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#0-3 裏山の特訓は恋の予感?祖父がくれた虎の巻と変貌までの24時間

街へ出かけた翌日。月曜日の朝。

いつもと変わらない喧騒と、妹たちの明るい声が天草家に満ちている。

しかし、僕の心の中だけは、昨日から激しい嵐が吹き荒れていた。

(やはり、あれは夢じゃない。『天恵』は発動している。そして、地球が変貌するまで、あと一日)

登校前の慌ただしい時間帯。リビングのテレビでは、どこかの国の軍事演習のニュースが流れている。その画面を、僕の脳は異常な速度で解析していた。兵士の動き、銃の構え方、装備品の重力バランス—―あらゆる情報が、まるでスローモーションのようにクリアに見える。

これが固有スキル『天恵』の力、「記憶力・理解力・適応力・直感の精度・観察眼が飛躍的に鋭くなる」という効果だ。

普段、僕が「戦の書物」を読むのが好きなのは、この類まれなる観察眼と理解力が、武術よりも兵法や戦術に向いているからだ。

「お兄、いつまでテレビの前で突っ立ってるの!遅刻するわよ!」

朱里がパンを齧りながら、僕を睨む。エプロン姿の彩花は、僕の通学カバンをそっと渡してくれた。

「大丈夫?お兄ちゃん、今日は顔色がいつもと違う気がするけど」

彩花の優しさが、僕の胸をチクリと刺す。妹たちに心配をかけたくない。

僕は急いで、いつもの「気の抜けたお兄ちゃん」の顔を取り戻した。

「大丈夫だよ、彩花。昨日のゲームセンターで、雫の代わりにUFOキャッチャーを頑張りすぎただけさ。さて、登校!」

僕は妹たちに見送られながら、家を出た。

学校に着くまでの道のりも、もはや僕にとっては「修行の場」と化していた。

(交差点の渋滞を避ける最適な経路、歩行者それぞれの歩幅と反射速度、風速と気温による体感速度の差……)

すべてを計算し尽くして歩くと、昨日までかかっていた登校時間が、わずか数分短縮されていることに気づいた。そして、驚くべきことに、身体には疲労感が全くない。

これが「修練・鍛錬・成長で得るデメリットをすべて無効にする」という、天恵の真髄だ。

学校での授業中も、僕の脳は休むことがなかった。

(この物理学の公式は、第1世界の戦乱時代で、投石機の軌道計算にどう応用できる?この化学の知識は、第2世界のフェンリル転生後、モンスターの毒液の解析に役立つか?)

知識が知識として定着するのではなく、未来の戦いでの「戦術」として、脳内のシミュレーションルームに格納されていく感覚。これは、僕が武術を適当に流していたせいで、長年腐らせていた「武の極致」の才能が、一気に開花し始めた証拠だった。

放課後。部活にも入らず、まっすぐ帰宅していた僕の足は、いつもの裏通りではなく、人気のない天草家の裏山へと向かった。

地球変貌まで、残りわずか。

もう隠し通す必要はない。いや、むしろ、妹たちを守るため、この短い時間で限界まで強くなる義務がある。

裏山は天草家の所有地であり、深い竹林に覆われている。ここは、祖父の辰三すら滅多に立ち入らない場所だ。

僕は、持ってきた軍手をはめ、素早く周囲の状況を観察眼で把握した。

(よし。この竹林の密度、土壌の硬さ。ここでなら、どれだけ音を立てても、家には届かない)

僕は、固有スキル『天恵』の全力を解放した。

まずは、身体能力の限界突破だ。

「フンッ!」

僕が地面を蹴ると、一瞬で身体が音速に近い速度まで加速した。風が全身を叩きつけるが、天恵の効果で皮膚や筋肉が傷つくことはない。僕の拳が、眼前の竹に叩き込まれた。

ドゴォォォォン!!

一撃で、太い竹が根元からへし折れ、周囲の竹を巻き込みながら、爆発的な音を立てて弾け飛んだ。

(これが……僕本来の、武術の才能が持つ力。いや、10万倍に加速された力!)

僕が武術を学び始めてから、ずっと辰三が「なぜ実力を隠す!なぜ手を抜く!」と憤っていたのは、この規格外の才能を肌で感じていたからだろう。

僕は、倒れた竹の上を走り、止まることなく、天草流のあらゆる型を試した。

剣術、槍術、薙刀術、弓術(素振り)……。

どの型を試しても、僕の身体は一瞬でそれを完璧に再現し、最適化していく。

例えば、薙刀術。重力、遠心力、風圧の抵抗。これらすべてを計算し、最も効率よく、最も破壊力のある一撃を生み出す。

例えば、弓術。僕は弓を持っていないが、素手で矢を放つイメージトレーニングを行った。その際、弓のしなり、弦の張力、矢羽の空気抵抗、標的までの距離と高低差、すべてが脳内で完璧にシミュレートされた。

(恐ろしい。これなら、本当に3日あれば、武術を極められるかもしれない)

僕は、昨夜の祖父の言葉を思い出した。

「お主は、その力を恐れず、磨き、『誰かを守るための剣』とせねばならん!」

そうだ。僕は、妹たちを守るための「武の極致」になる。もう、両親の言葉に怯えている場合ではない。

僕は、竹林の中で、3時間にわたって極限の鍛錬を続けた。通常なら、身体が完全に崩壊し、数ヶ月の入院が必要なほどの過酷なメニューだ。しかし、僕の身体は疲労どころか、清々しさを感じている。

鍛錬を終え、家に戻る。

時刻は夕食時。リビングからは、賑やかな笑い声が聞こえてきた。

「お帰り、お兄ちゃん。どこ行ってたの?」

彩花が心配そうな顔で出迎えてくれた。

「ああ、ちょっとね、山までランニングしてきたよ。体が鈍ってたからさ」

「ランニング?珍しいね」朱里が訝しげな目を向ける。

「ほら、爺ちゃんがうるさいからさ。少しだけね」

僕はいつものように、「妹に嫌われない、普通の高校生」のフリをした。祖父の怒鳴り声は、最高の言い訳になる。

夕食は、彩花が腕によりをかけた唐揚げだった。雫は相変わらずぐうたらだが、唐揚げだけは逃さない。

「おにーちゃ、これ、おいひいよ」

雫が唐揚げを僕の口元に持ってくる。僕は優しくそれを受け取った。

「ありがとう、雫。これが僕の、明日への活力だよ」

妹たちの笑顔、温かい食卓。この日常が、あと一日で終わる。

(女神の言葉が本当なら、僕がチュートリアル世界に転移している間、現実世界は時間が止まる。妹たちは、僕が戻ってくるまで、この笑顔のままだ)

僕の心は、妹たちを「残していく」ことへの罪悪感と、「最強になって必ず戻る」という強い決意で満たされた。

夜、自分の部屋に戻り、僕は最後の鍛錬を行うことにした。

(明日、あの空間に戻って、第1世界に転生するまでに、できることをすべてやる)

僕は、戦術書を広げた。古代の戦術、兵法、用兵術……。天恵の能力を使えば、一冊の本が、数十年分の軍師の経験に匹敵する知識となる。

「観察眼の飛躍的鋭化」は、古文書に描かれた陣形のわずかな配置ミスや、過去の敗因を瞬時に見抜き、改善策を構築していく。

「適応力と理解力の飛躍的向上」は、全く知らない国の戦術さえも、一晩で自分のものに変えてしまう。

(これで、第1世界は大丈夫だ。武力はすぐに極まる。『戦場の覇者』となるための準備は整った)

僕が集中して戦術書を読み終えたとき、窓の外は既に朝焼けに染まっていた。

地球変貌まで、あと1日。

僕の部屋の扉が、コンコンとノックされた。

「怜士、おるか?」

祖父、辰三の声だ。

「開いてるよ、爺ちゃん」

辰三は静かに部屋に入ってきた。彼は、僕が読み終えたばかりの戦術書を一瞥し、そして僕の顔を見た。

「昨日の夜、山で何をしたか、わしは知らん」

辰三はそれだけ言うと、懐から古い紙切れを取り出した。

「いいか、怜士。お主の才能は、武術だけではない。『知の才能』もまた、天草家で比類なきものだ」

「これは、天草家に伝わる『用兵術・虎の巻』の極秘文献の写しだ。これをすべて暗記し、その兵法を、『誰かを守るための知恵』として使いなさい」

辰三は僕に紙切れを渡すと、すぐに部屋を出て行った。爺ちゃんは僕の才能を信じている。そして、僕が力を隠している真の理由も、知っている。

(爺ちゃん……)

僕は、渡された文献をすぐに読み始めた。爺ちゃんの想いを無駄にはしない。

この知識も、僕が「戦場の覇者」となるための、強力な武器になる。

地球変貌の日、その朝はもうすぐそこまで迫っていた。


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