第6話 1月14日「タロとジロの日」 ソリ滑りは『氷狼の高速機動』
魔王城の空は、今日も今日とて毒々しい紫色に染まっていた。
時折、遠くの火山から噴き上がった溶岩が花火のように炸裂し、重低音が地鳴りのように響いてくる。
そんな世紀末な景色の真ん中に、ぽっかりと異質な空間が存在した。
魔王城中庭、ひだまり保育園。
そこだけは結界のおかげで春のような陽気に包まれている。
今日は、園庭の隅にある木陰のベンチで、小さな女子会が開かれていた。
「ねえねえ、アリスちゃん。おひめさまって、髪型がきまっているのよね?」
「そうなの! えほんでみたわ。くるくるってなってて、ふわふわなの!」
熱心に話しているのは、魔王の娘・アリスちゃん(5歳)。
その向かいに座っているのは、今日アリスちゃんが誘った新しいお友達二人だ。
一人は、夢魔族の少女、リリムちゃん(5歳)。
背中には小さなコウモリの羽が生え、お尻からはハートの形をした尻尾が伸びている。将来は魔界一の美女になると噂される、おませさんだ。
もう一人は、蛇髪族の少女、メドゥちゃん(5歳)。
彼女の髪の毛は、本物の生きた「蛇」でできている。普段は恥ずかしがり屋で、緊張すると髪の毛の蛇たちがシャーッと威嚇してしまうのが悩みだ。
「……あたし、髪型なんて無理だもん。ヘビさんたちが暴れちゃうし……」
メドゥちゃんがうつむくと、頭の上の緑色の蛇たちがシュンと元気をなくして垂れ下がった。
それを見たアリスちゃんが、励ますように身を乗り出す。
「そんなことないわ! 先生におねがいすれば、きっとかわいくなれるわよ!」
「そうよそうよ! ヒナ先生は魔法使いだもん!」
リリムちゃんも尻尾をパタパタさせて同意する。
その様子を微笑ましく眺めていた私は、エプロンのポケットから手帳を取り出した。
女の子たちが「おしゃれ」に興味を持ち始めるお年頃。
これは保育士として、全力で応えなくてはならない。
(きゃーっ! なんて可愛いの! 小さなレディたちが、一生懸命おしゃれの話をしてる……! メドゥちゃんの恥ずかしそうな顔も、リリムちゃんの自信満々なポーズも、全部まとめて抱きしめたい!)
「みんなー、どうしたんですか? 何か悩み事?」
私が声をかけると、三人が駆け寄ってきた。
「せんせー! 私たち、おひめさまみたいになりたいの!」
「髪の毛、くるくるにして!」
「……あたしのヘビさんも、かわいくなれる……?」
メドゥちゃんが、不安そうに上目遣いで私を見上げてくる。頭の上の蛇たちも、チロチロと舌を出して私のご機嫌を伺っているようだ。
私はしゃがみこんで、メドゥちゃんの頭(の蛇)を優しく撫でた。
「もちろんです! 先生に任せてください。今日は特別に『ヘアサロンごっこ』をしましょう!」
私は立ち上がり、虚空に手をかざした。
「スキル発動――『100均市場』!」
ブォンッ!
空間が裂け、真っ白な光の中から、日本の100円ショップの美容コーナーの棚が現れる。
私が選んだのは、以下のアイテムだ。
・『いちご型スポンジカーラー(4個入り)』×5パック
・『パステルカラーのヘアゴムセット』
・『キラキララメ入りコーム』
・『ハートの手鏡』
特に今回の秘密兵器は、スポンジカーラーだ。
イチゴの形をした可愛いスポンジに髪を巻き付け、切れ込みに差し込むだけで、熱を使わずにカールが作れる優れもの。柔らかいので、メドゥちゃんの蛇さんたちも痛くないはずだ。
「まあ! かわいい!」
「いちごだー!」
アリスちゃんとリリムちゃんが目を輝かせる。
その様子を見て、園医のスカル先生が興味深そうに近づいてきた。
「ほう、これは……」
スカル先生がイチゴ型のスポンジを手に取り、まじまじと観察している。
「多孔質の柔らかい素材でできていますな。この形状と弾力……髪を傷めずに形状を記憶させるための道具ですか。熱を使わずにカールを作るとは、髪への負担を最小限に抑える素晴らしいアイデアです。メドゥちゃんの蛇髪にも優しそうだ」
スカル先生の冷静な分析に、雑用係のザックさん(影魔族)も「へぇ、便利そうですね」と感心している。
「さあ、お客さま。こちらへどうぞ」
私は園庭にレジャーシートを広げ、100均の『折りたたみ椅子』を三つ並べた。即席の青空美容室の開店だ。
三人の女の子たちが、ちょこんと椅子に座る。
まずはリリムちゃんからだ。彼女のサラサラした銀髪を、クシでとかして二つに分ける。
「いたくない?」
「ううん、きもちいー!」
私は手早くツインテールを作り、毛先をスポンジカーラーに巻き付けた。
くるくる、パッ。
イチゴの形をしたスポンジが、リリムちゃんの頭の両サイドにぶら下がる。
「次はアリスちゃんですね」
「アリスはね、いっぱいくるくるにしたいの!」
アリスちゃんの銀髪には、たくさんのカーラーを使った。
頭中に赤いイチゴが実ったような状態になり、アリスちゃんは鏡を見て「わあ、あたらしい!」と喜んでいる。
(うっ……イチゴまみれのアリスちゃん……破壊力抜群……! このままポスターにして魔界中に配りたい!)
そして、いよいよ最難関、メドゥちゃんの番だ。
彼女の頭には、十数匹の緑色の蛇が生えている。
蛇たちは「シャーッ!」「カッ!」と私を警戒して鎌首をもたげていた。
「大丈夫ですよー。怖くないですよー」
私は【絶対母性《アイ バブ ユー》】を指先に薄く纏わせ、蛇の一匹を撫でた。
「シャー……シャ……クルル……」
殺気立っていた蛇が、とろんと目を細めて大人しくなる。
その隙に、私は蛇の胴体を優しくスポンジに巻き付けた。
普通なら嫌がるかもしれないが、このスポンジは柔らかくて温かい。
「クルゥ……(あったかい……)」
「キュウ……(ふかふかだ……)」
蛇たちが次々と、スポンジの感触に骨抜きにされていく。
私は手早く全ての蛇をカーラーに巻き込み、可愛らしく固定した。
「できた! 少し時間を置くから、みんなでジュースでも飲みましょうか」
三人の頭には、無数の赤いイチゴ(スポンジ)がくっついている。
その光景は、端から見れば奇妙かもしれないが、子供たちは「おそろいだー!」と大はしゃぎだ。
しかし、その時。
魔王城の上層階から、殺気を含んだ魔力が膨れ上がるのを私は感じた。
「おのれ、何奴だ……! 我が愛娘の頭に、寄生植物を植え付けたのはァァッ!!」
ドォォォン!!
空気を震わす怒号と共に、中庭に二つの影が降り立った。
一人はもちろん、魔王ヴェルザード様。
そしてもう一人は、両目に眼帯をし、全身に包帯を巻いた不気味な長身の男――魔界の情報網を牛耳る『邪眼将軍』ゴルゴーン公爵。メドゥちゃんのお父さんだ。
「パパ!?」
「お父様!?」
アリスちゃんとメドゥちゃんが声を上げる。
しかし、パパたちの目は血走っていた。
「アリス! 今すぐその赤い卵を引き剥がしてやる! 動くんじゃないぞ!」
「メドゥよ、恐れるな! 貴様の誇り高き蛇髪を封じ込め、養分を吸い取る卑劣な罠……この父が全て石に変えて粉砕してくれる!」
邪眼将軍が眼帯に手をかける。その下の魔眼が解放されれば、中庭にあるもの全てが石化してしまう!
魔王様の手には、どす黒い破壊の魔力が渦巻いている。
「ひぃぃ! 先生、やっぱりこうなりましたよ!」
ザックさんが頭を抱えて逃げ惑う。
せっかくの楽しい女子会が、パパたちの暴走で台無しになりそうだ。
女の子たちが「キャーッ!」と悲鳴を上げて抱き合う。
その怯えた顔を見た瞬間、私の保育士スイッチがカチリと音を立てて切り替わった。
(もうっ! お父さんたちったら、心配性なんだから! でも、子供たちの楽しみを邪魔するのは許しませんよ!)
「……ちょっと、お父さんたち?」
私はジュースの入ったコップをテーブルに置き、仁王立ちで二人の前に立ちはだかった。




