第11話 岩のゴーレムと『スポンジカプセル』 お湯で膨らむフワフワ動物園 その2
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
ひだまり保育園の地面が鳴動し、周囲を囲む高い城壁が、まるで生き物のように軋み始めた。
「な、なんだ!? 地震か!?」
雑用係のザックさんが、洗面器を守ろうとしておろおろしている。
その時、中庭を見下ろす巨大な城壁の一部が隆起し、巨大な「顔」のような形を形成した。
それは、ロッキーくんのお父さん、城壁と一体化している超巨大ゴーレム『フォートレス(城塞)』だ。
『警告! 警告! 中庭ニテ、急速ニ膨張スル「未確認有機物」ヲ多数検知!』
空気を震わすような重低音が、頭上から降り注いだ。
壁の顔が、眼下の洗面器――そこで膨らみつつある数個のスポンジ動物たち――を睨みつけている。
「パパ!?」
ロッキーくんが空を見上げる。
『息子ヨ、離レロ! ソレハ「無限増殖型・粘菌兵器」ダ! 水ヲ吸収シテ巨大化シ、城ヲ飲ミ込ムツモリダ!』
どうやらお父さんは、お湯で膨らむスポンジを見て、「水を吸って無限に巨大化し続ける怪物」だと勘違いしたらしい。
スカル先生が呆れたように呟いた。
「やれやれ、フォートレス殿は相変わらず心配性ですな。あれはただの玩具だというのに……。しかし、あの巨体でパニックになられると厄介ですぞ」
『城壁防衛システム起動! 排除スル! 「城塞砲」装填!』
ガシャン! ウィィィン……!
城壁のあちこちから、石造りの砲門がせり出し、中庭の洗面器に照準を合わせた。
ただのスポンジのウサギやクマに対して、城を破壊できるレベルの火力が向けられている。
「ひぃぃ! フォートレス様、早まらないで! ここにはアリス様もいるんですよ!」
ザックさんが叫ぶが、防衛本能全開のパパには届かない。
『アリス様モ守ル! ダカラコソ、コノ「増殖魔獣」ヲ初期段階デ殲滅シナケレバナラナイ! 発射準備!』
砲門に魔力が充填されていく。
ロッキーくんが、洗面器を抱え込んでうずくまった。
「ダメだ! これは……これはボクのお友達なんだ!」
「ロッキーくん!」
彼の手の中には、ふやけたスポンジのウサギが握られている。
初めて自分が壊さずに触れられた、柔らかいお友達。それを守ろうと、彼は必死に岩の背中を向けた。
その姿を見て、私の保育士魂に火がついた。
(もうっ! お父さんったら、息子を守りたいのは分かるけど、せっかくのロッキーくんの成長を邪魔しちゃダメじゃない! あんなに必死に小さなお友達を守ろうとしてるロッキーくん……なんて健気なの! その優しい心、私が絶対に守ってみせる!)
私はエプロンの紐をギュッと締め直し、ロッキーくんの前に飛び出した。
見上げるような巨大な城壁の顔に向かって、仁王立ちになる。
「フォートレスさん! そこまでです!」
私は大きく息を吸い込み、両頬を限界までプクーッと膨らませた。
眉を吊り上げ、城壁の顔を睨みつける。
そして、無数の砲門に向かって、人差し指をビシッと突きつけた。
「もう! ロッキーくんが優しく遊んでいるのに、危ないものを向けちゃ、【めっだよ!】」
スキル発動――【絶対規律《めっだよ!》】。
ズドォォォォォン……ッ!!
ピンク色の衝撃波が、天を衝く勢いで炸裂した。
それは物理的な破壊力ではない。
「過保護な父親」の岩の心臓を直接揺さぶる、慈愛と叱責の精神波動だ。
『グ、オォォォォッ……!!』
城壁全体が、ビクン! と大きく震えた。
せり出していた砲門が、ガクガクと力を失って垂れ下がる。
『シ、叱ラレタ……! コノ堅牢ナル我ガ精神ガ……豆腐ノヨウニ崩サレル……!』
『ナントイウ……母性……! 城壁ノ中ニ埋マッテイテモ届ク、コノ温カサハ……!』
巨大な壁の顔が、恍惚とした表情になり、目から砂の涙を流した。
「ふむ……ヒナ先生の精神干渉波、今回は広範囲拡散型ですか。物理的な障壁を透過して心に直接響く……実に興味深い……グフッ(尊死)」
スカル先生も冷静に分析しようとしたが、流れ弾を食らって幸せそうに倒れた。
『申シ訳ナイ……。息子ガ、アノヨウナ「柔ラカキモノ」ヲ愛デテイル姿ヲ見テ、ツイ動揺シテシマッタ……』
フォートレスさんは、シュンとして砲門を収納した。
私は頬の空気を抜き、やれやれと息を吐いた。
「分かればいいんです。見てください、ロッキーくんの手を」
私が促すと、ロッキーくんがおずおずと手を開いた。
そこには、少し潰れてしまったけれど、無事なスポンジのウサギが乗っていた。
「パパ……見て。ボク、壊さなかったよ。優しくできたよ」
その言葉に、城壁のパパは再び号泣(土砂崩れ)した。
『オオ……! 我ガ息子ヨ! イツノ間ニ、ソノヨウナ繊細ナ力加減ヲ……! 立派ダ、立派ダゾォォ!』
中庭に砂埃が舞う中、ロッキーくんは嬉しそうにウサギを頬ずりした。
岩の肌に触れるスポンジの感触。
それは彼にとって、何よりの宝物になったようだ。
その後、誤解の解けたパパに見守られながら、ロッキーくんはたくさんの動物たちを「孵化」させた。
洗面器いっぱいのカラフルなスポンジ動物たち。
彼はそれを、自分の宝物箱(100均のタッパー)に大切そうにしまっていた。
————————
【連絡帳】
ヒナより保護者様へ
今日はお外で「スポンジカプセル」を使って遊びました。
最初は「自分の力で壊してしまうかも」と怖がっていたロッキーくんですが、お湯の中で膨らんだスポンジの動物さんを、指先でとても優しく扱うことができました。
「柔らかいね」「壊れなかったよ」と嬉しそうに報告してくれる笑顔が、とても素敵でした。
途中、お父様が少し驚かれて防衛システムが作動しかけましたが(笑)、ロッキーくんの優しい成長を見ていただけて良かったです。
持ち帰ったスポンジの動物たちは、乾くと小さく硬くなりますが、またお水に入れると膨らみますので、お家でも一緒に遊んであげてください。
母より
いつも息子がお世話になっております。
本日は夫(城壁)が大変なご迷惑をおかけしました。
「息子を守るためだ」などと申しておりましたが、先生の「めっだよ!」がよほど効いたのか、今夜は城壁全体がシュンと縮こまっております。
ロッキーは、持ち帰ったスポンジのウサギを「僕の柔らかいお友達だ」と言って、自分の岩のベッドの枕元に並べて、今まさに嬉しそうに眠りについたところです。
あの子は体が硬く大きく生まれてしまったことを気にしていましたが、先生のおかげで「優しく触れる喜び」を知ることができたようです。
本当にありがとうございました。




