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第10話 『空飛ぶ霜降り肉を、傷ひとつ付けずに「出荷」するプロの流儀の話』

 いらっしゃいませ! 「錆びた剣亭」へようこそ。

 うちの店主――私の父であるガストンは、普段は無口な料理人ですが、食材のことになると人が変わります。

 特に、今の季節は危険です。


「……来たか」


 厨房の勝手口で、父さんが空を見上げて呟きました。

 北の空から渡ってくる、伝説の美味。『霜降りグリフォン』の季節です。

 その肉は、脂が網目状に入り、口の中で雪のように溶けると言われています。ですが、相手は空の王者。狩るだけでも困難なのに、父さんの注文は「理不尽」の一言に尽きます。


「いいか。肉に傷をつけるな。血抜きができなくなる。火魔法も使うな。焦げる」

 父さんは、カウンターで酒を飲んでいたいつもの三人に、包丁を突きつけながら続けました。

「そして何より、恐怖を与えるな。死の瞬間に暴れて筋肉が緊張すると、肉が硬くなる。……安らかに仕留めてこい」


 無茶です。

 猛獣相手に、傷つけず、怖がらせず、即死させろなんて。

 けれど、この街最強の「食いしん坊」たちは、真剣な顔で頷いたのです。


「承知した。最高のつまみのためならば」

「へっ。要は、暴れる前に眠らせりゃいいんだろ?」

「やれやれ。料理の下ごしらえにしては、少しばかり手荒な調理になりそうだね」


 三人は装備を整え、意気揚々と出かけていきました。

 私は店に残りながら、彼らの身を案じました。

 相手はグリフォンです。きっと今頃、ゴドさんが矢の雨を降らせ、ガンツさんが斧で殴り合い、フィスさんが派手な魔法をぶっ放す大激戦を繰り広げているに違いありません。

 怪我がなければいいけれど……。


 ◇


 数時間後。

 三人は帰ってきました。

 私の予想とは裏腹に、誰一人として返り血ひとつ浴びておらず、装備も綺麗なまま。

 そして、荷車に乗せられた巨大なグリフォンは、まるで眠っているかのように傷ひとつありませんでした。


「た、ただいま戻りました……。あの、本当に狩ってきたんですか?」

「ああ。最高の上物が手に入ったぞ」


 ゴドさんが満足げに髭を撫でます。

 厨房から出てきた父さんが、グリフォンの検品を始めました。

 羽毛の艶、肉の弾力。そして、外傷が全くないことを確認すると、父さんは無言で親指を立てました。合格の合図です。


「どうやって仕留めたの? 魔法で眠らせたとか?」

 私が尋ねると、ガンツさんがステーキの焼き上がりを待ちきれない様子で、鼻を鳴らしました。


「魔法? そんなもん使ったら肉が薬品臭くなるだろ。やったのはキャッチボールだ」

「キャッチボール?」

「ああ。まず、私が風を読みました」


 ゴドさんが説明を引き継ぎます。

「グリフォンは風に乗って滑空する。奴らが旋回時に必ず減速する風の淀みを特定し、そこに誘い込んだのです。逃げ場をなくした獲物は、必然的に正面の敵――つまり筋肉殿(ガンツ)に向かって突っ込むしかない」


「で、俺が受け止めた」

 ガンツさんが、ジョッキ片手に事もなげに言います。

「普通に盾で弾き返すと、骨が折れて肉が傷む。だからこう、盾と筋肉をクッションにして、優しく、かつガッチリと抱き止めたんだ。突進の衝撃を、全身のバネで吸収してな」


 私は呆気にとられました。

 グリフォンの突進を、優しく受け止める? 交通事故を生身で受け止めるようなものです。


「で、動きが止まって、グリフォンが『?』ってなってる瞬間に、細いの(もやし)が跳んだんだ」


「仕上げは肉叩きの要領さ」

 フィスさんが、愛用の杖をくるりと回しました。

「恐怖を感じる暇も与えない。ただ、美味しくなーれと願いを込めて、眉間の急所をコンッ、とね。杖には<硬化>をかけておいたから、ハンマーよりいい仕事をしたよ」


 三人は笑い合っていますが、私は背筋が寒くなりました。

 風を読み切る計算能力。

 魔獣の突進を無傷で相殺する異常な筋力と技術。

 そして、一撃で脳幹を破壊する正確無比な打撃。


 彼らは「狩り」をしたのではありません。

 「食材の調達」という作業を、淡々と、プロフェッショナルの技術で遂行しただけなのです。


 ◇


 ジュウウウゥッ……。

 店内に、香ばしい脂の香りが広がります。

 父さんが焼き上げた『霜降りグリフォンのステーキ』。

 ナイフを入れると、抵抗なくスッと切れ、断面からは肉汁が溢れ出しました。


「……美味い」

「おう、こりゃあ死ぬまでにもう一度食えるかどうかの味だぜ」

「ふふ。苦労して下処理をした甲斐があったねぇ。口の中で脂が解けていくよ」


 三人は至福の表情で肉を頬張っています。

 冒険者としての凄腕を、平和な食卓のためだけに全振りする。

 この贅沢さが、彼らなりの強さの証明なのかもしれません。


 フィスさんがワイングラスを傾け、満足げに微笑みました。

 その杖の先が、わずかに血の匂いをさせていることには気づかないフリをしておきましょう。


「さて、杖のメンテナンス代も請求したいところだけど……この味に免じてチャラにしてあげるよ」


 私も、今日ばかりは呆れるのをやめて、彼らの仕事ぶりに拍手を送ることにしました。

 だって、おこぼれでもらったこのお肉、本当にほっぺたが落ちそうなんですもの!


「究極の食材と、食い意地の張った英雄たちに乾杯!」

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