第23話 『孫の友達に似た綿毛の魔獣を、慈悲なきカリスマ美容師が丸裸にした話』
っぷはあ! 仕事の後のエールは、なんでこうも美味いんだろうな。
特に、誰も死なず、誰も怪我せず、平和に終わった日は格別だぜ。……まあ、今日の平和は、ちっとばかり「寒々しい」もんだったがな。
「……ガンツさん、飲み過ぎです。まだ日が暮れたばかりですよ」
看板娘のミナちゃんが呆れた顔で空のジョッキを回収していく。
「いいじゃねえか。今日は俺の斧が一度も火を噴かなかった記念日だ。平和に乾杯だぜ」
事の発端は、昼下がりに駆け込んできた農家の爺さんの依頼だった。
なんでも、自慢の綿花畑が『綿毛食い』とかいう魔獣に荒らされているらしい。名前の通り、フワフワしたもんを食い散らかす害獣だ。
俺たちゃ早速、現場に向かったんだが……そこで俺は、最大の危機に直面した。
「……か、かわ、いい……」
畑にいたのは、真っ白で、まん丸で、フワッフワの毛玉たちだった。
つぶらな瞳。チョコチップみてえな鼻。
俺が田舎に送った、孫のお気に入りのぬいぐるみにそっくりじゃねえか!
「おい、筋肉殿。何をしているのです。早く追い払ってください」
「無理だ! 見ろよ石頭、あの無垢な瞳を! 俺の斧でカチ割れってのか!? 孫の夢を壊すような真似はできねえ!」
俺は斧を地面に突き立てて、育児放棄ならぬ戦闘放棄を宣言した。
だってよ、あんな愛くるしいのが「きゅぅ」とか鳴いてんだぜ? 俺の筋肉が「抱きしめろ」と叫んでも、「殺せ」とは命じねえよ。
「やれやれ。これだから孫煩悩な筋肉ダルマは困りますな」
石頭がため息をつく横で、一人の男が前に出た。
先日、泥味の薬で若返ったばかりの細いのだ。
「どきなよ、ガンツ。君の斧じゃ、あの『繊細な絹』のような毛並みを傷つけるだけさ」
「おいフィス、お前やる気か? あんな可愛い生き物を魔法で黒焦げにする気か!?」
「失礼だなあ。僕は野蛮人じゃないよ。ただ、彼らのファッションが少し暑苦しいと思っただけさ。……夏に向けて、少し風通しを良くしてあげるのが、大人のマナーってものだろ?」
フィスの野郎、ニヤニヤしながら杖を構えやがった。
こいつの言葉、どこか引っかかる。暑苦しい? 風通し? なんだか嫌な予感がするぜ。
「さあ、可愛い子羊ちゃんたち。僕が一皮剥いてあげよう。……<整髪>!」
カッ! と杖の先が光った瞬間だ。
ドシュゥゥゥン!!
目に見えない刃の嵐が吹き荒れたかと思うと、畑を埋め尽くしていた白いフワフワが一斉に舞い上がった。
「きゅ?」
間の抜けた声が響く。
次の瞬間、そこにいたのは愛くるしいぬいぐるみ……じゃなかった。
ピンク色の、シワシワで、ツルツルの肌を晒した、ただの巨大なネズミたちだった。
「……きゅ、きゅぅぅぅ!!(恥ずかしいぃぃ!!)」
自慢の毛皮を根こそぎ持っていかれた『綿毛食い』たちは、真っ赤になって(元からピンクだが)、両手で股間を隠しながら森へと逃げ去っていった。
あとに残されたのは、山のような高級羊毛(魔獣の毛)と、寒風に震える俺たちの沈黙だけだ。
「……どうだい? プロの仕事だろう? 本来は羊の毛刈りに使う生活魔法だけど、出力を上げれば、魔獣のプライドごと刈り取れるのさ」
フィスはふんぞり返って、刈り取った毛の山を杖でつついた。
俺は正直、ドン引きだぜ。
黒焦げにするより慈悲があるのか、それとも毛皮と尊厳を奪う方が残酷なのか。
「……フィス君。君の性格の悪さは、王都の下水道よりも底が深いですな」
石頭すら、呆れを通り越して感心してやがった。
ま、結果として農家の爺さんは「畑も守れて、上質な毛も手に入った!」って大喜びだったから、良しとするか。
俺も孫に似た何かを殺さずに済んだしな。……あのピンク色の裸体は、夢に出そうだが。
俺はジョッキに残ったエールを飲み干して、ニヤつく魔法使いを睨んでやった。
「ったく、お前にはロマンってもんがねえのか。フワフワは正義だぞ」
「機能美こそが正義さ。それに、あの毛で君のお孫さんに手袋でも編んであげなよ。……防寒性は抜群だ」
……悔しいが、いい提案だ。
俺は少しだけ表情を緩めて、新しいジョッキを掲げた。
「へいへい、ありがとよ。……そんじゃ、森へ帰ったピンク色の尻と、孫への土産に乾杯!」




