第28話 1月25日「ホットケーキの日」 気泡は悪魔の合図!? ふかふかタワー建設 その1
魔界の冬の空は、今日もどんよりとした紫色に覆われていた。
時折、遠くの火山からドォン……という低い地響きが聞こえてくるものの、ここ「ひだまり保育園」のある中庭は、結界のおかげで穏やかな日常が流れていた。
私は保育室の壁に掛けられたカレンダー(100均で購入、日本の四季折々の写真付き)を見上げた。
1月25日。
その日付の下には、『ホットケーキの日』という豆知識が小さく書かれていた。
1902年のこの日、北海道の旭川で日本の観測史上最低気温であるマイナス41.0℃を記録したことにちなみ、「寒い日には温かいホットケーキを食べて暖まろう」と制定されたらしい。
「なるほど、寒い日こそ甘くて温かいもの……。魔界の気候にもぴったりですね!」
私は一人で納得して頷いた。
ちょうどおやつの時間だ。園児たちも、外遊びから帰ってきて、お腹を空かせている頃だろう。
「たーだいマー!」
「はらへったぞー!」
扉が開き、ドラゴンのリュウくん(4歳)や、魔王の娘・アリスちゃん(5歳)たちが元気よく飛び込んできた。
雑用係の影魔族・ザックさんが、その後ろから「みなさん、手洗いうがいを忘れないでくださいねー」と声をかけている。
「みんなー! おかえりなさい。今日のおやつは特別ですよ!」
私が笑顔で迎えると、子供たちの目がキラリと光った。
「とくべつ!? なんだなんだ、肉か!?」
「かわいいお菓子?」
「ふふふ、今日は『ふわふわの魔法の円盤』……ホットケーキをみんなで焼きます!」
子供たちを集め、私はおなじみのスキルを発動させるため、テーブルの前でポーズをとった。
「スキル発動――『100均市場』!」
ブォンッ!
空間が裂け、真っ白な光の中から日本の100円ショップの商品棚が現れる。
今回私が取り出したのは、以下のアイテムだ。
・『ホットケーキミックス(粉)』×5袋
・『厚焼きパンケーキ用シリコン型(星形・丸形)』×人数分
・『マヨネーズ用ドレッシングボトル(先細タイプ)』
・『シリコンスパチュラ(ゴムベラ)』
普通のホットケーキも美味しいけれど、今日はカフェに出てくるような、分厚くて背の高いホットケーキを目指すのだ。
「ほう、これは……」
真っ白い粉の入った袋を見て、園医のスカル先生が興味深そうに近づいてきた。
「ヒナ先生、この白い粉末は……穀物を粉砕したものに、砂糖と……むむ? 『膨張剤』が含まれていますな。炭酸水素ナトリウム……加熱によって二酸化炭素を発生させ、生地の中に気泡を作り出し、体積を膨張させる錬金素材ですか」
スカル先生の青い炎の目が、パッケージの裏面を恐ろしい速さで解析している。
私はニッコリと頷いた。
「ええ、いわゆるベーキングパウダーです。これのおかげで、フワフワになるんですよ」
「なるほど。気体を封じ込めて食感を変えるとは……実に合理的かつ化学的なアプローチですな」
説明を聞いていた子供たちの目が輝く。
「ガスをだすの? すっげー!」
「ふわふわになる魔法の粉!」
さあ、クッキング開始だ。
大きなボウルに卵と牛乳を入れ、泡立て器で混ぜる。そしてミックス粉を投入!
ここでリュウくんが立候補した。
「ボクが混ぜる! ドラゴンの怪力を見せてやる!」
リュウくんが泡立て器を掴み、ものすごい勢いで混ぜようとする。
遠心力で中身が飛び散りそうだ。
(きゃーっ! やる気満々なリュウくん、可愛すぎる! でも力任せにやったら部屋中が粉まみれになってしまうわ! 鼻息荒くしてるその顔も愛おしいけど、ここは止めなくちゃ!)
「ストップ! リュウくん、優しくです! 混ぜすぎると『グルテン』という粘りが出て、膨らまなくなっちゃいますよ。『の』の字を書くように、さっくりと……そう!」
私が手を添えて教えると、リュウくんは「くっ……怪力の封印か……難しい修行だ」と真剣な顔でゆっくり混ぜ始めた。
「できた! とろとろー!」
生地が完成したら、次は遊び心だ。
私は100均の『ドレッシングボトル』に、生地の一部を取り分けてココアパウダーを混ぜた「黒い生地」を作って入れた。
「これで絵を描くんですよ」
魔力で動くホットプレートの上に、シリコンの型を置く。
アリスちゃんは星形の型、リュウくんは丸形の型を選んだ。
「まず、型の中に生地を流し込みます。でも、いっぱい入れちゃダメですよ? 膨らみますからね」
「うん!」
子供たちが慎重に生地を注ぐ。
そして、生地の上に、さっきのドレッシングボトルを使って模様を描くのだ。
アリスちゃんは器用にハートマークを。
スライムのプルちゃんは、自分自身の似顔絵(ただの丸)を描いている。
「いいにおいしてきたー!」
甘くて香ばしい匂いが漂い始めると、子供たちのテンションは最高潮に達した。
さあ、ここからが一番大事な時間。「待つ」という修行の時間だ。
「先生、まだ? まだ?」
「ボクのやつ、なんか穴が開いてきたぞ!?」
リュウくんが叫ぶ。
表面にプツプツと小さな泡が出てきたのだ。
「うひぃ……! 生地が呼吸している……! やはり魔界の生物の卵だったのか!?」
ザックさんがビビっているが、これはホットケーキをひっくり返すための重要なサインだ。
「大丈夫です、ザックさん。あの穴は『そろそろ裏返してね』っていう、美味しい合図なんですよ」
私がウィンクすると、スカル先生がルーペを取り出した。
「ほほう、内部の炭酸ガスが表面まで到達し、通路を形成した痕跡ですか。このクレーターこそが、内部まで熱が通った証……! まさに化学反応のスペクタクル!」
大げさな実況のせいで、ただのおやつ作りが一大イベントのように盛り上がってきた。
しかし、一番の難関はここからだ。
分厚いシリコン型を使ったホットケーキ。これを崩さずにひっくり返すには、勇気とテクニックが必要なのだ!




