第9話 1月15日「半襟の日」 『貼れるちりめん布』でリリムちゃんが小悪魔覚醒!?
1月15日。
日本のカレンダーでは「半襟の日」とされている。
着物の襟元から少しだけ覗かせて、おしゃれを楽しむ装飾品。成人式などで晴れ着を着た若者たちが、襟元を華やかに飾る日だ。
「まあ、この魔王城で着物を着る機会なんてないんですけどね」
私は壁のカレンダーを見ながら独りごちた。
外は相変わらずの赤黒い空。園内はポカポカ陽気だが、子供たちの服装はいつもの洋装や、種族特有の装備だ。
でも、女の子たちがおしゃれに敏感なのは、どこの世界も変わらない。
「せんせー! きょうはなにしてあそぶのー?」
元気よく声をかけてきたのは、魔王の娘・アリスちゃん(5歳)。
その横には、おませな夢魔族のリリムちゃん(5歳)と、内気な蛇髪族のメドゥちゃん(5歳)がいる。
今日は女子組がなにやらソワソワしているようだ。
「リリムね、もっとおとなのレディになりたいの! いろけ、だしたいの!」
「リリムちゃん、十分かわいいわよ。あたしは……もっと強くて綺麗な、女王様みたいになりたいな」
「……あたしは、このヘビさんたちを、おしゃれにしてあげたい……」
三者三様の願い。
それを聞いた私は、ピンと来た。
今日は「半襟の日」。襟元のおしゃれを楽しむ日だ。着物はなくても、「襟」だけ飾れば雰囲気は出るはず!
(きゃーっ! なんて可愛いの! 小さなレディたちが、一生懸命「大人になりたい」って背伸びしてる……! その健気な姿、全力で応援してあげなきゃ!)
「みんな、任せてください。今日はみんなを素敵に変身させる『魔法の布』を出しますよ!」
私は園庭のベンチに子供たちを集め、虚空に手をかざした。
「スキル発動――『100均市場』!」
ブォンッ!
空間が裂け、そこから現れたのは手芸コーナーの棚。
私が取り出したのは、『ちりめん風・貼れる布(和柄カットクロス)』だ。
赤、紫、金、桜色……。日本の伝統的な和柄がプリントされた、裏面がシールになっている便利な布きれだ。
「さあ、これを襟元にペタッと貼るだけで、華やかになりますよ!」
「ほう、これは……」
ベンチの陰で休憩していた園医のスカル先生が、興味深そうに布を手に取った。
「美しい幾何学模様ですな。この独特の凹凸のある織り方……光を乱反射させて色に深みを持たせているのか。しかも裏面が粘着質になっているとは、縫製の手間を省き、誰でも簡単に装飾を楽しめる。実に合理的で優れた工芸品です」
スカル先生の知的な分析に、私もニッコリと頷く。
「ええ、とっても便利なんですよ。さあ、みんな好きな柄を選んで!」
私の言葉に、女の子たちの目が輝いた。
「アリスはこれ! きんいろのやつ!」
アリスちゃんは、黒地に金の扇模様が入った豪華な柄を選んだ。
彼女のドレスの襟元に合わせて切って貼ると、一気に高貴な和風プリンセスな雰囲気になる。
「……あたしは、このさくらんぼみたいなの」
メドゥちゃんは、可愛い赤と白の柄を選んだ。
そして、自分の首元だけでなく、頭の上の蛇さんたち一匹一匹の首元(?)にも、小さく切った布をマフラーのように巻いてあげた。
「シャー!(かわいい!)」と蛇たちもご満悦だ。
「ふふふ……リリムはこれよ! むらさきの!」
リリムちゃんが選んだのは、艶やかな紫の矢絣模様。夢魔族らしい、ちょっと大人っぽいチョイスだ。
「できたー! かわいい!」
「すごーい、へんしーん!」
三人とも、襟元が華やかになって大喜び。
しかし、リリムちゃんだけは、鏡の前で色々なポーズを取りながら、納得いかない顔をしている。
「むぅ……これだけじゃたりないわ。リリムは『魅了』をつかいたいの」
夢魔族のリリムちゃんは、早く一人前のサキュバスになりたくて仕方がない。この和柄の布が、自分に「大人の色気」を与えてくれたと信じているようだ。
「よし、ためしてみるわ!」
リリムちゃんは、近くで作業をしていたスタッフのおじ様たち(?)にターゲットを定めた。
まずは、雑用係のザックさん(影魔族)だ。
リリムちゃんは布で飾った襟元を見せつけるように、首をかしげてウインクをした。
「ザックさん……きょうのリリム、どう……?(うっとり)」
ザックさんは箒を持つ手を止め、白い目を瞬かせた。
「おっ、いいですねリリムちゃん。とっても可愛いですよ」
「……かわい、い? それだけ?」
「はい。よくお似合いですよ」
撃沈。影のお兄さんには、子供の色気アピールは「孫を見守る目線」にしかならなかった。
「次はあなたたちよ!」
リリムちゃんは、スカル先生とポル君(用務員のポルターガイスト)に向かった。
ポル君は100均の軍手とモップだけが宙に浮いている状態だ。
「ねえ……このくびもと、ドキドキしない……?」
リリムちゃんが流し目でポーズを取る。
スカル先生が顎を撫でた。
「ふむ。頚椎のラインがきれいに隠れておるな。保温性も高そうだ。風邪の予防によいぞ」
ポル君の軍手が、パチパチと拍手した。
「アッ……あったかそう……」
「な、なんでーっ!?」
リリムちゃんが地団駄を踏んだ。
「みんな『かわいい』とか『あったかそう』とかばっかり! リリムは、メロメロにさせたいのに!」
(あぁん、もう! 一生懸命セクシーポーズを決めてるのに、全然伝わらないリリムちゃん……不憫可愛い! その悔しがってる顔も、ほっぺた膨らませて怒ってる顔も、全部まとめて愛おしい!)
私は苦笑しながらリリムちゃんを慰めた。
「リリムちゃん、大人の人はね、子供らしくしてるのが一番グッとくるんですよ。無理に大人ぶらなくていいんです」
「やだやだー! この『まほうのぬの』のちからをみせるのー!」
リリムちゃんは膨れて、ターゲットを変更した。
ちょうど砂場で遊んでいた、炎竜のリュウくん(4歳)や、ミノタウロスのタロスくん(5歳)、一つ目巨人のサイくん(5歳)などの男子チームの方へ走り出した。
「男の子たちなら、きっとわかるはずよ!」
リリムちゃんは、リュウくんたちの前に仁王立ちした。
そして、和柄の布で飾られた襟元を指でなぞりながら、夢魔族の奥義(?)『悩殺ポーズ(5歳児版)』を決めた。
「ねえ……きょうのリリム、いつもとちがうと思わない?(ハートの尻尾をフリフリ)」
その瞬間。
100均の和柄布が持つ「異世界の神秘的な雰囲気」と、リリムちゃんの全力のチャーム魔力が化学反応を起こした。
ズキュゥゥゥンッ!!
「ぐはぁっ!!」
リュウくんが、鼻血を噴き出して砂場に倒れ込んだ。
「リ、リリム……ちゃん……? なんか……すごい……おとな……!」
「モォォッ!!」
タロスくんも、真っ赤な顔をして鼻から荒い鼻息を噴き出した。
「こ、この衝撃はなんだ……! 猛牛の血が騒いで……直視できないモォ……!」
他の男の子たちも、次々と頬を染めてフラフラになっている。
大人には「可愛い」としか映らない子供の色気も、同年代の、しかも少しマセてきた男の子たちには「猛毒」だったようだ!
「わあ、きいた! きいたわ!」
リリムちゃんは大喜び。さらに調子に乗って、次々とポーズを決める。
「ぼくが! ぼくがリリムちゃんのカバンをもつー!」
「ちがうぞ、ボクがもつんだ!」
「ぼくがお茶をもってくるー!」
男の子たちが、リリムちゃんの奉仕係になろうとして争いを始めてしまった。
魅了がかかりすぎて、リリム親衛隊による内乱が勃発している。
「みんな、リリムのためにけんかしないで~!」
リリムちゃんはまんざらでもなさそうだが、これはまずい。砂場が戦場になってしまう。
(あらあら、モテモテねリリムちゃん! でも、男の子たちが本気で喧嘩しちゃったら大変。ここは先生がビシッと止めなきゃ!)
私は、和柄の布(余った分)をハチマキのように額に巻き、気合を入れた。
おしゃれバトルを鎮めるには、こちらも気合が必要だ。
「そこまででーす!!」
私は取っ組み合いを始めたリュウくんたちの間に割って入った。
そして、勝ち誇っているリリムちゃんの方も向く。
大きく息を吸い込み、頬をプクーッと膨らませる。
眉を吊り上げ、人差し指をビシッと立てた。
「リリムちゃん、男の子たちをからかっちゃダメです! 男の子たちも、女の子一人を取り合ってケンカしちゃ、【めっだよ!】」
スキル発動――【絶対規律《めっだよ!》】。
パァァァンッ!!
和風の雅やかな空間を一掃するような、ピンク色の衝撃波が炸裂した。
「はうっ……!」
リュウくんたちが、戦意を喪失してその場にヘナヘナと座り込んだ。
リリムちゃんも、「ドキッ」としてポーズを解いた。
「ご、ごめんなさい……ちょっと、たのしくなっちゃったの……」
「ボクたちも……リリムちゃんがあまりにまぶしくて……」
全員がシュンとして反省した。
その場にいたスカル先生やポル君も、なぜか余波を受けて「叱られるのも……悪くない……」「ココロガ洗ワレル……」と昇天しかけているが、いつものことなので放置する。
「おしゃれは、みんなで楽しむものですよ。誰かを困らせるためじゃありません」
私が優しく諭すと、リリムちゃんは素直に頷いた。
「うん……わかった。みんな、いじわるしてごめんね」
「ううん、いいんだ。リリムちゃん、すっげーかわいかったぞ」
「あ、ああ……お姫様みたいだった……」
男の子たちも照れながら褒め返す。
結局、みんな仲良く襟元の布を見せ合いっこすることになった。
和柄のカットクロスは、着物がなくても、魔王城の子供たちを少しだけ大人びた気分にさせてくれたようだ。
特にメドゥちゃんの頭の上の蛇さんたちが、お互いの布柄を自慢し合って絡まっている姿は、とても平和で可愛らしかった。
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【連絡帳】
ヒナより保護者様へ
今日は襟元のおしゃれを楽しみました。
リリムちゃんは紫色の大人っぽい柄を選んで、「大人のレディになるの!」と張り切っていましたよ。
少し男の子たちに自分の魅力をアピールしすぎて、男の子たちがクラクラしてしまうハプニングもありましたが(リリムちゃんのサキュバスとしての素質には驚かされます)、最後はみんなと仲良く見せ合いっこをしていました。
首元に貼った布はシール式なので簡単に剥がせますが、リリムちゃんが気に入っているようなら、お家でもおしゃれを楽しませてあげてください。
母(夢魔女王)より
あらあら、うちの子ったら、もうそんな悪い遊びを覚えたのかしら(笑)。
帰宅したリリムが、「リュウくんたちをイチコロにしたの!」と自慢げに話していましたわ。
でも「パパには効かなかった……」と悔しがっていたので、まだまだ修行が足りませんね。
あの和風の布、とても艶やかで素敵です。私も欲しくなってしまいました。
今度、夫を誘惑するのに使ってみようと思います♡
ご指導ありがとうございました。




