第4話 魔王城の開かずの間、100均グッズで『浄化』される
「……先生。本気でここを使う気ですか?」
雑用係の影魔族・ザックさんが、引きつった声(といっても顔がないので声色だけだが)で言った。
私の目の前にあるのは、中庭の隅に建つボロボロの石造りの倉庫だ。
壁は黒ずみ、蜘蛛の巣が張り巡らされ、窓からはなんだかよく分からない淀んだ空気が漂ってきている。
「ここ、昔は拷問用具の倉庫だったらしいですよ。『開かずの間』って呼ばれてます」
「大丈夫ですよ! 骨組みはしっかりしてるし、日当たりは最高ですし!」
私は腰に手を当てて、ふふんと鼻を鳴らした。
今日からいよいよ保育園の開園準備だ。
魔王様から借りたこの場所を、世界一可愛い保育園にリフォームしてみせる!
あのアリスちゃんや、まだ見ぬ可愛い子供たちが、ここで笑顔で遊ぶ姿を想像するだけで……もう、やる気がみなぎってくるわ!
「まずは、お掃除からですね。スキル発動――『100均市場』!」
ズズズッ。
空間が裂け、私はそこから今日の秘密兵器を取り出した。
洗剤不要で汚れが落ちる、真っ白な立方体の『メラミンスポンジ』の特大パック。
そして、プラスチックの柄がついた『粘着クリーナー(カーペット用)』だ。
「さあ、やりますよザックさん!」
「はあ……。私は影なので掃除とか苦手なんですが……」
ザックさんが渋々ついてくる。
私たちは小屋の中に足を踏み入れた。中はホコリと煤で真っ暗だ。
「ケケケ……誰だァ……ワシの眠りを妨げる奴はァ……」
その時、部屋の奥から不気味な声が響いた。
壁に掛けられた古びた鎧がガシャンガシャンと震え、椅子がひとりでに宙に浮く。
ポルターガイストだ。
「うわっ、出た! 先生、逃げましょう! こいつは怨念の塊ですよ!」
ザックさんが慌てて私の前に出ようとする。
ビュンッ!
浮いていた椅子が、私たちめがけて飛んできた。
「危ない!」
ザックさんが影を伸ばして椅子を弾く。
「出テ行ケェェ!! ココハ俺ノ場所ダァァ!!」
ポルターガイストの絶叫が響き渡る。部屋中の家具がガタガタと暴れだし、殺気立った空気が渦巻く。
でも、私には見えてしまった。
その暴れる家具の隙間に漂う、寂しげな気配が。
何百年も誰にも顧みられず、ただ暗闇の中で埃にまみれていた孤独が。
(あらあら……強がって暴れてるけど、本当は誰かに気づいてほしくて仕方がないのね。なんて健気で可愛いの! そんなに構ってほしいなら、たっぷり可愛がってあげるわ!)
「……寂しかったんですね」
私はザックさんの背中から一歩前に出た。
「せ、先生!? 何を!」
「ずっと一人ぼっちで、誰かに気づいてほしかったんですよね。よしよし、もう大丈夫ですよ」
私は暴れまわる見えない相手に向かって、優しく両手を広げた。
まるで、駄々をこねて泣き叫ぶ子供を迎え入れるように。
スキル発動――【絶対母性《アイ バブ ユー》】。
「怖くないですよ。私が来ましたからね。えらいえらい、一人でお留守番できてたんですね」
ふわり。
私の手から、温かな黄金の粒子を含んだ波動が広がった。
それは物理的な衝撃ではなく、心の凍てついた部分を溶かす慈愛の光。
ピタッ。
空中で振り上げられていた鎧の腕が止まった。
「ア……アァ……?」
ポルターガイストの声から、刺々しい殺気が消えていく。
「ナンダ……コノ温カサハ……。母チャン……? イヤ、女神サマ……?」
「はいはい、よしよし」
私は空間そのものを撫でるように、優しく手を動かした。
トントン、と背中をあやすリズムで。
「ウッ、ウゥ……寂シカッタ……誰カニ、構ッテ欲シカッタ……」
「そうですね。もう一人じゃありませんよ。これからは、みんなと一緒に遊びましょうね」
ドサッ。
浮いていた家具たちが、ゆっくりと床に降りた。
部屋の空気が、憑き物が落ちたように澄み渡っていく。
「バブゥ……(ママ……)」
ポルターガイスト――ポル君と呼ぼう――は、すっかり毒気を抜かれて、私の足元に見えないけれど気配として擦り寄ってきた。
(んもうっ! 見えないけど、足元にすり寄ってくるこの感じ……捨て猫ちゃんみたいで可愛い! うちの子決定ね!)
「……信じられん。悪霊を『バブみ』で成仏させかけた……」
ザックさんが呆然と呟いている。
「成仏しちゃダメですよ。ポル君には、これからお仕事を手伝ってもらうんですから」
「オ仕事……?」
私はポル君に『粘着クリーナー』を手渡した(正確には、宙に浮かせた)。
白い粘着テープがついたローラーだ。
「ここを綺麗にするのを手伝ってくれたら、もっとヨシヨシしてあげますよ。こうやって、コロコロってするんです」
私は実演してみせた。
ポル君が見よう見まねでクリーナーを動かす。
ベリベリッ。
絨毯のホコリが、一瞬でテープに吸着される。
「!!!」
ポル君から、驚きと喜びの波動が伝わってきた。
「ス、スゲーッ!! ゴミガ取レル!! 気持チイイ!! コレ、楽シイ!!」
ポルターガイストの特性である「物に干渉する力」が、掃除への情熱に変わった瞬間だった。
彼は取り憑かれたように床や壁をローラーで掃除し始めた。
目にも止まらぬ高速コロコロだ。
「……なるほど。『騒ぎたい欲求』を『掃除への執着』にすり替えたのか。先生、ある意味で猛獣使いの才能がありますね」
ザックさんが感心したように頷く。
「さて、私たちは壁を綺麗にしますよ」
私はバケツに水を汲み、『メラミンスポンジ』を浸した。
壁の黒ずんだシミを、キュッキュッと擦る。
「ほう……! これは驚いた」
背後で、ちょうど様子を見に来ていたガイコツ姿の老人が声を上げた。
魔界の医者兼学者のスカル先生だ。
「スカル先生、どうしました?」
「いやはや、その白い塊です。数百年こびりついていた『怨念の煤』が、ただの水だけで落ちていくとは……。魔力反応もないのに、一体どういう理屈ですかな?」
スカル先生が、私の持っているスポンジを興味深そうに覗き込んでいる。
「これは『メラミンスポンジ』です。目に見えないくらい細かい網目状になっていて、汚れを削り落とすんですよ」
「なるほど、微細な研磨構造ですか! 魔力に頼らず、物理的な構造だけでこれほどの洗浄力を発揮するとは……異世界の素材工学は侮れませんな。実に合理的だ」
スカル先生は感心してメモを取っている。
さすが学者さん、理解が早くて助かるわ。
「ザックさん、そこ終わったら『ジョイントマット』を敷き詰めますよ!」
私は100均でおなじみの、パズルみたいに繋げるカラフルなウレタンマットを取り出した。
ピンク、黄色、水色。
ドロドロだった石の床が、あっという間にパステルカラーのふわふわ床に変わっていく。
(うんうん、これなら赤ちゃんがハイハイしても膝が痛くないし、転んでも安心ね! アリスちゃんたちがここでお昼寝する姿……想像しただけで尊い!)
その光景を、魔王城の塔の上から魔王様が双眼鏡で覗いていた。
「な、なんだあの配色は……! 毒々しいピンクと黄色……結界か!? 『侵入者を幼児化させる呪いの床』を展開しているのか!?」
「閣下、あの床の素材は柔らかく、それでいて衝撃を吸収しています。恐るべき技術力です」
側近たちの深読みをよそに、リフォームは着々と進んでいった。
数時間後。
蜘蛛の巣だらけだった小屋は、パステルカラーの内装と、ピカピカに磨かれた窓を持つ、可愛らしい保育室へと変貌を遂げていた。
「できたー!!」
私は満足げに腰に手を当てた。
ポル君も「ふゥ……最高だゼ、この白イ紙ガ真っ黒になる瞬間……」と、使用済みの粘着テープを見てうっとりしている。
どうやら彼もスタッフ確定だ。
「よし! 明日から、ここでみんなを待ってますよ!」
「ヒナ先生、看板も忘れずに」
ザックさんが指差す先に、私がさっき油性マジックで書いた看板を立てかけた。
『ひだまり保育園』
その看板の文字には、私が愛情を込めて、可愛いお花の絵を描いておいた。
スカル先生がそれを見て、「ふむ、この花柄……子供たちの情操教育に良さそうな、温かみのあるデザインですな」と穏やかに頷いていた。
こうして、魔王城の一角に、場違いなほどファンシーな空間が誕生したのだった。




