から成る軍隊…
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