第3話 ステータス画面が『育児特化』すぎて二度見しました
「コホン。……さて、気を取り直して状況を整理しようか」
魔王ヴェルザード様が、わざとらしい咳払いをしつつ玉座に座り直した。
先ほどまで私に撫でられて「バブぅ」と言っていた人とは思えない、威厳あふれる態度だ。ただ、耳まで真っ赤だけど。
(ふふっ、魔王様ったら。必死に威厳を取り繕ってるけど、さっきの甘えん坊な姿、しっかり目に焼き付けちゃいましたよ。そのギャップがまた可愛いんだから!)
「おい、お前」
「はい?」
「異世界から召喚された者には、通常、この世界で生き抜くための特別な力が宿る。自分の能力を確認させてやる。ザック、石版を」
魔王様の指示で、影の中からザックさんが現れ、石版を渡してきた。
「その板に手を乗せて念じてください。『ステータス・オープン』と」
なるほど、ゲームみたいな感じかな。
私は石版に手を乗せた。
「ステータス・オープン!」
ポワン、という軽い音と共に、石版の上にホログラムのような文字が浮かび上がった。
【名前】 日向ヒナ
【職業】 保育士
【固有スキル】
1.絶対母性《アイ バブ ユー》
(効果:対象を褒める、または撫でることによる幼児退行・精神鎮静。さらに抗い難い母性への思慕)
2.絶対規律《めっだよ!》
(効果:叱責による強制的な良心喚起。および父性・庇護欲への精神干渉攻撃)
3.100均市場
(効果:異世界の『100円ショップ』の商品を無制限に召喚可能)
「名前はヒナさんですか。しかし、なんですかそのふざけたスキル構成は!」
ザックさんが石版を覗き込んで、素っ頓狂な声を上げた。
「えっ、これって普通じゃないんですか?」
「普通は『剣聖』とか『極大魔術』とかですよ。『アイ バブ ユー』ってなんなんですか!」
「私に言われても!」
でも、説明文を見て納得した。
さっき魔王様がいきなり赤ちゃん返りして「バブぅ」と崩れ落ちたのは、一つ目のスキルのせいだったのか。
ヴェルザード様が、気まずそうに顔を背ける。
「……そ、そのスキルのおかげで、私も久々に安らげた……いや、忘れてくれ。二度と使うなよ? 人前では絶対にだぞ?」
(これは、裏では使ってほしいという『フリ』ですね……。素直じゃないんだから、もう!)
私は空気を読んでスルーし、二つ目のスキルに目を落とした。
「『絶対規律《めっだよ!》』……これ、私が保育園で子供たちを叱るときに使ってた言葉だわ」
「プッ……『めっだよ!』って。そんな幼児語が必殺技なんですか? 魔界の猛者たちがそんな言葉で大人しくなるわけないでしょう。人間ってのは呑気ですねぇ」
ザックさんが肩をすくめて、呆れたように笑った。
おや、保育士の言葉を甘く見てますね?
ちょっと試してみようかな。
私は試しに頬を膨らませて、ザックさんに向かって人差し指を立ててみた。
「そんな言い方しちゃ、【めっだよ!】」
スキル発動——【絶対規律《めっだよ!》】
バチィッ!
私の指先からショッキングピンクの火花が飛び散り、『ズキュン!』とザックさんを貫いた。
「はぅっ……!?」
影の身体を持つザックさんが、いきなり胸を押さえてよろめいた。
白い目がバチバチと点滅している。
「な、なんだこれは……今のヒナ殿の姿が、一瞬『神々しい聖女』に見えた……。こ、この私としたことが、思わずひれ伏して『悪かった、俺が守ってやらねば』などと思ってしまうとは……!」
「うわ、本当に効果があるんだ」
魔物にも効く「叱り方」ができるなら、ここでの生活も安心かもしれない。
それにしても、叱られてデレデレになるザックさん……ちょっと面白いかも。
そして、三つ目。
『100均市場』。
これが本当なら、すごく便利かも。
「えーっと……保育士といえば、まずはこれが必要よね」
私は念じた。
――出よ、保育日誌とボールペン!
ブォン!
空間が裂け、そこからA5サイズの大学ノートと、3色ボールペンがぽとりと落ちてきた。
「「空間魔法!?」」
魔王様とザックさんが同時に叫んだ。
「詠唱なしで亜空間倉庫を開くだと!? お前、人間にしておくには惜しい魔力の使い方をするな」
「ただの100円グッズですよ。でも、これなら……」
私はノートを胸に抱きしめ、魔王様に向き直った。
元の世界には戻れないかもしれない。でも、私は私のままでいたい。
それに、あんなに可愛いアリスちゃんや、不器用だけど優しい魔王様を放っておけない!
「魔王様、お願いがあります。私をここで、保育士として働かせてください!」
「……ほう?」
「アリスちゃんはまだ小さいし、甘えたい盛りです。私がアリスちゃんのお世話をします!」
すると、ヴェルザード様は玉座の肘掛けに頬杖をつき、ニヤリと笑った。
「奇遇だな。私も、お前にそれを命じようと思っていたところだ」
「えっ?」
「私が『慈愛の獣』を召喚したのは、そもそもアリスの情操教育のためだ。姿形は人間だが、お前のその、あー……包容力は、私の求めていた『守り手』の役割に合致する」
魔王様はそこで言葉を切ると、あごをしゃくって窓の外を示した。
「それに、城にいるのはアリスだけではない。部下たちが連れている子供たちが城内を走り回り、仕事の邪魔でな……正直、手を焼いていた」
「あー、職場に託児所がないと大変ですもんね……」
「ゆえに、お前の願いは我にとっても都合が良い。特別に許可する。城の中庭を開放し、魔王城に勤務する者たちの子どもの世話をせよ」
えっ、いいんですか!?
渡りに船とはこのことだ。
魔王城の子供たち……きっとアリスちゃんみたいに可愛い子がいっぱいいるに違いない! 想像しただけでワクワクが止まらないわ!
「ありがとうございます! 任せてください、あの中庭を世界一楽しい場所に変えてみせますから!」
「フン、好きにせよ。ただし、アリスを泣かせたら……分かっているな?」
「はいはい。ちゃんとヨシヨシしてあげますから」
「なっ、そ、そういう意味ではない! ……バ、バカ者め」
魔王様は口元を手で覆い、ふいと横を向いてしまった。
やっぱり、満更でもなさそうだ。
このツンデレ魔王様、攻略しがいがありそうね。
「やったー! アリス、先生とあそぶー!」
「うん、遊ぼうねアリスちゃん!」
こうして、最強のスキルを手に入れた私は、魔王城の中庭で保育園を始めることになった。
さあ、まずは100均の掃除用具で、あの中庭をピカピカにしなくちゃ!
可愛い子供たちのために、最高の楽園を作るわよ!




