第26話 気分はスパイ!? 『スズランテープ』で挑む、ミッション・イン・ポッシブル その1
「はぁ……。きょうもへいわだねぇ……」
魔王城の中庭には、いつも通りの不気味な紫色の雲が垂れ込め、時折遠くの火口からマグマが噴き上がっている。
そんな景観とは裏腹に、ここ「ひだまり保育園」の教室内は平和な空気に包まれていた。
「へいわすぎて……ねむい……」
ふあぁ、と大きなあくびをしたのは、魔王の愛娘アリスちゃん(5歳)。
銀色の綺麗な髪が少しボサッとしていて、まるで子猫のような無防備さだ。
「俺も……平和すぎて体が鈍っちまいそうだ……。なにか刺激的なミッションはないのか……」
ドラゴンのリュウくん(4歳)も、机に顎を乗せて、尻尾をパタンパタンと所在なさげに振っている。
スライムのプルちゃんに至っては、カーペットの模様と同化するほどデローンと平たく伸びきっていた。
(あぁん、もう! みんなの退屈そうな顔も、アンニュイで捨てがたいわ! 特にアリスちゃんの半開きの口元とか、リュウくんの気だるげな尻尾のリズムとか……日常の1コマとして動画に残したい! でも、保育士としてはこのダレた空気を打破しなくちゃね!)
子供たちは「魔族」だ。本能的にスリルや興奮を求めている。
ただのお遊戯では満足できない、小さなおてんばさんたち。
それなら、今日は思いっきりハラハラドキドキさせてあげようじゃないの!
「みんなー! そんなに退屈なら、今日は特別な『極秘任務』に参加してもらいますよ!」
私が手を叩いて声を張り上げると、子供たちの耳や角がピクリと反応した。
「ごくひにんむ……?」
「スペシャルなやつ?」
リュウくんがガバッと顔を上げる。
「ええ。あなたたちにはこれから、『凄腕のスパイ』になってもらいます! 数々の罠を潜り抜け、お宝をゲットするミッションです!」
「スパイ!?」
「かっこいい! アリス、やるー!」
「ボクもだ! 潜入捜査だろ? 燃えてきたぞ!」
途端に目を輝かせる子供たち。ちょろい……じゃなくて、素直で可愛い子たちだ。
私は教室の机や椅子を部屋の端に寄せ、中央に広いスペースを作った。
そして、おなじみのスキルを発動する。
「準備はいいですか? スキル発動――『100均市場』!」
ブォンッ!
空間が裂け、眩い光と共に日本の100円ショップの「梱包・荷造りコーナー」の棚が出現した。
今回私が取り出したのは、以下のアイテムだ。
・『平テープ(スズランテープ)・ネオンピンク』×2巻
・『平テープ(スズランテープ)・ネオンイエロー』×2巻
・『養生テープ(貼って剥がせるタイプ)』
・『手芸用・宝来鈴(大・15個入り)』
・『宝箱風ボックス(プラスチック製)』
特に主役となるのは、『平テープ』。一般的にはスズランテープとも呼ばれる、ポンポン作りや新聞紙を縛るのによく使う、あの薄くて丈夫なビニール紐だ。今回は目立つように蛍光色をチョイスした。
「ほう、これは……」
大量のビニール紐の山を見た瞬間、園医のスカル先生が白衣を翻して近づいてきた。
「ヒナ先生、この極薄の合成樹脂テープは……。一見するとただの梱包材ですが、その極彩色……そして引っ張りに対する驚異的な強度。これを何に使うのですかな? まさか、侵入者を拘束するための結界術式用ですかな?」
スカル先生の青い炎の目が、ピンクとイエローのテープを怪しげに観察している。
「ふふっ、近いですね。これで『レーザー光線の罠』を作るんですよ」
「レーザー……? 光の熱線ですか!?」
「ごっこ遊びですけどね。触っちゃいけない『赤い線』を作るんです」
私はスタッフのザックさん(影魔族)とポル君(用務員のポルターガイスト)に手伝ってもらい、教室中にテープを張り巡らせた。
椅子の脚からドアノブへ。テーブルの端から窓枠へ。天井の梁から床へ。
ネオンピンクとイエローのテープが、部屋中を縦横無尽に交差し、まるで映画に出てくる「赤外線センサーの防犯システム」のような複雑な網を作り上げた。
「す、すげぇ……」
「本物の要塞みたいだ……」
リュウくんとアリスちゃんが息を呑む。
薄暗い教室内で、蛍光色のテープが妖しく浮かび上がっている。100均の紐とは思えない、なかなかの緊迫感だ。
「ふむ……視覚的に警告を発する色彩と、物理的な障壁……。単純な構造ながら、心理的圧迫感を与える見事なトラップですな。あの細い線に触れれば、即座に魔力爆発が起きてもおかしくない……」
スカル先生が勝手に深読みして怖がっているが、ただのビニール紐である。
「さあ、ミッションスタートです! このレーザー(テープ)に少しでも触れたらアウトですよ。体を小さくして、慎重に進んで、部屋の奥にある『宝箱』を取ってきてください!」
「らじゃー!」
トップバッターは、魔王の娘・アリスちゃんだ。
彼女はドレスの裾を少し持ち上げ、真剣な表情でテープのジャングルへと足を踏み入れた。
「……そーっと、そーっと」
アリスちゃんは身が軽い。低いテープをひょいとまたぎ、高いテープの下を華麗にくぐる。
その動きはまるで小さなバレリーナだ。
(きゃーっ! なんて絵になるの! 真剣な眼差しでテープを見つめるアリスちゃん……映画のヒロインそのものよ! 張り巡らされたピンクの線と、銀髪の美少女……このコントラスト、芸術点高すぎるわ!)
「アリスちゃん、上手です! あと少し!」
「うん!」
アリスちゃんは見事にクリアし、ゴール地点に到着した。
振り返ってピースサイン。余裕の表情だ。
「つぎはボクだ! 見てろよ、ドラゴンの瞬発力を!」
次はリュウくんの出番だ。彼は鼻息荒くスタートラインに立った。
しかし、リュウくんにはハンデがあった。
体が大きいのだ。特に、立派な角と、長い尻尾、そして背中の小さな翼。
体のあちこちに突起物があるドラゴン族にとって、この狭い隙間を通り抜けるのは至難の業だ。
「いくぞ……とうっ!」
リュウくんは最初の低いテープをジャンプで越えようとした。
ビシッ!
着地した瞬間、背中側のテープに長い尻尾がペチッと当たってしまった。
「ああっ!」
「ブッブー! リュウくん、アウトー!」
「ぐぬぬ……気づかなかった! 後ろに罠があるなんて卑怯だぞ!」
リュウくんが悔しがる。
スズランテープは静電気が発生しやすいため、通り抜けようとするとフワッと吸い寄せられることがあるのだ。これが意外な難易度を生む。
「次は慎重に行くぞ……四つん這いだ!」
リュウくんは匍匐前進作戦に出た。
これなら背中の高さはクリアできる。
ズルズルと進んでいくリュウくん。しかし今度は、這っている間に左右に揺れるお尻の動きに合わせて、尻尾が楽しげに右へ左へと振られてしまっている。
ペシッ、ペシッ、ペシッ。
リュウくんが進むたびに、左右のテープを軽快に叩きまくっていた。
「リュウくん、尻尾! 尻尾が当たってますよー!」
「えっ!? ウソだろ!? 俺の尻尾、勝手に動くなー!」
自分の意思に反してご機嫌に動いてしまう尻尾を抱えて、リュウくんはその場でゴロンと転がってしまった。
(ぶふっ! 可愛すぎる! 必死に真顔で進もうとしてるのに、尻尾だけウキウキで動いちゃってるなんて! ドラゴン族の性ね……尊い!)
さらに問題児がもう一人。
スライムのプルちゃんだ。
「ぷるるー!」
不定形のプルちゃんにとって、隙間を抜けるのはお手の物のはずだ。
彼はデローンと体を平たくし、床の僅かな隙間を這い進んだ。
「おぉ、さすがスライム族。物理的な障壁を流動的に回避するとは……」
スカル先生が感心していた、その時だった。
バチッ!
「ぷるっ!?」
スズランテープの下を通った瞬間、静電気が発生し、プルちゃんの体の一部がビヨンとテープの方へ吸い上げられたのだ。
さらに、ペタリと貼り付いてしまった。
100均のスズランテープとスライムの粘液。意外な相性の良さ(?)である。
「ぷ、ぷるー!」
プルちゃんが慌てて身をよじると、周りのテープも次々と吸い寄せられ、あっという間にピンクと黄色の紐でグルグル巻きの簀巻き状態になってしまった。
「あはは! プルちゃん、ボンレスハムみたい!」
アリスちゃんが大笑いする。
自慢のスパイミッションは、子供たちの個性ゆえに大混乱の様相を呈していた。
「くそぅ、もう一回だ! 今度こそ絶対にクリアしてやる!」
リュウくんが闘志を燃やすが、テープの迷宮は難攻不落だ。
そこで私は、さらなる仕掛けを追加することにした。
音のトラップ。スパイ映画の定番である。
「みんな、ちょっと待ってくださいね。レベルアップさせますよ!」
私は100均の『宝来鈴』を取り出し、ニヤリと笑った。




