第31話 『火竜の噂を信じた馬鹿が、回転するテーブル板に弾き飛ばされた話』
琥珀色の液体が喉を通り過ぎる瞬間、俺は生きている実感を覚える。
冷えたエールと、脂の乗った肉。これ以上の幸せがどこにあるってんだ。
「……で、その肉の塊みたいな顔をして、何をニヤついているのですかな? 筋肉殿」
隣でちびちびと蒸留酒を舐めている石頭が、呆れたような顔で俺を見てきやがった。
「うるせえ。仕事上がりの一杯は格別なんだよ。特に、今日は余計な汗をかいたからな」
俺はジョッキを揺らし、残りのエールを一気に煽る。
向かいの席では、細いのが優雅にグラスを傾けていた。
「全くだねぇ。君の『名声』のおかげで、僕まで埃っぽくなってしまったよ。有名税にしては高くついた」
細いのの言葉に、俺は鼻を鳴らす。
「誰が好き好んで有名になるかよ。全部、酒場の連中が面白おかしく広めたデマだろ」
そうだ。事の発端は、今日の昼下がりに起きた馬鹿げた騒動だった。
◇
昼飯時、俺はガストンの店へ向かっていた。
店の前には、新調するための分厚い樫の板が立てかけられていた。ガストンのやつ、またテーブルを自作するつもりらしい。あの親父、料理人なんだか大工なんだか分からねえな。
そんなことを考えていると、背後から殺気だった声が飛んできた。
「貴様が『火竜殺し』のガンツか!」
振り返ると、全身に武器をジャラジャラとぶら下げた男が立っていた。目つきが悪い。血の気の多さが顔に出ている。いわゆる『賞金稼ぎ』ってやつだ。
「……人違いだ。俺はただのしがない冒険者だぜ」
「嘘をつけ! その厳つい筋肉、背負った大斧! 噂通りだ! 俺と勝負しろ! 貴様を倒せば俺の名が上がる!」
面倒くせえ。
最近、市場の方で「ガンツが大盾で火竜のブレスを防いだ」とかいうデマが流れているらしい。実際は大盾をソリ代わりに断崖を滑り降りただけなんだが、どうしてこうなった。
「帰んな。俺は腹が減ってるんだ」
俺が店に入ろうとした、その時だ。
「待てぇ! 師匠に無礼な口を利くな!」
横から飛び出してきたのは、以前『鉄甲アルマジロ』に負けて俺に弟子入り志願してきた若手の剣士だった。
「師匠の手を煩わせるまでもない! この俺が相手になる!」
「あ? おい若造、勝手に……」
「行くぞ! 筋肉流免許皆伝(自称)、推して参る!」
止める間もなく、若造は剣を抜いて賞金稼ぎに突っ込んでいった。
だが、相手はプロの賞金稼ぎだ。若造の剣筋など簡単に見切り、カウンターで剣を弾き飛ばしやがった。
カラン、と乾いた音がして、若造の剣が石畳を転がる。
「はんっ、雑魚が。次は貴様の首だ」
賞金稼ぎがニヤリと笑う。若造は丸腰だ。このままじゃ斬られる。
……ったく、世話が焼けるぜ。
俺はため息をつくと、店の前に立てかけてあった『乾燥中の樫のテーブル板』を片手で掴み上げた。厚さ5センチ、直径1メートルはある円形の無垢材だ。ずっしりと重い。
「おい若造! 受け取りな!」
俺はそれをフリスビーみたいに放り投げた。
「うわっと!? し、師匠!? これは!?」
若造が慌ててそれを受け止める。
「武器がねえなら、そいつを使え。ガストンが厳選した樫だ。鉄より硬えぞ」
「て、テーブルですか!? これでどうやって戦えと!?」
「筋肉を使え、筋肉を! いいか、防御ってのは『止める』んじゃねえ。『流す』んだ!」
賞金稼ぎが斬りかかってくる。
若造は半信半疑のまま、テーブル板を構えた。
ガギィン!
剣が板に食い込む……ことはなかった。
若造は俺の教え通り、インパクトの瞬間に膝を抜き、板を斜めに傾けて衝撃を逸らしたのだ。
「なっ!?」
賞金稼ぎの体勢が崩れる。
「そうだ! 衝撃は地面に逃がせ! 板の表面で剣を滑らせろ!」
俺は腕組みをして叫ぶ。
そこからは一方的な展開だった。
賞金稼ぎは何度も斬りつけるが、若造は巨大なテーブル板を器用に操り、全ての攻撃をヌルヌルと受け流す。樫の木の表面はニスも塗られていないから滑りは悪いが、その分、摩擦で相手の剣の勢いを殺している。
「くそっ! なんだこのふざけた戦い方は!」
賞金稼ぎが息を切らし始めた。重い剣を振り回し続けたせいで、肩で息をしている。
対する若造は、テーブルの陰から顔だけ出してピンピンしていた。
「よし、そろそろ仕上げだ。若造、デコピンの要領を思い出せ!」
「デコピン……あ、あの指弾ですか!」
「そうだ! その板は丸い! 中心を軸にして回転力を加えろ! 全身のバネを使って弾き飛ばせ!」
賞金稼ぎが最後の大振りを仕掛けてきた瞬間。
若造はテーブル板の縁を掴み、腰の回転に合わせて豪快に回した。
「うおおおお! 回転テーブルアタック!!」
ブンッ! という風切り音と共に、回転する樫の板が賞金稼ぎの胴体に直撃する。
それは防御であり、巨大な鈍器による打撃でもあった。
ドゴォォォン!
「ぐはぁっ!?」
物理法則に従い、賞金稼ぎは綺麗な放物線を描いて広場の噴水に突っ込んだ。
水柱が上がる。勝負ありだ。
若造はゼェゼェと息を切らしながらも、勝利のポーズを決めた。
「やりました……師匠! 筋肉は、テーブルすら武器に変えるのですね!」
「……まあ、概ね合ってるが、ガストンには内緒にしとけよ」
俺は傷だらけになったテーブル板を見て、冷や汗をかいた。あれ、絶対に怒られるやつだ。
◇
「……で、その板はどうなったのです?」
石頭が意地悪く聞いてくる。
俺は視線を逸らした。
「ガストンが包丁を研ぎ始めたから、若造に『記念にやる』って押し付けてきた」
「ひどい話だねぇ。あの若者、『師匠から授かった聖盾です!』って泣いて喜んでたよ。裏面に無数の刀傷がついたテーブル板を背負って歩くなんて、これ以上の羞恥プレイはないだろうに」
細いのがクスクスと笑う。
その時、厨房からガストンが出てきた。手には大皿。湯気を立てているのは、骨付き肉のローストだ。
ドン、と俺たちのテーブルに置かれる。
続いて、ボロボロになった若造が、申し訳なさそうにカウンターの端に座らされた。
「……食え」
ガストンが短く言う。
若造の前には、山盛りの肉と野菜が置かれた。
「え、あの、俺、金が……」
「店先を守った駄賃だ。……ただし、板の代金は後で体で払ってもらうぞ」
ガストンの目が笑っていない。若造は「は、はい!」と直立不動で敬礼した。
俺は苦笑して、新しいジョッキを持ち上げる。
まったく、噂なんざ広まるもんじゃねえが、こうして若者が育つなら悪くねえか。
「ほら、若造。肉が冷めるぞ。筋肉を作るのは肉だけだ」
「はいっ! いただきます!」
若造が肉にかぶりつく。いい食いっぷりだ。
俺は仲間たちを見回し、ジョッキを掲げた。
「勘違いの賞金稼ぎと、未来の回転テーブル使いに乾杯!」




