第21話 最強の要塞づくり その2
「ここをとおしたくば、あいことばをいえー!」
布で作られた入り口の隙間から、アリスちゃん(5歳)の可愛い声が響く。
教室内に出現した『ひだまり要塞』は、今や子供たちの独立国家となっていた。
突っ張り棒とワイヤーネット、そして結束バンドで作られた骨組みは意外なほど強固で、周囲を覆う布団やクロスが外界をシャットアウトしている。
「こ、困りましたね……おやつの時間なんですが」
雑用係のザックさん(影魔族)が、お盆に乗せた牛乳とクッキーを持て余している。
「おいコラ、お前たち! 先生の言うことを聞かないと……うわっ!?」
ザックさんが強行突破しようと入り口の布をめくった瞬間、中から何かが飛んできた。
ペシッ!
大量の『カラーボール(100均のプラスチック製)』だ。
「敵襲だー! げげきせよー!」
「ドラゴンの咆哮(リュウくんの大きな声)!」
基地内部は大興奮状態。
普段は大人しいスライムのプルちゃんや、真面目な双頭犬のベル&ロスまで、「ヒャッハー!」と一緒になって騒いでいる。自分たちで作った「城」に守られているという安心感が、彼らのテンションを爆上げしているようだ。
「くっ……弾幕が厚い! 影の体を持つ私でも、このプラスチックの物理攻撃は防ぎきれない……!」
ザックさんが大げさに仰け反って退散してきた。
「スカル先生、分析をお願いします」
「うむ。この要塞……内部に光源があるようですな。布越しに漏れる光が、なんとも幻想的です」
私が布の隙間から中を覗くと、薄暗い基地の中は、まるで星空のようにキラキラと輝いていた。
正体は、100均の『LEDジュエリーライト(電池式)』だ。
これは、細い針金のようなワイヤーに、宝石の粒のような小さなLED電球が等間隔で埋め込まれているインテリア照明だ。
一般的な太いコードのイルミネーションと違い、全体が極細の「紐状」になっているのが特徴で、自由自在に曲げたり巻き付けたりできる。
子供たちはこの光る紐を突っ張り棒に絡ませ、幻想的な空間を作り出していたのだ。
クリスマスのイルミネーションのように点滅する光。
その幻想的な空間で、子供たちがクッションを持ち込んでゴロゴロしている。
なんて居心地が良さそうなんだろう。帰りたくなくなるのも無理はない。
(きゃーっ! なんて素敵な空間なの! 子供たちが自分たちで作った秘密基地で、目をキラキラさせてる……! その満足げな顔、一生守りたい! でも、お片付けの時間も守らせなきゃいけないのが辛いところね!)
でも、そろそろお帰りの時間が近づいている。
籠城ごっこもここまでだ。
「みなさーん。基地遊びは楽しいですが、もうお片付けの時間ですよー」
私が声をかけると、中から不満げなブーイングが返ってきた。
「やだー! まだあそぶー!」
「ここはボクらのくにだ! ずっとここに住むんだ!」
「パパもママも知らないもん! かえらないもん!」
おっと、これは「イヤイヤ期」と「秘密基地の万能感」が合体した、厄介なコンボだ。
子供たちは本気で「ここなら誰にも邪魔されず、好きなだけ遊べる」と信じ込んでしまっている。
私は大きく息を吸い込んだ。
力ずくで基地を解体するのは簡単だ(結束バンドを切れば一発だし)。
でも、それでは彼らの「夢の城」を壊すことになる。
ここは保育士らしく、きちんと言葉で伝えなくては。
私は入り口の前に仁王立ちした。
両手を腰に当て、頬を限界までプクーッと膨らませる。
スカル先生とザックさんが「で、出た……!」と身構えた。
「もう! 先生の言うことを聞かないで、立て籠もるなんて、【めっだよ!】」
スキル発動――【絶対規律《めっだよ!》】。
ドォォォォン……ッ!!
ピンク色の波動が、突っ張り棒と布の壁を透過して炸裂した。
物理的な破壊力はゼロ。
けれど、その波動は基地内部の空間を一瞬で「お母さんに叱られた時の神妙な空気」へと変質させる。
「「「!!?」」」
中からどよめきが聞こえ、ピタリと騒音が止んだ。
「ハッ……ボク、先生をこまらせてた……?」
「わるいこだった……?」
波動は基地の外にも漏れ出し、流れ弾となってスカル先生とザックさんを襲った。
「グハッ……!! 尊い……叱られたい……!」
「うぉぉ……俺も基地に入って正座して反省したい……!」
大の大人二人が、その場で崩れ落ちて悶絶している。
シーンと静まり返った基地の中から、ガサゴソと布をめくる音がした。
アリスちゃんが、もじもじしながら顔を出した。
「……せんせい、ごめんなさい」
「……ちょうしに、のりました」
続いてリュウくんやベル&ロスたちも、しおらしく出てきた。
LEDライトのスイッチも消してある。えらいえらい。
私は頬の空気を抜き、ニッコリと微笑んだ。
しゃがみこんで、出てきた子供たちを順に抱きしめる。
「基地、とっても素敵でしたよ。でもね、基地は逃げ込む場所じゃなくて、元気をチャージする場所なんです」
「げんきを……チャージ?」
「そう。明日また元気に遊ぶために、今日はお家に帰って、パパやママに冒険のお話をしてあげてください。基地はずっとここにありますから」
そう言って頭を撫でると、アリスちゃんたちの顔に笑顔が戻った。
「そっか! あしたもあるんだね!」
「うん! ママにじまんする!」
安心した子供たちは、素直にお片付けを始めた。
おやつを食べ、帰りの支度をする頃には、みんな「明日はもっとすごいのを作るぞ!」と意気込んでいた。
そして帰り際、私はお土産を持たせることにした。
『LEDジュエリーライト』だ。
「これを持って帰れば、お家のベッドも秘密基地になりますよ」
「やったー!」
お迎えの時間、迎えに来た魔族のパパたちは、なんだかキラキラ光る紐を持って「これで夜も基地だぞ!」と叫ぶ我が子に目を白黒させていたらしい。
その夜、魔王城のあちこちの窓から、小さな光がホタルのように漏れ出していたという。
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【連絡帳】
ヒナより保護者様へ
今日は室内で「秘密基地づくり」をしました。
突っ張り棒やワイヤーネットを自分たちで組み立てて、立派な要塞を作り上げましたよ。
リュウくんは「ここはドラゴンの最強の巣だ!」と張り切って、基地の守護神として入り口を守ってくれていました。
途中、居心地が良すぎて「帰りたくない」と籠城してしまう場面もありましたが、最後はきちんとお約束を守って、自分でお片付けもできました。
持ち帰った光るコード(LEDライト)は、今日の基地遊びで使ったものです。暗いところで光らせるととても綺麗ですので、お休み前などに楽しんでください。
母より
いつも暴れん坊がお世話になっております。
帰宅するなり、「俺の新しい城の設計図だ!」と言って、家中の椅子や毛布をひっくり返して何かを作り始めました。夫(炎竜将軍)も一緒になって「ここを強化しろ」などと参戦し、リビングが要塞化しております。
頂いた光るコードをテントの中に飾って、親子二人で狭い中に入ってニヤニヤしています。男っていうのは、いくつになっても秘密基地が好きなんですね(笑)。
また明日、その設計図通りの基地を作ると息巻いておりますので、よろしくお願いいたします。




