第5話 入園式、魔王妃セレスティア登場!
ついに、この日がやってきた。
ひだまり保育園、開園初日である。
朝8時。魔王城の中庭は、かつてないほどの熱気と緊張感に包まれていた。
今日は記念すべき入園式。魔王城に勤務する魔族たちが、家族総出で勢揃いしているのだ。
「ザックさん、もっと笑顔で! スカル先生は骨を鳴らさないでください、子供が怖がります! ポル君、玄関の掃除はもう十分ですよ!」
私はエプロンの紐を締め直しながら、スタッフたちに指示を飛ばした。
私の後ろには、頼もしい(?)仲間たちが控えている。
「笑顔と言われても、俺には顔がないんですが……」
影魔族のザックさんが、ピンクのエプロン姿で困惑している。
「カカカ、我輩の骨格標本としての美しさが分からぬとは」
園医のスカル先生が、白衣を羽織ってブツブツ言っている。
「ピカピカ……床、ピカピカ……」
用務員のポル君は、100均の粘着クリーナーを片手に、目に見えない体でせっせと玄関マットをコロコロしていた。
準備万端。さあ、登園の時間だ!
「うおおおん! リュウ! パパから離れるなんて無理だぁぁ! 戦場に行くより怖いぞぉぉ!」
「あんた! みっともない声出さないでよ! ただの保育園でしょ!」
最初に現れたのは、全身真紅の鎧を着た巨漢・炎竜将軍。
その背中をバシバシ叩いているのは、奥さんの竜人族・ミリアさんだ。
「ガルル……(息子たちよ、決して他の犬に負けるなよ……)」
「ワン!(左の頭、静かにして! 先生が困ってるでしょ!)」
続いて、三つの頭で別々の訓示を垂れる巨大な魔犬・門番長一家。
地面では、ゼリー状の体を震わせるスライムのゼリー男爵一家もプルプルと入場してくる。
そして、彼らだけではない。
その後ろには、長い長い行列ができていた。
「パパァ、行きたくないよぉ」
「がんばれ、これも修行だぞ……」
一つ目の巨人の親子、吸血鬼の親子、厨房で働くオークのお母さんと子供、武器庫を守るリビングアーマーの家族……。
魔王城で働くあらゆる種族の魔物たちが、愛しい我が子を連れて続々と中庭に入ってくる。
あっという間に園庭は、大小様々なちびっ子モンスターたちと、強面で心配性な保護者たちで埋め尽くされた。
「ひぇぇ、こんなに集まるなんて……」
ザックさんが悲鳴のような声をあげる。
(きゃーっ! なんて可愛いの! あの子も、この子も、みんな個性的で愛おしい! サイクロプスの子の大きな瞳も、ゴブリンの子の尖った耳も、全部まとめて抱きしめたい!)
「はーい、おはようございまーす! 保護者の方は、泣かないでくださーい!」
私が笑顔で迎えると、子供たちがワッと押し寄せてきた。
足元を走り回る小鬼の子、私の肩に止まるハーピーのヒナ、あちこちでボヨンボヨン跳ねるスライムたち。
うんうん、みんな可愛い! ここは天国ですか!?
そんな賑わいの中、人垣がサァーッと割れた。
黒い絨毯の上を、魔界の頂点に立つ一家が歩いてくる。
「……せんせー、おはよ」
「アリスちゃん(5歳)、おはようございます!」
アリスちゃんの手を引いているのは、魔王ヴェルザード様。
そしてその隣には、夜空のような漆黒のドレスを纏い、背中に六枚の黒い翼を持つ絶世の美女が立っていた。
魔王妃、セレスティア様だ。
元は天界の天使だったが、魔王様と恋に落ちて堕天したという伝説を持つ、魔界最強のママである。
「あら、あなたが噂のヒナ先生ね」
「は、はじめまして! 日向ヒナです!」
セレスティア様が優雅に微笑むと、周囲の空気がピンと張り詰める。
集まっていた大勢の魔物たちも、一斉に最敬礼の姿勢をとった。
「アリスから聞いたわよ? 先日、うちの夫を『よしよし』して、『バブぅ』と言わせたんですって?」
ギクリ。
隣で魔王ヴェルザード様が「ひぃっ!?」と変な声を上げて硬直した。
「せ、セレスティア、それは誤解だ! あれは不可抗力というか、精神攻撃の一種で……!」
「あら、いいじゃない。家ではあんなに偉そうな魔王様が、先生の前では赤ちゃんみたいに甘えちゃうなんて。……あとで詳しく聞かせてね?」
「あ、あうぅ……」
魔王様が撃沈した。どうやらこの家では、奥様の方が圧倒的に強いらしい。
私は苦笑いしながら、大勢の園児たちに向き直った。
「さあ、みんな集まってー!」
私はパンパンと手を叩き、子供たちを整列させた。
今日は人数が多いけれど、抜かりはない。
「みんながお友達の名前を覚えられるように、これを配ります! スキル発動――『100均市場』!」
カッ!
空間が白く輝き、その空間の裂け目から取り出したのは、100均の定番『チューリップ型名札(安全ピン付き)』と『油性お名前ペン』の大容量パックだ。
赤、青、黄色、ピンク、白。カラフルなプラスチックの名札が山のように積まれる。
「ほう、これは……」
スカル先生が名札を手に取り、興味深そうに観察している。
「プラスチック製の識別票ですか。色分けすることで所属を明確にし、名前を書くことで個を認識させる……。集団生活における管理システムとして、非常に合理的かつ機能的ですな。しかもこの花の形、子供たちの心を和ませる効果もありそうだ」
スカル先生の冷静な分析に、炎竜将軍や魔王様たちも「なるほど、これが異世界の教育技術か……」と感心している。
「みんなー、これを付けるとお友達とお名前が呼び合えますよー」
「わーい!」
ザックさんとポル君の手を借りて、次々と子供たちに名札を付けていく。
色とりどりの名札がつくと、不揃いだったモンスターたちが、一気に「同じ組のお友達」という連帯感に包まれた。
これぞ、制服マジックならぬ、名札マジックだ。
「さあ、保護者の皆様はお仕事に行ってください! いつまでも見てると、子供たちが遊び始められませんよ!」
私が促すと、ママたちは「はいはい、行きますよ」とすぐに背を向けた。
しかし、中庭にはまだ黒い壁のような人だかりが残っている。
魔王様、炎竜将軍、門番長をはじめ、オークやゴブリンのお父さんたちが、モジモジと名残惜しそうに我が子を見つめて動かないのだ。
「で、でも先生……あんな大人数の中に放り込まれて……」
「うちの子、踏まれないだろうか……」
「アリス……パパを置いていかないでくれ……」
中庭を埋め尽くす数百の不安げな視線。その圧はものすごい。
でも、私には分かっている。これはただの「親バカ」なのだ。
(もうっ、お父さんたちったら! そんなに心配そうな顔して……子供への愛が溢れすぎちゃってるわよ! その不器用な愛情、私が全部受け止めてあげる!)
私はため息を一つついて、その巨大な父兄集団の前に歩み出た。
「もう、お父さんたちは心配性ですねぇ」
私は優しく微笑んで、会場全体を見渡した。
これだけ大勢のお父さんたちが、みんな子供のために心配して、オロオロしている。
その光景が、なんだかとっても愛おしく思えた。
「でも、そんなに一生懸命なパパたち、とっても素敵ですよ」
私の声は、魔力なんて使わなくても、中庭の隅々まで響き渡った気がした。
そして、最前列にいた魔王様の目を、その後ろにいるオークさんの目を、一人ひとりと合わせるように慈愛に満ちた視線を送る。
スキル【絶対母性《アイ バブ ユー》】(広域放射版)、発動。
「毎日お仕事大変なのに、朝から子供たちのために一生懸命で。えらいえらい、頑張ってますね」
ふわり。
春の日差しのような温かい波動が、中庭にいるすべての父親たちを包み込んだ。
「……っ!?」
数百人の魔物たちから、一斉に殺気と不安が消え失せる。
大広間にいるかのような一体感。
「あぁ……先生……その言葉……魂に染みる……」
「俺……褒められた……?」
「バブぅ……(癒やされる……)」
「バブバブ……(俺も……ママ……)」
魔界の支配者から下級悪魔まで、地位も種族も関係なく、父親たちは一様に恍惚とした表情になり、膝から力が抜けていく。
その光景は、さながら集団催眠のようだった。
「さあ、子供たちは私が責任を持って見守りますから。安心してお仕事に行ってきてくださいね? いってらっしゃい」
私が手を振ると、パパたちは夢見心地のまま、大行列を作ってゾロゾロと動き出した。
「は、はい……行ってきます……先生……」
「仕事……頑張る……褒めてもらうために……」
大軍勢は幸せそうな顔で、それぞれの職場へと散っていった。
残されたママたちは、一斉にぽかんと口を開けていた。
「す、すごい……」
「魔王軍の主力が、一瞬で浄化された……」
セレスティア様が、心底面白そうに私を見つめた。
「……なるほど。これが噂の『よしよし』ね。軍団規模で精神干渉を行うとは……ヒナ先生、あなたは我が軍の最強戦力かもしれないわね」
「いえ、ただの保育士ですよ。お母様方も、行ってらっしゃいませ!」
こうして、ついに大人たちはいなくなり、本当の保育園の時間が始まった。
◇
「今日はこれでお歌を歌いましょう!」
中庭には、所狭しと子供たちが座っている。
私が取り出したのは、100均の『どうよう絵本(音が出るタイプ)』。
マイク付きで音量が大きいタイプだ。
ピロリロリーン♪
「「「!!?」」」
子供たちが一斉に驚いて耳をピクピクさせる。
大人数での合唱だ。
「さあ、ザックさんも一緒に! さいたー、さいたー♪」
「はあ……俺の声、通るかな……」
魔王城の中庭に、多種多様な魔物たちの、少し調子外れだけど元気いっぱいな大合唱が響き渡る。
こうして、魔界初の保育園は、予想以上の大盛況で幕を開けたのだった。
◇
夕方。お迎えの時間。
仕事を終えた大量のパパとママたちが、雪崩を打つように中庭に帰ってきた。
「アリス! 無事か!?」
「我が子よー!!」
彼らが見たのは、胸に可愛い名札を付け、大勢のお友達と泥だらけになって笑う子供たちの姿だった。
「パパ! ママ! おともだちたくさんできたよ!」
「ぼく、なふだもらった! かっこいいでしょ!」
多種多様な種族の子供たちが入り混じって遊んだ証。
その光景に、パパたちの目からは滝のような涙が溢れ出した。
「おお……なんと美しい光景だ……!」
「先生……感謝する……!」
「ヒナ先生万歳!!」
中庭は歓喜の渦に包まれた。
私はエプロンをはたきながら、彼らに向かって微笑んだ。
「みんな、とっても良い子でしたよ。明日も待ってますね!」
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【連絡帳】
ヒナより保護者様へ
ご入園おめでとうございます!
アリスちゃんは、たくさんのお友達に囲まれて最初は驚いていましたが、すぐにリーダーシップを発揮して、みんなをまとめてくれました。
いろんなお友達とお手てを繋いで仲良く遊んでいましたよ。
お父様もお母様も、お忙しい中ありがとうございました。
母より
本日はありがとうございました。
帰宅したアリスが、興奮して「チューリップ」の歌を何度も聞かせてくれました。
夫も「先生の『よしよし』が忘れられない」などと口走っておりましたので、躾の一環として、私からも少しお仕置きをしておきました。
夫がご迷惑をおかけするかもしれませんが、今後ともよろしくお願いいたします。




