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第48話 『セコい呪いの農具を直すついでに、畑を全自動化して巨大野菜の山を築いた話』

 グラスの底で揺れるワインの紅は、いつ見ても美しい。


 (ボク)がその静かな水面を眺めていると、酒場の扉が開いて、市場の青果店主ポポロと、斡旋所長のバーンが連れ立って入ってきた。二人とも、ひどく困り果てた顔をしている。


「ガンツさん、ゴドさん、フィスさん。聞いてくださいよ。取引先の農村から、野菜がパッタリ届かなくなっちまったんです」


 ポポロが頭を抱えながらテーブルに身を乗り出した。


「村の連中が言うには、どうにも最近、買ったばかりの農具が次々と壊れるらしいんだ。修理してもすぐ別の場所が折れるもんで、畑仕事が全く進まないって嘆いてて……」

「というわけでだ! 君たちベテランに、村の様子見と、ちょっとした力仕事の依頼をお願いしたい!」


 バーン所長が熱血漢らしい大声で締めくくった。

 隊長(たいちょー)がピート香の強いウイスキーを舐めながら、片眉を上げる。


「農具の連続破損、ですか。集団的な使い方の間違いか、あるいは粗悪な鉄を売りつけられたか……どちらにせよ、専門外ですな」

「まあまあ。野菜が足りなくなったら、ガンツの痛風疑惑がまた再発するかもしれないからねぇ。少し散歩がてら、手伝いに行こうじゃないか」


 (ボク)がそう言うと、ガンツは「俺の足は健康そのものだ!」と怒鳴りながらも、大盾と斧を背負って立ち上がった。


 ◇


 村に到着し、問題の農具の山を見せてもらった。

 ガンツが一本の鍬を手に取り、軽く地面に振り下ろす。すると、刃の根元からポロリと不自然に折れてしまった。


「なんだこりゃ。俺の筋肉が強すぎるのか?」

「違いますよ、ガンツ。ほら、断面を見てみなさい。錆の進行が局所的で、意図的に強度を落とすような削り痕すらある。だが、それだけじゃない……」


 隊長(たいちょー)が折れた断面を指先でなぞりながら、鋭い視線を(ボク)に向けた。彼には見えない領域の「細工」に気づいたようだ。

 (ボク)は薄笑いを浮かべたまま、折れた鍬の柄を拾い上げた。


 ……なるほどね。実に、美しくない。


 柄と刃の接合部に、素人には絶対に見えない微弱な術式が刻まれていた。土の湿気に反応して急速に鉄を腐食させる、粗悪で安っぽい付与魔術だ。意図的に耐久度を下げ、農民たちに何度も新しい農具を買い替えさせるための、セコい悪徳商法というわけだ。

 こういう小市民の生活をちまちまと削り取るような「悪意」は、(ボク)の美学に著しく反する。


「やれやれ。こんな下らない悪意が、純朴な村に深く根を張る(ねをはる)なんて、見過ごせないねぇ」


 (ボク)は独り言のように呟きながら、足元に積まれた農具の山を見下ろした。


「汗水垂らした農民たちの努力が、ちゃんと豊かな実を結ぶ(みをむすぶ)ようにしてあげないと。さあ、枯れかけた土にもう一度、力強い生命が芽吹く(めぶく)時間だよ」


 言葉の枝葉(えだは)が伸び、魔力が十分に練り上がるのを感じる。

 (ボク)は片手で杖を軽く地面に突き立て、指を鳴らした。

 まずは、小賢しい術式をきれいさっぱり消し去る<解呪>。そして、ほんの少しの「お節介」として、対象に無尽蔵の活力を与える<活性>と、大地そのものを豊穣に染める<祝福>を同時に解き放った。


 その瞬間、積み上げられていた農具たちが、まるで意志を持ったように淡い緑色の光を帯びて震え出した。


「お、おい! 細いの(もやし)、何をした!?」


 ガンツが目を丸くして後ずさる。

 折れていた鍬の刃が勝手にくっついたかと思うと、農具たちはふわりと宙に浮き上がり、勝手に畑へと飛んでいった。そして、目にも止まらぬ速さで土を耕し始めたではないか。


 さらに、<祝福>を受けた黒土からは、先ほど蒔かれたばかりの種が一瞬で芽を出し、信じられない速度で成長していく。


「……効率的ではありますが。少々、やりすぎではありませんか?」


 隊長(たいちょー)が呆れたようにため息をついた。


「いいじゃないか。これで野菜不足も解消さ」


 (ボク)は、勝手に踊るように畑を耕す農具たちを眺めながら、満足げに笑った。


 ◇


 夜、「錆びた剣亭」のカウンターには、信じられない光景が広がっていた。


 ガストンの手元には、大人の太ももほどもある巨大なセロリや、赤ん坊の頭よりでかいトマトが山積みにされている。ポポロの店に納品された、規格外の大豊作野菜たちだ。

 無口な店主は、伝説級の蟹割り包丁を軽快に振るい、巨大野菜を次々と美味そうなサラダや煮込み料理に変えていく。


「はっはっは! あの村の土は、筋肉みたいにパンパンに張ってたからな! 美味え野菜が育つわけだ!」


 事情を全く分かっていないガンツが、山盛りのサラダを豪快に頬張っている。

 隊長(たいちょー)は「市場の価格破壊が起きなければいいのですが」と眉間を揉んでいるが、新鮮な野菜をつまむ手は止まらない。

 (ボク)は、いつもよりずっと安くて量の多い野菜のマリネを肴に、ワインのグラスを掲げた。


 悪徳商人は今頃、自分たちが売った農具が「絶対に壊れない魔法の道具」になり、二度と注文が来なくなったことに首を傾げているだろう。


「勝手に踊る農具たちと、安くなった山盛りのサラダに乾杯!」


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