第16話 1月19日「カラオケの日」 みんなで響け、ひだまりの歌! その1
1月19日。
教室の壁に掛けられた100均のカレンダーには、『カラオケの日』と記されている。
1946年のこの日、ラジオでのど自慢番組が始まったことが由来らしい。
歌は心を豊かにする。それは人間界でも魔界でも変わらないはずだ。
「よし、今日は『ひだまりのど自慢大会』を開催しましょう!」
私が提案すると、子供たちは「わーい!」と歓声を上げた。
魔王城の中庭には、今日も不穏な紫色の雲が垂れ込めているが、そんな陰鬱な空気を吹き飛ばすには歌が一番だ。
しかし、部屋の隅で一人、浮かない顔をしている女の子がいた。
水色の髪に、耳の代わりにヒレのようなものがついている少女。
セイレーン族のララちゃん(5歳)だ。
セイレーンといえば、美しい歌声で船乗りを惑わし、難破させる海の魔物として有名だ。
「ララちゃん? どうしました? 歌うのは嫌いですか?」
私が尋ねると、ララちゃんはフルフルと首を横に振った。
そして、鈴が転がるような可愛らしい声で、けれど寂しそうに言った。
「……ううん、うたうのはすき。でも、うたっちゃだめなの」
「ダメって、どうして?」
「わたしがうたうと、みんながおかしくなっちゃうから」
ララちゃんはしょんぼりとヒレを垂れた。
セイレーン族の声帯は特殊だ。普通に喋る分には問題ないのだが、そこに「メロディ」と「感情」が乗った瞬間、強力な精神干渉作用を持つ魔力が発動してしまう。
まだ幼いララちゃんは力の制御ができず、うっかり本気で歌うと、聞いた人を狂乱させたり、眠らせて二度と起きなくさせたりしてしまう危険があるのだ。
「わたし、じょうずに手加減できないの。ママにも、『お歌は大きくなるまで禁止よ』って言われてるから……」
歌いたいのに歌えない。大好きな音楽を我慢しなきゃいけないなんて、かわいそうだ。
雑用係のザックさん(影魔族)も、「セイレーンの宿命ですね……難儀なものです」と同情して影を揺らしている。
(あぁん、もう! なんて切ないの! 大好きな歌を我慢して、小さくなってるララちゃん……抱きしめて「思いっきり歌っていいよ」って言ってあげたい! その悲しげな横顔も、震える小さな肩も、全部まとめて愛おしい!)
でも、ここは「ひだまり保育園」。
子供の「やりたい」を「ダメ」で終わらせるなんて、私のプライドが許しません。
「任せてください! ララちゃんが安心して歌えるような、魔法のアイテムを出しますから!」
私は園庭にステージ(朝礼台)を用意し、子供たちを集めた。
そして、虚空に右手をかざす。
「スキル発動――『100均市場』!」
ブォンッ!
空間が裂け、そこから現れたのはおもちゃコーナーの棚だ。
私が取り出したのは、以下のアイテムをそれぞれ複数。
・『エコーマイク(電池不要)』
・『ピカピカ光るタンバリン』
・『マラカス(フルーツ柄)』
『エコーマイク』は、プラスチック製のドームの中にバネが入っていて、声に向かって喋ると、電池も機械も使わずに声がワンワンと響く、昔ながらのおもちゃだ。
「ほう、これは……」
それを見た園医のスカル先生が、興味深そうに近づいてきた。
「ヒナ先生、このピンク色の筒は……内部にバネが仕込まれていますな。声の振動をバネに伝え、物理的に反響させる仕組みですか。魔力を使わずにエコー効果を生み出すとは、単純ながらも面白い構造です」
スカル先生の青い炎の目が、私の手にあるエコーマイクを観察している。
「ええ、とっても楽しいんですよ。ララちゃん、これを使って歌ってみて? このマイクはね、声を『楽しく』響かせてくれる魔法がかかっているんです」
ララちゃんは恐る恐るマイクを受け取った。
ピンク色のプラスチックのマイク。軽くて、なんだか可愛い。
「……あ、あー」
ララちゃんが小さく声を出すと、マイクの中で声が反響した。
『あ、あー(ワンワンワン……)』
機械的なエコーではなく、どこか懐かしくてコミカルな響きだ。
「わあ! 変な声!」
アリスちゃんたちが笑う。
ララちゃんも、自分の声が面白く響くのを聞いて、クスッと笑った。
「これなら……怖くないかも」
このチープなおもちゃの響きが、セイレーンの魔力をいい具合に分散させ、無害化してくれる。
なにより、「楽しい」という気持ちが、呪いを解く一番の鍵なのだ。
「さあ、のど自慢大会の始まりですよ!」
トップバッターはドラゴンのリュウくん。
彼はマイクを握りしめ、咆哮のような歌声を披露した。
「ガォォォーッ! 肉が好きー! 焼いた肉ー! 生より焼いたほうがうまいー!」
『(ウマイー……ウマイー……)』
デスメタル顔負けのシャウトだが、エコーマイクのおかげでなんだか間抜けに聞こえて可愛い。
次はアリスちゃん。
「パパは魔王ー♪ でも、ヒナ先生にはメロメロー♪」
『(メロメロー……メロメロー……)』
暴露ソングだ。魔王様が聞いていたら泣いて喜ぶ(そして恥ずかしがる)だろう。
(きゃーっ! アリスちゃん、なんて可愛い歌なの! パパのこと大好きなのが伝わってくるわ! リュウくんの肉への情熱も最高! みんなの歌声、録音して毎日聞きたい!)
そして、いよいよララちゃんの番だ。
彼女はステージの真ん中に立ち、マイクを両手でギュッと握りしめた。
みんなが見守る中、彼女は小さく息を吸い込んだ。
「……ラララ……♪」
透き通るような美声が、エコーに乗って中庭に広がった。
セイレーン族の本能が呼び覚まされ、その歌声は次第に熱を帯びていく。
おもちゃのマイクが作り出す「ボワンボワン」という独特の残響音が、魔力を絶妙に「おふざけ」の方向へ中和してくれている……はずだった。
「すごい……! なんて綺麗な声……」
ザックさんがうっとりと聞き惚れている。
ララちゃんは嬉しくなった。
自分の歌を聞いて、みんなが笑顔になっている。怖がっていない。
もっと歌いたい。もっと響かせたい。
そんな純粋な気持ちが、彼女の中に眠るセイレーンの強大な魔力を刺激してしまった。
「ラァァァァァ――♪」
歌声がサビに入った瞬間、ララちゃんの背中のヒレが青白く発光した。
おもちゃのマイクが、ビリビリと震え出す。
「ウッ……!? な、なんだ……急に意識が……」
最前列で聞いていたザックさんが、白目を剥いてグラリとよろめいた。
「魂が……海に引かれる……心地よい……」
スカル先生も、骨の顎をガクッと外して脱力し始めている。
いけない。ララちゃんの歌う喜びが強すぎて、エコーマイクの「おふざけ効果」を突破し始めた!
歌声に込められた『魅了』と『睡眠』の魔力が、中庭全体を侵食し始めたのだ。
「ふぁ……ねむい……」
リュウくんやアリスちゃんも、こっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。
「ハッ……!」
ララちゃんが目を開けた。
目の前には、虚ろな目をして倒れかけているお友達と先生たちの姿。
「あ……あぁ……」
マイクを取り落とし、ララちゃんの顔から血の気が引いた。
やっぱり、ダメだったんだ。
私が歌うと、みんなおかしくなっちゃう。
「やだ……わたしのせいだ……!」
ララちゃんは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
恐怖と後悔で心が乱れ、それがさらに歌の魔力を暴走させる。制御不能になった魔力の波紋が、キーンという不快なハウリングとなって周囲を襲った。




