表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/52

第50話 『英雄譚の話が食い違いすぎて、結局ただの美味いシチューの話に落ち着いた記念祭の夜』

 街のあちこちで、色鮮やかな旗がはためいている。


 今日は一年に一度、この辺境の街が開拓されたことを祝う記念祭だ。お祭り騒ぎに浮かれた若手冒険者や市民たちで、「錆びた剣亭」の店内もいつもよりずっと賑やかだった。


 私、看板娘のミナは、両手に溢れんばかりのエールのジョッキを抱えて、テーブルの間を縫うように歩き回っていた。


「はい、お待たせしました! 追加の骨付き肉と、いつもの蒸留酒、それから果実酒ですね」


 店の奥、一番落ち着くカウンターの隅。そこは、うちの常連である三人の「生ける伝説」たちの指定席だ。

 私はジョッキを並べながら、ふと気になっていたことを口にしてみた。


「そういえば、ガンツさんたちは、もうずっと昔からこのお店に通ってくれてるんですよね。一番最初に来た日のことって、覚えてますか?」


 その素朴な疑問は、思いがけず三者三様の記憶の扉を開く合言葉になったらしい。


 ガンツさんが、骨付き肉を齧る手を止めて、豪快に笑った。


「おう、あれは何年前だったかな、いつだったかの『大ワイバーン』騒動の時だ! 空から降ってきたデカいトカゲの突進を、俺が大盾と筋肉の連動で真っ向から受け止めて、この街を救ってやったんだ。その帰りに、美味い匂いにつられてこの店に立ち寄ってやったのが始まりだぜ」

「……記憶が随分と美化されていますな、筋肉殿(ガンツ)


 隣でウイスキーのグラスを傾けていたゴドさんが、呆れたようにため息をついた。


「あなたが無駄に斧を振り回して『大ワイバーン』を追い立てたせいで、南の街区まで被害が拡大したのでしょう。私は当時、衛兵隊長として、あなたが壊した屋根や壁の事後処理と、賠償金の算出に追われていたのですよ。その激務の最中、胃痛に耐えかねて逃げ込んだのが、この店です」

「なんだと、石頭(おやじ)! 俺がいなきゃ、街は火の海だったぜ!」

「結果的にあなたが一番建物を壊していましたがね」


 二人がいつものようにいがみ合いを始める横で、フィスさんが薄笑いを浮かべて口を挟んだ。


「僕も偶然、あの日は街にいたんだよ。空飛ぶ大きなトカゲと、地上で暴れ回る猪の追いかけっこなんて、面白い見世物があると聞いてね。まあ、結局は大したことはなかったけど」


 もう古い、昔の出来事。どうやら、3人は同じ一つの大騒動の現場にいたらしい。

 ガンツさんのヒロイックな英雄譚、ゴドさんの冷静で胃が痛くなるような事後報告、フィスさんの皮肉な観察記録。


「昔の話をするのは嫌いじゃないよ。冷めきった記憶を温め直す(あたためなおす)のは、なかなか骨が折れるけどねぇ」


 フィスさんが独り言のように呟く。


「だけど、こうして互いの言い分がぶつかり合って、話が沸騰(ふっとう)していくのを見るのは愉快だ。まるで、いろんな感情がドロドロに煮詰まる(につまる)みたいでさ」


 キザな言い回しだけれど、なぜか厨房の方向から、ふわりと温かい空気が流れてきた気がした。


 3人の話は、見事なまでに食い違っていた。

 致命傷を与えたのは俺の斧だ、いや私が張った罠が効果的だった、いや僕が少し風を操って地面に落としただけだ……。

 誰の言い分が正しいのか、私には判断がつかない。たぶん、全員が少しずつ正しくて、少しずつ自分に都合よく記憶を盛っているのだろう。


 だけど、そんなバラバラな証言の中で、たった一つだけ完全に一致している事実があった。


「まあ、細かいことはどうでもいい。あの騒ぎの後、この店で初めて飲んだエールと、ガストンが出してきたシチュー。あれはとんでもなく美味かった」


 ガンツさんがそう言うと、ゴドさんも静かに頷いた。


「ええ。あの温かいスープのおかげで、私の胃に空いた穴が塞がったような気がしたものです。あれがなければ、私は隊長職を辞する前に過労で倒れていたでしょう」

「あのシチューの味だけは、僕も認めるよ。まあ、少しばかり僕が火加減を調整してあげたかもしれないけどねぇ」


 フィスさんが肩をすくめて笑う。

 戦いの後、偶然にも同じ酒場に立ち寄り、偶然にも隣り合った席で、同じ鍋の料理をつついた。それが、この厄介で頼もしい常連客たちの、関係性の始まり。

 なんだか、聞いてるこっちまで温かい気持ちになってくる。


 その時、無言で厨房から現れた父さんが、大きなどんぶりを三つ、ドンとカウンターに置いた。

 中に入っていたのは、ゴロゴロと大きな肉と野菜が煮込まれた、特製のビーフシチューだった。

 湯気と一緒に、たまらなく芳醇な香りが立ち上る。


「……これは、あの時の」


 ゴドさんが目を見開く。父さんは何も言わず、ただ「食え」とばかりに顎でしゃくった。

 母さんがレジの奥から、「記念祭の特別サービスですよ。ツケにはしませんから、安心してお食べなさい」と、珍しく本気で笑っていた。

 大昔の真実なんて、もはや藪の中だ。誰が英雄だったのかも、誰が一番建物を壊したのかも、今となってはどうでもいい。

 最高のシチューがあって、それを笑い合いながら囲む仲間がいる。きっかけなんて、なんだっていいじゃないか。


 私は、新しく注いだエールのジョッキを三人の前にドンと置いた。


「大昔のドタバタ劇と、変わらない最高のシチューに乾杯!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ