第41話 『自分たちで作ったクレーターが魔獣の巣になったので、泥水ごと岩で埋め立ててきた話』
のどが、焼ける。
いや、のどだけじゃねえ。肺の裏側から指の先まで、身体中の水分が全部どっかにいっちまったみてえな気分だ。
先日の『巨大カビ粘菌』退治で、隣の細いのがぶっ放した<強力除湿>のせいだ。魔獣は干からびて粉になったが、俺たちまでミイラ一歩手前まで絞られた。
「ガストン、おかわりだ。一番でかいジョッキで持ってきてくれ」
カウンターに空の木筒を叩きつける。
無口な店主は、黙ってキンキンに冷えたエールの樽から琥珀色の液体を注いだ。表面を覆う白い泡が、今の俺には救いの神の光に見えるぜ。
「……飲み過ぎですよ、筋肉殿。先日の乾燥ダメージは理解しますが、節制という言葉を辞書から消したのですか」
隣で石頭……ゴドの野郎が、ちびちびと泥炭の香りがするウイスキーを舐めながら呆れた声を出しやがる。
「うるせえ。俺の筋肉が水を欲しがってるんだよ。お前こそ、その焦げ臭い酒で胃が焼けねえのかよ」
「これは消毒です。精神的な疲労に対するね」
ゴドは鼻を鳴らし、反対側に座るエルフに視線を向けた。
フィス……その細いのは、自分だけ結界で潤いを保っていたらしく、涼しい顔で果実酒を転がしている。
「まあまあ。水も滴るいい男っていうだろう? 今のガンツは、どっちかっていうと干し肉に近いけどねぇ」
「誰が食いもんだ、コラ」
そんな馬鹿話をしていた時だ。酒場の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、顔を真っ赤にして息を切らした斡旋所の所長、バーンだった。
◇
「大変だ! 君たち、聞いてくれ!」
バーンが俺たちのテーブルに駆け寄ってくる。この熱血漢が来るときは、大抵ろくでもない話だ。
「北の採石場へ続く街道に、正体不明の『毒沼』が出現したんだ! そこから湧き出した『毒泥吐きザリガニ』の群れが、商人の馬車を足止めしている。つい先日まで、あそこはただの更地だったはずなんだが……」
俺とゴド、そしてフィスの動きがピタリと止まった。
北の採石場への道。更地。
数日前、俺とフィスが『岩石ヤドカリ』をどっちが遠くまで投げ飛ばせるか競い合って、地形が変わるほどのクレーターをいくつも作った場所だ。
「……ほう。毒沼、ですか。それは奇遇ですねぇ」
ゴドの声が一段と低くなった。目が笑ってねえ。
「昨夜の豪雨で、あのクレーターに水が溜まったんだな……」
俺はエールを飲み干し、天を仰いだ。
クレーターを作ったのは俺たちだ。そこに雨が溜まって、湿気を好む『毒泥吐きザリガニ』がどこからか引っ越してきた。完全に自作自演の尻拭いじゃねえか。
「よし、分かった。バーン、その依頼、俺たちが受けてやる」
「おお、受けてくれるか! さすがは街のベテランだ、頼りにしてるよ!」
キラキラした目で感謝するバーンに、俺たちはいたたまれない気持ちになりながら、こっそりと「錆びた剣亭」を後にした。
◇
現場は、想像以上にひどい有り様だった。
俺たちがフリスビーのごとく岩を投げ合って作った巨大な穴は、茶褐色の泥水で満たされていた。そこから、大人の胴体ほどもある『毒泥吐きザリガニ』どもが、ハサミを振りかざしてブツブツと毒の泥を吐き散らしている。
「……実に、美しくない光景ですね。私の計算では、ここは自然に平坦化するはずだったのですが」
ゴドが額を押さえてため息をつく。
「いいじゃないか。のどが干からびるほど暑い日の後は、こういう砂漠に現れたオアシスを楽しむべきだよ。まあ、ちょっと潤いが過剰で、泥臭いのが難点だけどねぇ」
フィスがひらひらと手を振りながら、キザな言い回しを並べ立てる。
こいつがこういう喋り方をする時は、もう魔法の準備を始めてる合図だ。
「能書きはいい! 泥水なんて見ているだけで、俺ののどがまた乾いてくるぜ!」
俺は大盾を構え、泥沼の縁に転がっていた巨岩に肩をかけた。
「どけ、ザリガニども! その沼ごと埋め立ててやる!」
背筋に力を込め、数トンはある岩を持ち上げる。足腰が悲鳴を上げるが、エールで補給したエネルギーが筋肉に火をつけた。
「ふんぬっ……!」
投げ飛ばした岩が、沼のど真ん中に着弾する。
水しぶきと泥が舞い上がり、ザリガニの悲鳴が響く。だが、一匹や二匹潰したところで、沼が消えるわけじゃねえ。
「フィス、やれ!」
「了解。少しばかり、お肌の乾燥に注意してね。<脱水>」
フィスが指を鳴らす。
その瞬間、沼を満たしていた泥水が、まるで魔法のスポンジに吸い込まれるように一気に消滅した。立ち上る蒸気と共に、ザリガニどもが濡れた床から放り出された魚みたいにのたうち回る。
「さて、汚れるのは嫌いですが……仕事ですからな」
ゴドが影のように動いた。
水気を失って動きが鈍くなった『毒泥吐きザリガニ』の懐に飛び込むと、その硬いハサミの付け根を素手で掴み、テコの原理でパキリと外していく。
「無駄な抵抗はやめなさい。関節の構造は、ドワーフの工芸品より単純ですから」
一匹、また一匹と、ゴドの手によって物理的に「武装解除」されていくザリガニども。
俺は仕上げとばかりに、周囲の土砂を足で蹴り込み、フィスが乾かした穴を埋めていった。
「筋肉は、土木作業でも裏切らねえんだよ!」
最後の一揉みで地面を平らに踏み固める。
そこにはもう、沼もクレーターもなかった。ただ、前よりも少しだけ整地された、歩きやすい街道が伸びているだけだ。
◇
夜。
「錆びた剣亭」に戻った俺たちは、今日一番の贅沢を味わっていた。
ガストンが出してきたのは、大皿に盛られた『毒泥吐きザリガニ』の塩茹でだ。毒を抜いて適切に処理された身は、驚くほど甘くてぷりぷりしている。
「ふぅ、やっぱり仕事の後のエールは、五臓六腑に染み渡るぜ」
俺は黄金の液体を喉に流し込み、大きく息を吐いた。
「自作自演の埋め立て工事としては、なかなかの出来栄えでしたね。街道も通りやすくなったと、御者たちも喜ぶでしょう」
ゴドが満足げにザリガニの脚を剥いている。
「名無しの英雄ってやつだねぇ。まあ、誰も僕たちが犯人だとは気づいていないし、結果オーライさ」
フィスが笑いながらワインを傾ける。
バーン所長は、俺たちが「謎の超常現象」を解決したと信じ込んで、報酬に色をつけてくれた。おかげで、今夜の飲み代は浮いたってわけだ。
泥臭い仕事だったが、その後の酒が美味けりゃ、全部笑い話になる。
俺は再びジョッキを掲げ、仲間の顔を見回した。
「よおし、筋肉の回復と、平らになった街道に乾杯!」




