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第17話 『熱血所長がオークを探している横で、僕らが優雅に泥パックを楽しんでいた話』

「見てごらんよ、この肌のハリ。昨日の泥パックの効果は絶大だねぇ」


 僕はグラスに映る自分の顔を眺めながら、うっとりと頬を撫でた。

 長年生きていると、美容への気遣いがそのまま若作りの秘訣になる。エルフの肌は劣化しにくいが、メンテナンスは重要だ。


「……気持ち悪いからやめてくれ、細いの(もやし)。酒が不味くなる」

「全くだ。男が顔に泥を塗って喜ぶなど、理解に苦しみますな」


 ガンツとゴドが露骨に嫌そうな顔をする。やれやれ、美意識の低い男たちだ。

 その時、酒場の扉が乱暴に開け放たれた。


「おい! ここにいるのは分かってるんだぞ、お前たちッ!!」


 ドカドカと足音を立てて入ってきたのは、冒険者斡旋所の所長、バーンだ。

 年中何かに怒っているか、走り回っているか、あるいはその両方をしている苦労人。まだ四十代だというのに、生え際が泥沼のように後退し始めているのが気の毒でならない。


「また斡旋所を通さずに『人食い沼』に行ったそうだな! 目撃情報が入ってるんだぞ! あそこは危険指定区域だ、死にたいのか爺さんたち!!」


 バーンが僕らのテーブルに両手をついて怒鳴る。唾が飛ぶので、僕はさりげなく<洗浄>の術式を指先で紡ぎ、空気を浄化した。


「人聞きが悪いねぇ、所長さん。僕らはただ、美容のために良質な泥を採取しに行っただけさ。魔物となんて戦っていないよ」

「その油断が命取りなんだ! いいか、お前たちはもう若くないんだ。引退間際の老人が、小遣い稼ぎで危険を冒すんじゃない!」


 彼は本気で心配しているのだ。僕らの実力を「ちょっと元気な世捨て人」程度にしか認識していないから。

 その熱意は評価するが、少々重たいね。まるで足を取られる深みのようだ。


「……で、説教の次は強制労働か?」

 ガンツが面倒くさそうに頬杖をつく。


「人聞きの悪いことを言うな! 『安全な』仕事を紹介してやるんだ。斡旋所の裏で薬草の仕分け作業だ。腰に負担もかからんぞ。ほら、行くぞ!」


 バーンに背中を押され、僕らは渋々席を立った。

 彼は善良な男だ。街の冒険者たちの命を、自分の家族のように案じている。だからこそ、無下にはできない。まあ、たまには地域貢献も悪くないか。


 ◇


 斡旋所の裏庭で、ちまちまと薬草を種類別に分ける作業は、退屈を通り越して苦行だった。

 ゴドは「単純作業の効率化」とかブツブツ言いながら高速で手を動かしているが、ガンツは既に三回ほど薬草を握りつぶしている。


 その時、斡旋所の中から緊迫した声が響いた。


「所長! 西の街道にオークの群れです! その数、二十体以上!」

「なんだと!? くそっ、主力連中は遠征中だぞ……俺が出るしかないか!」


 バーンが剣を引っ掴んで飛び出してきた。

 鎧を着る暇もないようだ。あの装備でオークの群れに突っ込めば、彼の方が泥を舐めることになるだろうね。


「お前たちはここにいろ! 絶対に動くんじゃないぞ!」

「おや、西の街道ですか。奇遇だねぇ、ちょうど追加の『泥』を取りに行こうと思っていたところなんだ」

「はあ!? 何を言って――」


 バーンが止めるのも聞かず、僕らは裏庭の柵をひらりと飛び越えた。

 

「ガンツ、ゴド。所長さんが到着する前に終わらせるよ。彼の顔に泥を塗るわけにはいかないからね」

「ったりめえだ。薬草むしりで溜まった鬱憤、晴らさせてもらうぜ!」

「やれやれ、老人扱いも楽ではありませんな」


 ◇


 西の街道に到着すると、オークたちは行軍の真っ最中だった。

 鼻息荒く迫る豚面の集団。

 ガンツが嬉々として斧を振るい、先頭の三体をボウリングのピンのように弾き飛ばす。ゴドが絶妙なタイミングで足を払い、転倒した個体の急所を正確に突く。


 僕は、杖でオークの脳天をコツンと叩き割りながら、周囲の地形に意識を向けた。

 死体が転がっていては、後から来るバーンに怪しまれる。

 証拠隠滅が必要だ。


「さあ、母なる大地に還るといい。深く、深く、沈んでお眠り」


 僕はオークの巨体が地面に倒れ伏す瞬間、その直下の土壌に魔力を通した。

 発動するのは、土属性の応用<液状化>。

 固い地面が一瞬だけ底なし沼のように変化し、オークの死体をズルリと飲み込んでいく。


 ガンツが吹き飛ばし、ゴドが仕留め、僕が沈める。

 流れるような連携作業。

 二十体のオークは、悲鳴を上げる間もなく、ただの街道の養分となった。


 処理が終わって数分後。

 息を切らせたバーンが駆けつけてきた時、そこには僕ら三人がしゃがみ込み、地面の土を熱心にいじり回している光景だけがあった。


「はぁ、はぁ……! お、お前たち! 無事か!? オークは!?」

「オーク? 何のことだい? ここには誰も来なかったよ」

「そ、そんな馬鹿な。報告では確かに……」


 バーンはキョロキョロと周囲を見回すが、血痕一つ残っていない。地面が少し掘り返されているだけだ。


「ああ、そういえば遠くで足音が聞こえたような気がしますな。我々の気配を察知して、恐れをなして逃げたのでは?」

「そ、そうか……? いや、まさか……だが、お前たちが無事ならそれでいい……!」


 バーンはその場にへたり込み、安堵の涙を浮かべた。

 本当に、お人好しな男だ。


 ◇


「まったく、所長さんには敵わないねぇ」


 再び錆びた剣亭に戻った僕らは、いつもの席でグラスを掲げた。

 結局、バーンは危機を回避した強運な老人たちとして、僕らを斡旋所まで送り届けてくれた。その際、僕らは斡旋所を通さずに泥を採取した罰金という名目で、こっそりとオーク討伐の報奨金相当額を寄付箱に入れておいた。


 彼のような男が守る街だからこそ、僕らも安心して隠居生活が送れるというものだ。


「さあ、平和な街道と、熱血所長の無駄な冷や汗に乾杯!」

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