第10話 岩のゴーレムと『スポンジカプセル』 お湯で膨らむフワフワ動物園 その1
魔界の空は今日も重苦しい鉛色で、時折走る紫電が大地を震わせていた。
けれど、ここ「ひだまり保育園」の結界内だけは、穏やかな午後の日差しに包まれている。
園庭の片隅にある大きな岩陰で、一人の男の子が膝を抱えて座り込んでいた。
岩の体を持つゴーレムのロッキーくん(6歳)だ。
彼の体はゴツゴツした岩石で構成されており、動くたびにゴゴゴ……と重い音がする。
「……ボク、また壊しちゃった……」
ロッキーくんの足元には、粉々になったプラスチックのスコップが落ちていた。
砂遊びをしようとして、うっかり力を入れすぎて握りつぶしてしまったのだ。
「ロッキーくん、どうしました?」
私が声をかけると、彼は申し訳なさそうに岩の顔を伏せた。
「先生……ごめんなさい。ボク、力が強すぎるんだ。みんなと遊ぶと、怪我させちゃうかもしれない……」
ロッキーくんは体が大きく、力持ちだ。でも、その心はとっても優しくて繊細。
自分の硬い体が、柔らかいお友達を傷つけてしまわないか、いつも心配しているのだ。
(あぁん、もう! なんて健気で優しい子なの! その大きな体で小さくなって落ち込んでる姿……抱きしめて「大丈夫だよ」って言ってあげたいけど、私が抱きついたら岩肌で擦りむいちゃうって気にして、また落ち込んじゃうのよね。そんな不器用なところも愛おしい!)
「そんなことないですよ。ロッキーくんはとっても優しい子です」
「でも……ボクは石だから。フワフワしたものや、柔らかいものには触れないんだ……」
彼の悲しそうな声を聞いて、私は決心した。
ロッキーくんに自信を持ってもらいたい。
優しく触れれば、壊れないものだってあることを教えてあげたい。
「ロッキーくん、今日は特別な実験をしましょう!」
私はニッコリ笑って、虚空に手をかざした。
「スキル発動――『100均市場』!」
ブォンッ!
空間が裂け、白い光の中から日本の100円ショップのおもちゃコーナーの商品が現れる。
私が取り出したのは、カラフルな錠剤のようなものが入ったパッケージ。
『お風呂で遊ぼう! スポンジカプセル(動物シリーズ)』だ。
お湯に入れるとカプセルが溶けて、中から動物の形をしたスポンジが膨らんで出てくる、あのおもちゃである。
「ほう、これは……」
それを見た園医のスカル先生が、興味深そうに近づいてきた。
「ヒナ先生、この小さなカプセルは……薬ですか? いや、中になにやら圧縮された素材が詰まっているようですな」
スカル先生の青い炎の目が、私の手にある赤や緑のカプセルを観察している。
「スカル先生、これはスポンジカプセルです。お湯に入れると膨らむんですよ」
「『膨らむ』……なるほど。水分を吸収して体積を増す特殊な素材を、極限まで圧縮してカプセルに封入しているのですか。形状記憶の技術と、溶解性の被膜……異世界の玩具は、実に高度な知識を応用していますな」
スカル先生は感心して頷いている。
その様子を見て、他の子供たちも集まってきた。
「なになにー? まじゅう?」
「おいしそうなおかし?」
アリスちゃんやリュウくんが興味津々で覗き込む。
私は洗面器にお湯を張り、ロッキーくんの前に置いた。
「ロッキーくん、このカプセルを一つ、お湯に入れてみてください」
「……これ? 壊れない?」
「大丈夫。そーっと入れてみて」
ロッキーくんは、岩の指先で恐る恐る赤いカプセルをつまんだ。
彼の指は太くて無骨だけれど、その動きは震えるほど慎重だ。
(うっ……その太い指先で、小さなカプセルを一生懸命つまんでる……! 息を止めて、プルプル震えながら……なんて可愛いの! 頑張れロッキーくん!)
ポチャン。
カプセルがお湯の中に沈んだ。
じわじわ……。
お湯の熱で、カプセルの膜が溶け始める。
「おぉ、溶解が始まりましたぞ。内部の圧縮素材が解放される瞬間ですな」
スカル先生がメモを取りながら見守る。
ボワッ!
カプセルが弾け、中から赤い物体が一気に膨れ上がった。
水分を吸って、みるみる大きくなっていく。
「うわぁっ!?」
ロッキーくんがのけぞった。
数秒後。
お湯の中に浮かんでいたのは、手のひらサイズの、赤いスポンジのウサギさんだった。
「……ウサギ?」
ロッキーくんが目を丸くする(岩の目だけど)。
硬いカプセルから、柔らかそうなウサギが生まれたのだ。
「わあ! すごーい! いきなりでてきた!」
「まほうだ!」
子供たちが歓声を上げる。
私はロッキーくんに微笑みかけた。
「ほら、ロッキーくん。優しく触ってみて? フワフワですよ」
ロッキーくんは、ごくりと唾を飲み込むような仕草をして、お湯の中のスポンジに手を伸ばした。
岩の指が、赤いウサギに触れる。
壊さないように、潰さないように、息を止めて。
「……柔らかい」
彼の指先が、スポンジの弾力を感じていた。
力を入れすぎなければ、形は戻る。壊れない。
「ボク……触れたよ。壊さなかったよ」
ロッキーくんの顔が、パァッと輝いた気がした。
(よかったね、ロッキーくん! その嬉しそうな顔……私まで泣きそうになっちゃう。君の手は、壊すためじゃなくて、優しく触れるための手なんだよ!)
しかし、その感動の瞬間を、魔王城の壁そのものが許さなかった。
ズズズズズ……ッ!
突然、地面が激しく揺れ始めたのだ。




