第20話 『美容に悪い必殺技で遺跡を掃除し、レバーでアンチエイジングする話』
「……硬いねぇ。僕の肩こりより酷いよ」
私は眼前の光景を見て、ため息をついた。
未開の遺跡の最奥。そこに鎮座していたのは、『古代守護兵』と呼ばれる旧時代の遺物だった。
全身がミスリル合金で鋳造された、高さ四メートルの鉄巨人。
それが今、不気味な駆動音を立てて、僕たちを見下ろしている。
「どらぁあああッ!!」
ガンツの咆哮と共に、『斧技岩砕き』が巨人の膝関節に炸裂する。
ガギィッ!!
凄まじい金属音が響いたが、刃が通らない。それどころか、衝撃を吸収する魔力障壁が展開され、ガンツの方が弾き飛ばされた。
「ぐわっ!? 馬鹿な、俺のフルスイングだぞ!」
「物理無効……! 魔法障壁と装甲の複合防御です! これはいけません、私の罠も、貴殿の筋肉も通じない!」
ゴドが青ざめて叫ぶ。
相性が最悪だ。僕たちは「物理で殴る」ことに特化しすぎている。
守護兵が腕を振り上げる。単純だが、質量そのものが凶器だ。直撃すれば、ガンツでも挽肉になる。
――仕方ないね。
僕は愛用の杖を握りしめた。
この杖には、日々の練り上げた余剰魔力が圧縮され、物理的な質量となって蓄積されている。
それを解放すれば、この杖はただの木の棒に戻り、しばらくは物理攻撃力が皆無になる。
おまけに、急激な魔力放出は肉体への負担が大きい。
「やれやれ……美容に悪いんだよねぇ、本気を出すのは」
僕は杖を構え、守護兵を見据えた。
言葉を紡ぐ。いつもの軽口ではない。魔力を点火するための、純粋な詩を。
「ああ、眩暈がするほど焦がれるよ。一瞬の閃光のように、君との思い出を白く焼き尽くしてしまいたい」
杖が脈打つ。
圧縮された魔力が、杖の繊維を駆け巡り、先端に収束していく。
守護兵が拳を振り下ろすのと、僕が引き金を引くのは同時だった。
「消えなさい。――<極大雷撃>」
視界が白に染まった。
轟音はない。あまりの高エネルギーは、音よりも先に物質を昇華させる。
紫電の奔流が守護兵を飲み込み、絶対的な装甲を飴細工のように溶解させた。
◇
目が眩むような光が収まった時、そこには何もなかった。
いや、あった。
ドロドロに溶けた鉄の塊と、そこから立ち上る凄まじい熱気だけが。
「……おい、嘘だろ。あんなデカブツが、跡形もねえぞ」
俺は呆然と呟いた。
これが、魔法使いの本領だってのか? 普段、杖で殴っているあの細いのが?
「フィス君!」
ゴドの声で我に返る。
フィスはその場に膝をついていた。
俺は慌てて駆け寄る。
「おい! 無事か!?」
「……ああ、最悪だ。見てごらんよ、ガンツ」
フィスが苦笑いしながら、自分の右手を差し出した。
息を呑んだ。
杖を握っていた右手の皮膚が、まるで枯れ木のようにシワシワに萎びていたからだ。
さらに、フードから覗く前髪の一房だけが、色が抜けたように真っ白に染まっている。
「魔力を使いすぎると、一時的に老化するんだよ。……はぁ、これじゃあ数日はナンパもできないねぇ」
こいつは、自分の身体がこんなになってるのに、まだ軽口を叩きやがる。
だが、その手が震えているのを俺は見逃さなかった。
こいつは、俺たちを守るために、自分の「若さ」というリソース(寿命かもしれねえ)を削ったんだ。
「……バーカ。ナンパなんぞ、百年早いんだよ」
俺はフィスの前に背中を向けた。
「乗れ。今日は俺が足だ」
「おや、汗臭いのは御免なんだけど」
「文句言うと、そこに置いてくぞ」
背中に感じるフィスの重さは、驚くほど軽かった。
こんな細い体で、あんなデタラメな力を隠し持っていやがったのか。
◇
「……食え」
「錆びた剣亭」に戻ると、ガストンがドンッと皿を置いた。
山盛りのレバーとほうれん草のソテー。ニンニクが効いていて、精がつきそうな匂いがする。
「……ガストン、僕は今、食欲が」
「血が足りてない顔だ。残すな」
ガストンはそれだけ言うと、無愛想に厨房へ戻っていった。
フィスはフードを目深に被り、白くなった髪と、包帯を巻いた右手を隠している。
「……店主の言う通りですぞ、フィス君。栄養を摂り、休めば戻るのでしょう?」
「ああ、三日も寝れば元通りさ。エールの美肌効果を舐めないでくれたまえ」
フィスは強がって笑うと、震える左手でフォークを掴み、レバーを口に運んだ。
「……ん、美味いね。生き返る味だ」
その言葉に、俺とゴドは顔を見合わせて、静かにグラスを持ち上げた。
こいつの白髪が元に戻るまで、俺たちがこいつの手足になってやるしかねえな。
「……派手な花火と、お前の白髪に乾杯」
「……余計なお世話だよ」
グラスが触れ合う音が、いつもより優しく響いた。




