恵方巻と僕のささやかな哲学
スーパーの鮮魚コーナーで、僕はしばらく立ち尽くしていた。
目の前には、3000円の恵方巻が鎮座している。
3000円の恵方巻というのは、なんだか、人生のどこかで読みかけのまま
置き忘れてきた分厚いハードカバーの小説みたいだ。
手に取るには、少しばかり覚悟がいる。
その恵方巻が、半額シールによって1500円になっている。
赤いシールは、まるで「ここから先は別の世界ですよ」と告げる通行証のようだ。
でも僕の手は動かない。いや、正確に言えば、動こうとした気配すらない。
1500円という数字は、僕の中のどこかにある小さな計算機を刺激しないのだ。
その計算機は、時々とんでもなく気まぐれで、僕の意思とは別のところで
勝手に判断を下す。
人はそこで気づくのだ。
「半額だから買う」のではなく
「半額になったときに、ようやく心が動く価格帯がある」ということに。
それは、恋愛におけるタイミングのようなものかもしれない。
どれだけ魅力的でも、心が動く瞬間は決して値札の数字だけで決まらない。
3000円が1500円になっても、僕の中では満場一致で「高い」という結論になる。
むしろ「この時期だけ原価の数倍にしているんじゃないか」という
どこか薄暗い路地裏のような疑念が頭をもたげてくる。
人間の感情というのは、時に古いジュークボックスみたいで
どの曲が流れるかは誰にも予測できない。
結局僕は、ほどよく売れ残り、ほどよく値下げされていた普通の恵方巻を選んだ。
元値780円が390円。
このくらいの数字になると、僕の中の計算機はようやく
「まあ、いいんじゃないか」と小さく頷く。
その頷きは、冬の終わりに吹く、少しだけ暖かい風のように控えめだが
確かに存在している。
家に帰ると、部屋の空気は外よりも少しだけ静かだった。
僕は恵方を向き、恵方巻にかじりつく。
願いごとをするつもりなんてなかったのに
ひとつだけ自然と浮かんでくる。
それは、まるで深い海の底からゆっくりと浮かび上がってきた泡のように
形を成していく。
「来年も、いい半額シールに出会えますように。」
僕はその願いを、誰にも聞こえないように、そっと飲み込んだ。
恵方巻の海苔が、少しだけ歯にくっついた。




