第29話 1月25日「ホットケーキの日」 気泡は悪魔の合図!? ふかふかタワー建設 その2
ジュワァァァ……。
甘い香りを含んだ湯気が立ち上る。
プレートの上には、シリコン型に入ったまま焼かれているホットケーキたちが並んでいる。普通のホットケーキの三倍はある厚みだ。
「そろそろひっくり返しますよ! 誰か挑戦したい人はいますか?」
「ハイハイ! アリスがやる!」
「オレも! 俺のドラゴンクローなら一撃だ!」
子供たちが競うように手を挙げる。
「じゃあ、まずはアリスちゃんから。フライ返しを持って……そうです、型の底にするっと入れて……」
私がアリスちゃんの手を補助しながら、100均の『ナイロン製ターナー(フライ返し)』を差し込む。
緊張の一瞬。
子供たちが固唾を飲んで見守る。
「えいっ!」
アリスちゃんが手首を返した。
ポスッ。
星形のホットケーキは見事に反転し、美味しそうなきつね色の焼き目を披露した。
「わあー! きれーい!」
「せいこうだ!」
「すごーい! 星のおこげができてる!」
描いたハートマークもくっきりと焼き上がっている。完璧だ。
アリスちゃんが得意げにVサインを決める。
(きゃーっ! アリスちゃん、天才! 初めてのひっくり返しでこんなに完璧なんて! 鼻の頭に少し粉がついているのも計算? 可愛すぎて悶絶しそう!)
「次はボクだ! 丸焼きにしてやる!」
リュウくんがターナーを握る。力みすぎて、手が震えている。
「リュウくん、力まないで。スナップを効かせて……」
「わかってる! 必殺、ドラゴン・フリップ!」
ブンッ!
リュウくんが気合一閃、ターナーを振り上げた。
勢いが良すぎた。
ホットケーキが型ごと宙に舞った。
「あっ」
スローモーションのように回転するホットケーキ。
このままでは床に落ちて「ベシャッ」という悲劇の結末を迎えてしまう!
リュウくんの顔が青ざめる。
おやつが! ボクの分厚いホットケーキが!
(あぁん、もう! 失敗して絶望してるリュウくんの顔、可哀想だけど劇的で可愛い! でも食べ物を粗末にするのはダメ! 先生が奇跡を起こしてあげる!)
私は反射的にエプロンのポケットから手を抜き、滑り込んだ。
しかし、私が手を出すよりも早く、目にも止まらぬ黒い触手が伸びた。
シュッ!
それは、ザックさんの「影の手」だった。
空中のホットケーキを優しくキャッチし、くるりと反転させてプレートの上にふわりと着地させた。
ジュウウ……。
裏面が焼ける音が、何事もなかったかのように再開する。
「……すげぇ」
リュウくんが口をポカンと開けた。
「ザック、お前……忍者か?」
「ふふっ、伊達に長く生きてませんよ。せっかくのおやつを台無しにはさせません」
ザックさんが影の中からキザに親指を立てる。
ナイスアシスト!
こうして全員分の厚焼きホットケーキが焼き上がった。
型から外すと、まるで切り株のような立派な高さ。ぷるぷると揺れるその姿は、まさしく「魔法の円盤」だ。
「完成でーす! さあ、仕上げですよ!」
お皿に乗せたホットケーキタワー。
そこに100均の『ケーキシロップ』と『四角いポーションバター』を乗せる。
熱でバターがとろりと溶け出し、シロップが滝のように側面を流れ落ちていく。
これぞ、人類が到達した罪深いビジュアル。
「いただきまーす!」
子供たちが一斉にかぶりつく。
「はふっ……あつっ、うまー!」
「ふわふわだ! くものうえをたべてるみたい!」
アリスちゃんが頬を膨らませて幸せそうに目を細める。
プルちゃんも、熱々のホットケーキを体内に取り込み、「あったかーい♪」とプルプル震えている。
「ふむ……」
スカル先生も一口食べて、骸骨の顎をカクカクさせた。
「気泡をたっぷり含んだスポンジ状の生地が、バターの脂分とシロップの糖分を強烈に吸着している……。なんというカロリーの塊。だが、この柔らかさ、温かさ……脳髄がとろけるような多幸感がありますな」
「スカル先生、脳髄ないでしょう?」
「言葉の綾です、ヒナ先生」
窓の外では魔界の寒風が吹き荒れているが、保育室の中はバターの香りと子供たちの笑顔、そしてほかほかの熱気で満たされていた。
寒い日にはホットケーキ。100年前の人間が決めたそのルールは、異世界でもしっかりと心と体を温めてくれたようだ。
アリスちゃんが、口の周りにシロップをつけながら言った。
「せんせー、これ、パパにもあげたい!」
なんて優しい子なんだろう。
私はとびきり大きく頷いた。
「ええ、もちろん! お持ち帰り用に包みましょうね。パパ、きっと喜びますよ」
今日一番の温かい気持ちが、私の胸の中でふっくらと膨らんだ。
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【連絡帳】
ヒナより保護者様へ
今日はとても寒い日だったので、お部屋で温かい「厚焼きホットケーキ」を作りました。
アリスちゃんは生地作りからお手伝いしてくれて、フライ返しでひっくり返すのも一発で大成功させました!
星形の型を使って可愛く焼けたケーキに、シロップとバターをたっぷりかけて、「ほっぺがおちそう!」と嬉しそうに食べていましたよ。
アリスちゃんが「パパにもたべさせてあげたいの」と言って、ご自分の分を少し残してお土産に包みました。冷めても美味しいですが、少し温め直すとフワフワ感が戻ります。
アリスちゃんの愛情たっぷりのケーキ、ぜひ味わってあげてください。
母(魔王妃セレスティア)より
寒い中、楽しい時間をありがとうございました。
夫は帰宅するなり、娘から「はい、プレゼント!」と小さな包みを渡されて、その場で号泣しておりました。
「アリスの手作り……! これは国宝だ、宝物庫に飾ろう!」などと馬鹿なことを言っていましたが、結局娘に「あーん」されて、幸せそうに食べていましたわ。
夫いわく、「口の中で解けるようなフワフワ感、そして娘の愛の甘さが五臓六腑に染み渡る」とのことです。
大層気に入ったようで、「今度の日曜日は私が焼く!」と意気込んでおります。
娘にとっても、誰かのために作る喜びを知る良い機会になったようです。




