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第5話 『孫のような子供のために無茶をして、包帯姿で「かすり傷だ」と言い張る話』

 その夜、店のドアが勢いよく開いた。


「おう、ミナちゃん! エールだ、エール! 喉が渇いて死にそうだ!」


 入ってきたのは、いつもの三人組だ。

 先頭を歩く巨漢のガンツさんは、いつも通り豪快に笑っている。顔色も赤ら顔で、元気そのものだ。

 ……ただ一点、左腕から肩にかけて、真新しい白い包帯がグルグルに巻かれていることを除けば。


「ちょっとガンツさん、その腕どうしたのよ!? 大怪我じゃない!」


 私が驚いて尋ねると、彼は「あん?」と自分の肩を見た。


「ああ、これか。ちょいと茨の藪で擦りむいただけだ。気にするな」

「嘘をおっしゃい。茨があんなに深く肉を抉るものですか」


 隣で席に着いたゴドさんが、呆れたように補足する。


「まったく、無茶な男です。『碧毒蛇』の毒牙を筋肉で受け止めるなんて。毒が回らなかったのは、筋肉殿(ガンツ)が無駄に頑丈だからですよ」


 反対隣のフィスさんも、やれやれと肩をすくめた。


「全くだよ。おかげで僕のローブまで返り血で汚れちゃったじゃないか。ガンツから吹き出した血は、まるで間欠泉みたいだったからね。クリーニング代、請求するから」


 話を聞くと、事の発端は今日の昼間だったらしい。

 市場通りにある青果店『ポポロ』の子供が、珍しい熱病にかかって寝込んでしまったのだ。

 『ポポロ』は、うちの店もサラダ用の野菜なんかでお世話になっているお店だ。そこの店主夫婦と私たちは仲が良いけれど、ガンツさんもよく店先で野菜を齧らせてもらっていたらしい。


 その子が熱でうなされていると聞いた途端、ガンツさんは「特効薬の『月光苔』を取ってくる!」と血相を変えて飛び出したそうだ。


「だってよぉ、あいつと同じくらいの孫が、俺の田舎にもいるんだよ……。苦しんでるガキを見たら、体が勝手に動いちまってな」


 ガンツさんが照れくさそうに鼻をこする。

 湿地帯に生える苔を取る際、守護獣である大蛇に噛まれたらしいけれど、彼はそのまま力任せに蛇を振りほどき、苔を握りしめて帰ってきたという。


「で、その腕はちゃんと診てもらったの?」

「おう。いつもの『先生』の所に行ってきた」


 彼らが『先生』と呼ぶのは、街外れに住む若手の薬師だ。

 まだ三十代そこそこだが、かつて冒険者として挫折し、薬師に転向した男で、腕は確かだと聞く。この三人組が昔、何かと世話を焼いてやった縁で、今でも彼らの無茶な怪我を黙って治療してくれるらしい。


「あいつ、相変わらず愛想がねえな。俺が血だらけで行っても眉ひとつ動かさず、『……縫いますね』の一言だけでブスブス針を通しやがった」


「それがプロの仕事というものです。余計な心配も説教もしない。迅速に傷を塞ぎ、必要な薬を渡す。彼のような職人を、私は評価していますよ」


 ゴドさんが満足げに頷く。

 高価なポーションなんて便利な魔法の薬は、この辺境にはめったに出回らない。

 頼りになるのは、確かな縫合技術と、的確な薬草の処方。そして何より、冒険者自身の「死んでも死なない生命力」だ。


「そうそう。隊長(たいちょー)なんて、治療を見てるだけで顔を青くしてたけどね。まあ、あの『先生』の手際は、流れる小川のようにスムーズだったけど」


 フィスさんが茶化すと、ゴドさんは「ふん」と顔を背けた。


「ま、おかげですっかり元通りだ! ガハハ!」


 ガンツさんは包帯を巻いた方の腕で、重たいジョッキを持ち上げて見せた。

 傷口が開きそうでこっちがヒヤヒヤするけれど、本人は痛みを感じていないのか、あるいは麻痺しているのか。本当に頑丈な人だ。


 コトッ。


 そこへ、父さんが無言で新しい皿を置いた。

 『レバーのパテと、焼きリンゴ』。

 滋養強壮と、熱冷ましの効果がある組み合わせだ。


「……ポポロから、差し入れ」


 父さんが短く告げる。

 どうやら、子供の熱が下がったと報告に来てくれた時に、置いていったものらしい。父さんも、これをガンツさんに出すために綺麗に盛り付け直してくれたんだ。


「へっ、余計な気遣いしやがって。……まあ、もらうもんはもらうがな」


 ガンツさんが嬉しそうにフォークを伸ばし、パテをたっぷりとパンに塗る。

 

「子供の笑顔と、美味い酒。今日の報酬はそれで十分だねぇ」

「割に合わない仕事ですが……まあ、たまには悪くありません」


 フィスさんとゴドさんも、何も言わずに自分のグラスを掲げた。

 いつもは「金にならない仕事はしない」なんて言っているくせに、ガンツさんが飛び出した時、真っ先に武器を持って追いかけたのはこの二人だってこと、私は知っている。


「ミナちゃん、おかわり! 今日は血が減った分、酒で補給しねえとな!」

「はいはい。でも、酔っ払って包帯を解いたりしないでよ?」


 私は今日一番の笑顔で、新しい樽の栓を開けた。

 包帯だらけの腕でジョッキを煽るその姿は、どんな英雄よりもタフで、人間臭くて、やっぱりちょっとカッコよかった。

 まるで、雨上がりの空にかかる虹のように、晴れやかな顔をしている。


「……無償の優しさと、頑丈すぎる常連客たちに乾杯」

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