第18話 『孫の笑顔とカニ味噌のために、街道を物理的に開通させた話』
「へへっ、どうだ。この愛くるしい瞳。俺の孫にそっくりだろ?」
俺はカウンターの上で、布に包んだ木彫りの熊を披露した。
夜なべして彫った自信作だ。少々、目が離れすぎてヒラメみたいになったが、愛嬌ってやつだ。
遠い田舎にいる孫の五歳の誕生日。これと、とびきり上等な菓子を送る。それが今の俺の最重要任務だ。
「……筋肉殿。それは熊ですか? それとも呪いの偶像ですか?」
「ああん? 芸術が分からねえドワーフだな、石頭は」
俺が鼻を鳴らした時、店の扉が開いた。顔馴染みの郵便配達員の青年だ。
俺は手招きして呼んだ。
「おう、待ってたぞ。この荷物、特急便で頼む」
「あ、ガンツさん……それが、無理なんです」
青年の顔色が悪い。
「北の街道が封鎖されました。『土砂崩れ蟹』の大群が湧いて、道が土砂で埋まっちまったんです。復旧には一週間はかかるとか……」
「一週間……だとう?」
俺の脳内で、何かがプツンと切れた。
一週間後じゃ、孫の誕生日は過ぎちまう。俺の可愛い孫が、空っぽの郵便受けを見て泣く姿が脳裏に浮かんだ。
許せねえ。
天変地異だろうが魔物の大群だろうが、俺の孫の笑顔を曇らせる奴は、すべからく敵だ。
「……おい、若いの。馬車を出せ」
「へ? い、いや、ですから通行止めで……」
「道なら俺が作る。お前は俺の後ろをついてくりゃいいんだよ!」
俺は荷物を背負い、斧を掴んで立ち上がった。
隣で飲んでいた石頭と細いのが、同時に深いため息をつくのが聞こえた。
「やれやれ。孫のこととなると、このガンツは暴走機関車だねぇ」
「仕方ありませんな。放置して死なれても酒が不味い。……行きますぞ、街道整備のボランティアに」
◇
北の街道は、酷い有様だった。
崖崩れで道が塞がれている上に、岩陰からワラワラと湧き出した『土砂崩れ蟹』が、ハサミを振りかざして道を占拠している。
甲羅の幅だけで一メートルはある厄介な魔物だ。あいつらの甲羅は岩より硬い。
「どきやがれッ! 俺の孫への愛の結晶が通りまーすッ!!」
俺は先頭を切って突っ込んだ。
背中には、絶対に壊してはならないプレゼントが入った荷物がある。背後は無防備だが、そこには信頼できる背中がある。
「右から三体! 足元が脆いですぞ!」
「任せな!」
ゴドの声に合わせて、俺はステップを踏む。
カニがハサミを突き出してくるが、俺はそれを盾の表面で受け流すのではなく、盾の縁を叩きつけた。
カニのハサミの関節部分に、全体重を乗せた盾の打撃。
バキィッ!!
鈍い音と共に、カニのハサミがへし折れる。
「硬い甲羅なんざ、斬る必要はねえ! 中身に衝撃を通せばいいんだよ!」
俺は止まらない。
斧の背と、盾の縁。打撃の乱れ打ちだ。
刃物を通さない甲羅も、数トンの衝撃を受ければ中身はシェイクされる。
「うわあ、粉々だねぇ。もっと滑らかに片付けられないのかい?」
後方でフィスがぼやきながら、杖を振るう。
奴が杖で地面を叩くと、カニの足元の土が一瞬だけ隆起し、カニ同士が激突してひっくり返る。そこを俺がすかさず踏み潰す。
背中の荷物は、揺らさない。
上半身は激しく武器を振るっても、下半身と体幹で衝撃を殺す。
これぞ、子育てで培ったゆりかご歩行の応用戦闘術だ。
「ひ、ひえええ……本当に道が開いていく……」
後ろから馬車でついてくる配達員が、青い顔で呟いている。
俺たちは一時間とかからず、土砂とカニの山を突破した。
「ほらよ! ここから先は安全だ! 死んでも時間通りに届けろよ!」
「は、はいッ! ガンツさんの愛、確かに届けますッ!!」
配達員は涙目で敬礼すると、馬車を全速力で走らせていった。
遠ざかる馬車の背中を見送りながら、俺は肩の荷(物理的にも精神的にも)を下ろした。
◇
泥とカニの体液まみれで店に戻ると、ガストンが無言で皿を出してきた。
きつね色に揚がった、熱々の俵型のコロッケだ。
中を割ると、濃厚なホワイトソースと、たっぷりのカニの身が詰まっている。
「……『土砂崩れ蟹』は、身が締まっていて美味い」
「へへっ、違いねえ。こいつは労働の後の最高のご褒美だ」
俺は熱々のコロッケを頬張り、冷たいエールで流し込んだ。
口の中に広がる濃厚な旨味。
孫も今頃、誕生日ケーキを食べているだろうか。俺の木彫りの熊を見て、笑ってくれているだろうか。
「孫の健やかな成長と、この美味いカニクリームコロッケに乾杯!」




