第33話 『古井戸の底で鉄の蜘蛛と踊り、重たい杖で肩凝りならぬ装甲をほぐしてやった話』
安いワインというのは、どうしてこうも鉄の味がするんだろうね。
けれど今夜に限っては、その血のような鉄臭さが、心地よい余韻となって体に染み渡る。
「……ふぅ。泥の味がするぜ」
隣でガンツが、顔についた煤を拭いもせずにエールを煽っている。
「全くですな。古代の職人は、もう少しメンテナンスのしやすさを考慮すべきでした」
隊長もまた、油まみれの手でナッツを摘んでいる。
僕はグラスを揺らし、二人の横顔を眺める。
かつてなら、僕は全てを一人で灰にしていたかもしれない。けれど今は、この泥臭い連帯感が悪くないと思っている自分がいる。
事の始まりは、街の古井戸から響く不気味な地鳴りだった。
◇
井戸の底は、予想通りだったよ。
地下水脈の先、崩れたレンガの向こう側に、古代文明の忘れ物が眠っていた。兵器庫だ。
そして、侵入者を排除するために起動したのが、あの『多脚戦車』だった。
六本の多関節脚に、ドーム状の装甲。赤く明滅する単眼。錆び一つないボディは、ここが墓場であることを忘れさせるほどの威圧感を放っていた。
「……おいおい、ずいぶんとデカい鉄屑だな」
ガンツが斧を構える。
「機動兵器ですな。正面突破は無謀ですよ」
隊長が冷静に分析する。
次の瞬間、鋼鉄の脚が槍のように突き出された。速い。
だが、ガンツは既に動いていた。
「重てえな、こいつは!」
火花が散る。ガンツは大盾を斜めに構え、数トンはあるだろう鉄塊の一撃を、全身の筋肉と骨格をクッションにして受け止めた。地面が陥没し、彼のブーツが泥に沈む。
普通なら挽肉になっているところだ。相変わらず、呆れるほど頑丈だね。
その一瞬の硬直を、隊長は見逃さない。
「おやおや、関節が錆び付いているようですね。滑りを良くして差し上げましょう」
影のように懐に潜り込み、駆動部に小瓶の中身をぶちまける。例の『特製潤滑油』だ。
ギギッ、と嫌な音がして、戦車の姿勢が崩れた。摩擦を失った脚が、無様に滑る。
好機だ。
僕は杖を提げ、ゆっくりと歩み出る。
「やれやれ。随分と荷が重い相手だね」
僕は小さく呟く。言葉に乗せた魔力を、杖の先端へと流し込む。
戦車の単眼が僕を捉える。だが、体勢を崩した鉄の塊は、ただの的でしかない。
「そんなに重圧をかけないで欲しいものだよ。年寄りの骨には響く」
杖が、ずしりと手の中で質量を増していく。
僕は滑るように踏み込み、無防備になった装甲の継ぎ目、動力パイプが集中する一点を見据えた。
「さあ、その肩の重荷を下ろして、眠りたまえ」
僕は杖を振りかぶる。
見た目はただの木の杖。けれど今、そこには小山一つ分ほどの質量が圧縮されている。魔法による<質量付与>だ。
音はしなかった。
ただ、湿った空気を押し潰すような圧力が走り――。
ドォォォォン!!
轟音と共に、杖の先端が鋼鉄の装甲を紙のように食い破った。
爆発ではない。純粋な物理的破壊。
数トンの衝撃を一点に叩き込まれた戦車は、中枢を粉砕され、火花を散らして沈黙した。
「……へっ、相変わらずいい音させやがる」
ガンツが盾を下ろし、ニヤリと笑う。
「精密動作性A、破壊力A。素晴らしい『修理』でしたな、フィス君」
隊長がゴーグルを直しながら皮肉を言う。
僕は重さを失った杖をくるりと回し、肩に乗せた。
「ただの杖だよ。少し、当たり所が良かっただけさ」
◇
鉄の味がするワインを飲み干し、僕はふうと息を吐く。
若い頃なら、あんなガラクタ、<極大雷撃>で跡形もなく消し飛ばしていただろう。
けれど、そうすれば井戸は崩落し、僕らは生き埋めになっていたかもしれない。
必要な時に、必要なだけの力を、仲間の作った隙に叩き込む。
こういう戦い方も、悪くない。
「おい、細いの。肉が焼けたぞ」
「フィス君、君の分も取り分けておきましたよ」
目の前に差し出された皿には、焦げ目のついたソーセージ。
僕は苦笑しながら、グラスを掲げた。
かつての栄光よりも、今のこの泥臭い安らぎの方が、今の僕には美味しく感じるらしい。
「……古びた井戸の底で眠る鉄屑と、錆びつくことを知らない我々の連携に乾杯」




