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第38話 『親父の包丁を直すために神話級の炎を呼んだら、水車小屋ごと消し炭になりかけた話』

 うちの店、「錆びた剣亭」の厨房は、いつも父さんの静かな、でも絶対的な支配下にあります。


 その父さんが、今朝はひどく不機嫌でした。長年愛用している黒打ちの包丁の刃が、ほんの少しだけ欠けていたのです。


「……ボルドのところへ行く」


 父さんがぽつりと呟いたので、私も付き添うことになりました。なぜか、カウンターで朝からエールを舐めていたガンツさん、ゴドさん、フィスさんの三人組も「暇だしのう」とぞろぞろついてきちゃいました。


 街外れの水車小屋。鍛冶職人のボルドさんは、父さんの包丁を光にかざして、ひゅうっと口笛を吹きました。


「おいおい、こいつはただの鋼じゃねえぞ。竜の牙か、空から落ちてきた隕鉄(いんてつ)か……どっちにしろ、うちの炉の並の火力じゃあ、溶かすどころか赤めることすらできやしねえ」


 職人のお手上げ宣言に、父さんの眉間がさらに険しくなります。


 そこへ、ひょいっとしゃしゃり出たのがフィスさんでした。


「おや、ただの薪の火では機嫌を直してくれないようだね。ならば、はるか天空の星の瞬きを呼び覚まし、太陽の産声で目を覚まさせるような、紅蓮のゆりかごを用意してあげようじゃないか」


 フィスさんが細い杖で炉の底をコンと叩いた瞬間でした。


 ごうっ、という鼓膜を破りそうな音と共に、炉の中に<極大点火>の青白い炎が吹き上がったのです。


「うおおおっ!? なんだこのふざけた熱さは!」


 ボルドさんが悲鳴を上げますが、鍛冶屋の魂に火がついたのか、すぐさま上着を脱ぎ捨てて上半身裸になりました。


 水車小屋の屋根から煙が噴き出し、小屋全体が燃え上がりそうな異常な熱気の中、黙示録みたいな光景が始まりました。


 父さんは腕を組み、無言のまま恐ろしい殺気をボルドさんにぶつけます。「もっと薄く」「重心は柄へ」という言葉なき指示が、空気の重さと目の圧力だけで伝わってくるようでした。


 ガンツさんが「おお、さすがボルド、いい筋肉してやがる」と感心し、ゴドさんが「類焼したら賠償金は誰が払うのですか」と頭を抱える横で、私はただ熱風から顔を庇うしかありませんでした。


 ◇


 やがて、カン、カン、という澄んだ鉄槌の音が止み……その日の夜。


 営業前の厨房で、父さんは仕上がったばかりの包丁を構えていました。刃から発せられる覇気は、空間そのものを切り裂いてしまいそうなほど鋭く、恐ろしい冷気を放っています。


 伝説級の素材を、神話級の炎と鉄槌で鍛え上げた、まさに魔剣と呼ぶにふさわしい一本。


 父さんはその恐ろしい包丁を振り下ろし……まな板の上の、スープの出汁をとるための大きな蟹の甲羅を、無表情でパキィンと真っ二つに割りました。


 そのまま手首を返し、見事な手際で身と味噌を掻き出していきます。


「……父さん、それだけのためにあんな大騒ぎを?」


「最高の道具は、最高の飯のためにある。それだけだ」


 父さんは短く呟くと、蟹を鍋に放り込みました。


 カウンターでは、三人の冒険者さんたちが、その出来立ての蟹のビスクを美味しそうにすすっています。職人たちのプライドと、とんでもない魔法の無駄遣いが生み出した最高の一皿。呆れてしまいますが、匂いを嗅ぐとお腹が鳴ってしまいました。


「空間を切り裂く包丁と、絶品のビスクに乾杯!」


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